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二人の機械兵

 


 皇紀(神武天皇即位紀元)2886年3月1日16時30分(帝国標準時)

 大日本帝国 夕凪星系 第三惑星〈薩摩〉 新和歌山市



 新和歌山市は、惑星〈薩摩〉最大の経済都市で100万もの人口を有している。そんな新和歌山市の中心市街地には多数の中層ビル。中層建築物群は、碁盤のように張り巡らされた道路の合間に、ところ狭しと並んでいる。都市のど真ん中に陣取る宙港のため、高層建築は建設不能なのだ。

 宙港は騒音を周囲にまき散らすし、高層建築を阻害するので、一部の市民には不評ではあった。宙港を郊外に移転させるべきという声もある。しかしながら利便性(交通アクセス)という観点を考えると現在位置が最適であり、ほとんどの市民はおおむね現状に満足していた。そんな新和歌山市は、上空から俯瞰すると、街全体がまるで玩具でできているかのように見える。


 その都市の一角、電気店が密集している街区を彼は歩いていた。

 名前はテッド。新和歌山市憲兵隊に所属する二等軍曹。33年式機械兵2A型。製造ナンバーは332A1208531号。製造から間もなく50年が経過する。彼は数ある機械兵の中でも最古参の一人であり、製造当初の計画ではとっくに廃棄処分が下されているはずだった。


 だが、そうはなっていない。それどころか軍は、彼を長期運用するつもりだった。実際、彼は三年前に大規模近代化改修を受け、旧式化した各種センサーや通信装置を一新。演算回路を新品と取り換え、記憶結晶(メモリ・クリスタル)を増設したばかりだった。

 軍がこのように運用計画を変更した理由は簡単。単純に、機械兵の数が足りなくなったからだ。


 すべては十年前から発生し始めた謎の失踪事件が始まりだ。

 十年前を境に、急激に行方不明者数が増大。その内訳をみると、10代の少年少女の被害者数が突出して多い。子供を狙った、組織的な誘拐集団が存在するものと推定された。


 当初、一連の事件を、軍は単なる誘拐事件として興味を持っていなかった――誘拐事件の捜査は内務省警察庁の管轄だからだ。だが、途中から、そうも言っていられなくなったのだ。目撃証言や保安カメラの画像記録を捜査すると出てきたのは、失踪者たちが魔法陣の様なものに吸い込まれたというもの。

 捜査に当たった刑事たちは匙を投げた。突如として発生した魔法陣により人間が連れ去られるとは? 一体どんなファンタジーだというのか。

 彼らは、科学捜査局や国立大学に検証を依頼。その結果得られた情報は、刑事たちを仰天させた。


 ピカピカと眩い光を放つ幾何学模様――魔法陣――の周辺には時空歪曲現象が存在。失踪した人々は、どこかへ転移させられたと思われる。無論、科学者たちは転移先の分析作業も並行して行った。

 結果得られたのは別次元に――要するにこの宇宙の外に――飛ばされたというもの。


 この報告を受け取った捜査員たちは、文字通りに匙を投げた。警察には別次元にまで捜査員を派遣する能力は存在しない。第一、警察組織が国外で捜査活動を行うのは問題が大きすぎた。


 だが、無論、帝国政府としてはこの問題を放置するつもりはさらさらなかった。警察が行けないのであれば、軍が行けばよい。

 命令を受けた方の軍としては、正直堪ったものではなかった。軍といえども外宇宙になど行ったことはないからだ。だが、帝国臣民が多数――それも小さな子供たちが――失踪しているのは事実。世論の目もある。軍は、少なくとも建前の上では、臣民を守るために存在しているのだ。行ったことが無いのでできません、等とは口が裂けても言えなかった。


 幸いというべきか何と言うべきか。科学者たちは外宇宙への移動手段についても解決策を見つけてくれていた。『門』だ。

 魔法陣の時空変動パターンから推測されるところによると、旭日星系にある特殊な『門』――旭日門03――を利用すれば外宇宙へも移動できる……はず。科学者たちはそう推測した。


 軍は直ちに実験を開始。『旭日門03』を変動させると、無人探査艦――この時代の恒星間探査艦はそのほとんどが無人艦なのだが――を突入させた。結果は大成功だった。探査艦〈桔梗(ききょう)〉は外宇宙への転移に成功。何より重要なことに、転移先の宇宙で、探査艦は行方不明になっていた少年を発見したのだ。


