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幕開け1



 皇紀(神武天皇即位紀元)2886年1月1日00時29分(帝国標準時)

 大日本帝国 旭日星系 第三惑星〈曇天〉上空 高度500km


 〈曇天〉は極めて珍しい星だ。酸素濃度も二酸化炭素濃度も適正値内。これといった有毒物質が大気に含まれている訳でもなく――勿論、火山の火口付近などを除けばだが――地球化改造を施さなくとも人類が居住可能。このタイプの惑星は人類領域全体でも、現在、10個ほどしか確認されていない。

 唯一の難点は雲量が多いことだが――このため、恒星間探査船〈旭日〉の船長はこの星を曇天と命名した――それも慣れてしまえばどうということもない。雲量が多く日光に当たらないことが原因で入植初期には多数の自殺者を出したが、それも今は昔。

 現在では、街の照明を調整することによって人体のホルモンバランスを調整しているため、何の問題も生じていない――それでも依然として高い自殺率を示してはいたのだが、その数字は少なくとも日本社会では許容範囲内だった(この時代になってもなお、日本における自殺率は世界平均を大きく上回っていたのだ)。


 そんな〈曇天〉の上空で待機している船が複数。遮蔽装置を展開し、暗色迷彩によって宇宙に溶け込んだ彼女たちを見つけ出すのは困難だ。実際、〈曇天〉の政治行政を担当する惑星政府はおろか、星系政府ですら彼女たちの存在を捕えてはいなかった。


 だが、それで問題はない。彼女たちは敵性国家に所属しているのではなく、大日本帝国航宙軍に所属する恒星間戦闘艦だからだ。


 第三重巡戦隊。


 それが彼女たちの所属だ。〈愛宕〉〈阿蘇〉〈足柄〉〈青葉〉の四隻の重航宙巡航艦から構成されているその戦隊は、極秘命令を受け〈曇天〉上空で待機していた。


 そして、2886年が始まってもうじき30分が経過するというそのとき、一つの命令が伝達された。


 発信者は異界方面艦隊司令部。


 命令内容は単純にして明快。


『蹂躙せよ』


 ただそれだけだ。細かな作戦計画については事前に膨大な添付資料と共に送信されており、それだけで何の問題なかった。


 戦隊を構成する各艦は、一斉に主機関を始動。加速度を得る。同時に艦載機の発艦を開始する。今回、各艦はそれぞれ4機、合計16機のFS-3戦闘攻撃機を搭載していた。全機が発艦を終えるのに要する時間はわずか。数分もかからない。電磁投射によって強力に加速された艦載機群は戦隊に先行する。

 同時に、戦隊は旗艦〈愛宕〉を先頭にして単縦陣を形成。曇天の衛星軌道上にある『門』へと向かう。


 ――『門』


 それは超光速航法を可能にする一手段だ。


 どのような原理で『門』が出来るのかは謎だ。人類にとって『門』とは、気が付いたらいつの間にかそこに存在しているものだからだ。その発生メカニズムは一切不明。分かっているのは、『門』が出現するときには