 帝国は当初、穏便に事を進めようとした。相手が後進文明だったからだ。宇宙空間はおろか、空を飛ぶことすらできない。時空転移についても、数千年前の古代魔法文明の遺跡を利用しているだけ。彼ら独自の技術ではないし、そもそも作動原理すら分かっていなかった。そのような蛮族を相手に武力を用いた交渉を行うのは、少々大人げないと思われたのだ。


 このため帝国は、外交使節団を派遣。拉致被害者を平和裏に取り戻そうとしたのだ。しかし、それは失敗に終わった。少年を拉致した国家――神聖エルフ皇国――は返還を拒否したのだ。

 その理由は簡単。神聖エルフ皇国では、成人した王族エルフは、人間を召喚魔法遺跡で呼び出し、奴隷として従属させるという風習があったためだ。このような風習について、外交団は嫌悪感を抱きつつも懸命に交渉を行った。しかしながら、その努力が実ることはなかった。

 交渉開始から一週間後。神聖エルフ皇国の兵士たちが外交使節団を襲撃。使節団長を除く全員を惨殺したからだ(相手を過度に刺激するのを避けるため、護衛は付いていなかった。このことが後に議会で問題になる)。


 生き残った使節団長はエルフからのメッセージを携えて帰還。彼からもたらされたエルフたちの襲撃理由は、余りにも身勝手なモノだった。

 曰く、一旦召喚されたからには、下等生物である人間は生涯奴隷としてエルフに奉仕すべき。曰く、人間如きがそれに抗議するなどとは厚顔無恥である。曰く、召喚した人間を返すなど、前例がない。


 情報媒体を通じてこのことを知った帝国臣民は激怒。帝国政府に対して軍事制裁を求めた。

 無論、政府にしてもエルフを許す理由がなかった。ここに至って帝国は方針を転換。実力行使を決断する。

 帝国議会は――普段ならどんなに些細な問題でも、政党間の対立が原因で数カ月も紛糾してからでないと議決を行えないにもかかわらず――外宇宙への遠征軍派遣を即座に承認。


 それから一カ月もしない内に航宙艦隊が派遣され、エルフたちを制圧。拉致被害者の少年を救出することになる。


 そして無論、戦争はそれで終わりではなかった。他にも多くの帝国臣民が拉致されていたからだ。魔法陣周辺に発生していた空間歪曲現象は様々。従って、それぞれが別の宇宙に拉致されているのは確定だった。

 かくして、軍の任務範囲が急速に拡大。何せこれまでは帝國勢力圏内と、その周辺でのみ活動していればよかったのに、急に異世界にまで征かなければならなくなったからだ。


 それに、帝国国内のこともある。時空転移現象を妨害する手段が無い以上、異世界からの召喚魔法を止める手立てはない。従って、拉致を阻止するためには、単純に市内を巡回する警邏けいらを増やす必要があったのだ。こちらについてだけ言えば、警察だけ増員すれば良さそうなもの。だが、省庁間での政治的駆け引きの末、軍もまた市内警備に協力することになった。……単純に、警察だけでは不安だという臣民の声に押されただけとも言えるが。


 かくして軍の任務は急拡大。各所で戦端を開くこととなった。この結果、機械兵の大幅な増産にもかかわらず、軍は慢性的なマンパワー不足に直面。

 この問題への解決策の一つ。それが旧式機械兵の延命だ。旧式機械兵を使い潰そうというのが、現在の軍の方針だった。




 ~~~~~     ~~~~~




「ふむ」


 テッドは周囲を見渡す。彼の身長は250cm。一方で、この星の住民の平均身長は180cmもない。頭二つ分以上飛び出ているテッドの頭部、そこに設置された多目的センサーは容易に周囲へと警戒線を向ける。


 ――異常なし。


 問題はない。少なくとも、センサーからの情報を信頼する限りは。だが、テッドはこのとき違和感を抱いていた。鳥肌が立つような感覚(機械兵に鳥肌など出来るはずもないのだが)。それに胸のざわめき。人工知性回路の中に微細なバグが走っているような、表現しようもない不快感。


 ――何かがある。


 テッドはそう確信した。これは長い間稼働を続けた人工知性回路が持つ、ある種の超感覚の様なものだ。なぜこのような現象が生じるのかを、彼は知らなかった。人工知性回路を設計した技術者たちでさえ知らない。すべては未知の領域だ。

 だが、テッドはこの感覚を信頼していた。何せ、長年付き合ってきた自分自身の感覚なのだ。信頼しない道理が無かった。


 方向転換。次のスクランブル交差点で、右に曲がる。その先にいるのは、人、人、人。人の群れ。当然だ。ここは百万都市の中心市街地なのだから。


 だが、これでは困る。人間たちがこうも雑然と行動していては、違和感の正体を突き止めるのに困難が伴う。


「むう」


 渋面を作る。それは困難に直面したときのテッドの癖だ。テッドは多目的センサーを左右に振り、違和感の正体を突き止めようとする。


 ――あれだ。


 そして見つける。一人の少年を。スクランブル交差点を向こうから歩いてきている。距離は10mもない。

 少年は十歳中頃。最もよく拉致される年齢だ。黒髪黒目の平均的日本人。やや痩せ型。黒縁の眼鏡をかけている。珍しいことにそのメガネには度が入っており、ファッションとしてのそれではない。再生医療が発達した結果、視力を矯正するのは容易なはずだ。


 児童虐待の一種か? テッドはそう不審に思い、市役所のデータベースに照会をかける。結果はすぐに出た。どうやら両親が自然主義者のようだ。

 自然主義者!

 厄介な存在だ。自然主義者たちは、再生医療はもとより輸血にまで反対しており、帝国各地で問題を生じさせていた。

 だが、これでもましな方ではあった。一部の先鋭的自然主義者は、人間は服を着ないで生まれてくるのだから、服を着るべきではないとまで主張。街中を裸でうろついているのだ。


 馬鹿げた話だった。しかしながら、違法とまでは言えない。最高裁判所の判例によって、臣民には先端医療を受けない権利があるし、服を着ないのも表現の自由の一部である、ということになっているからだ。


 ……ばかな判例だ。テッドは内心で辟易する。このような自由がまかり通っているのは、正常の範囲が拡大しすぎているからだ。帝国が巨大化する過程で幾らかの少数民族や異教集団を取り込んだが、その結果として、本来異常に分類されるはずの民族風習や宗教規範が正常な行動として帝国に持ち込まれてしまったのだ。世論内には賛否両論が分かれたものの、認めない訳にはいかなかった。

 何百年も前から最新科学を拒否している宗教人に先端医療を強制することは出来ないし、裸同然の姿で生活している少数民族に服を着ろと命令することも出来ないのだ。それは帝国の基本方針である多民族共生精神に反していた。


 愚かなはなしだ。テッドはかぶりを振り、少年へと意識を戻す。

 少年はリュックを背負い、右手には紙袋。電気街で買い物をした帰りなのだろう。テッドはそう推測する。周囲には家族や友人と思しき人物は見られない。一人歩きだ。


 ――しかし、どうすべきか?


 テッドは自問する。少年を保護するにしても、それには口実が必要だ。何となく胸騒ぎがするからという理由で、少年を憲兵所まで連れて行く訳にはいかないだろう。


「むう」


 微かな唸り声。知性回路の中を微かな苛立ちが走る。直感の悪いところはこの点にあった。周囲に説明することが出来ない。これが軍事行動で、少年が部下なら我を通すことも出来るのだが。生憎とそうではない。


「むう」


 三度目の唸り声。取り敢えずテッドは少年を尾行することにした。後を付けて行けば、何かが分かるだろう。そんな楽観的観測を抱きながら。




 ~~~~~     ~~~~~




 少女は地下鉄に乗る。それは少女にとって、いつも通りの行動だった。彼女は、毎日決まった時間、決まった路線で地下鉄に乗ることにしていたからだ。

 そしてその日、いつもは見かけない人物を見かけた。同僚のテッド二等軍曹だ。彼は250cmもの長身。黒いトレンチコートを身に纏い、漆黒のサングラスが瞳を隠している。パッと見でマフィアのような姿。どう見ても、テッドは地下鉄内でかなり浮いていた。

 少女はテッドの様子を観察する。彼のセンサーはちらちらととある人物、一人の少年を捉えていた。その様子に、少女は不審感を抱く。

 彼女の見たところ、少年にはこれといって不審な点は見られない。挙動も正常だし、心拍脈拍共に異常なし。犯罪者には見えないし、健康状態にも問題点は見受けられない。テッドが少年に着目する理由が不明だ。

 そこで彼女は軍用の近距離秘密回線を開く。


『テッド二等軍曹、その少年がどうかしたんですか?』


 その質問への返答はすぐにきた。


『胸騒ぎがする』


 少々簡潔過ぎる回答。


『二等軍曹……それでは何の事だかわからないんですが』


 少女は重ねて質問をする。だが、帰ってきた答えは無情。意味が分からないモノだった。


『俺にも分からん』


『ほへ?』


『ほへって……お前……』


 テッドの呆れたような声が返ってくる。彼女にとって、それは心外だった。


『二等軍曹が悪いんじゃないですか! 胸騒ぎとか言うから!』


 少女はそう抗議する。


『むう』


 テッドは唸り声を返す。


『むう、じゃありません! 私にも分かるように説明してください!』


『だから俺にも分からんと言ってるだろうに……』


 テッドの困ったような声。そこで少女は気付く。どうやら自分でも良く分からない行動をとっているらしい。


『またバグですか? 市街地で機関銃を乱射するとかは止めてくださいね、この間みたいに』


 そう少女は、テッドへと釘を刺す。


『機関銃の乱射などしていない、オレは。銀行強盗犯を射殺しただけだし、そもそも使ったのは拳銃だ』


 心外そうな答えが返ってくる。だが、心外なのはこちらの方だ。少女は一応抗議する。


『だけって……一般市民が一人、巻き添えを食っているんですが……』


 そのことが原因で、彼女にまでトバッチリが飛んできたのだ。


『不可抗力だ。あれは射線に飛び込んできたあいつが悪い。大体死んでないだろう? 全治1カ月かそこらの軽傷だ』


 テッドの反論。残念ながら、そのような主張には全く同意できなかった。巻き込まれた一般市民は、6.5mm拳銃弾で左腕を半ばから吹き飛ばされたのだ。再生医療槽に放り込んでおけば1カ月もしないで新しい腕が生えてくると言っても、それを軽傷と呼ぶのは強姦殺人を小さな社会的逸脱と呼ぶようなものだ。

 実際、この事件を問題視した憲兵司令部から、テッドは銃器携帯禁止命令を受けているはずだ。


『えっと、二等軍曹? 死んでなければそれでOKという問題では……。え!』


 少女はその抗議を最後まで続けられなかった。内臓センサーが異常を捉えたからだ。先程の少年。彼の足元には、幾何学的な模様が何時の間にやら描かれていた。同時に感知される、時空間のブレ。


『これって!? 召喚魔法陣!』


 少女は動揺する。過度の神経の興奮に安全装置が作動。心理状態を平静へと戻す。僅か半瞬の出来事だ。同時に、駈け出す。少年へと向かって。腰のブローチから発信機を取り出すのも忘れない。


 見ると、テッドもまた少年へと駆けだしていた。元々こうなる事を予期していたからだろう。テッドの方が少しばかり早く少年へと到着。ワケの分からない光の乱舞に囲まれて混乱している少年を持ち上げると、魔法陣からの外へと出す。


『二等軍曹』


 少女の呼び声。同時に、魔法陣の中心部分に発信機を放り投げる。


 これで問題は解決だ。後は艦隊の方で何とかするだろう。少女は安堵する。


 ――だが、そう上手くは行かなかった。


 地下鉄が急制動を掛ける――魔法陣による重力変動を感知した車両の安全装置が、緊急停止装置を作動させたのだ。

 衝撃で宙に浮く乗客たち。勿論、少女もまた例外ではない。だが、何時までも宙に浮くことは出来ない。重力に引かれ、やがて落下。彼女の落ちた先。そこは、魔法陣のちょうど中心部分だった。


『ステラ!』


 テッドの焦ったような声。その珍しい現象に彼女はクスリと笑う。そんな彼女へと伸ばされるテッドの巨大な腕。彼の腕が少女を掴んだとき、魔法陣が一際眩しく発光。


 その光が収まった時、二人の機械兵は惑星上から姿を消した。


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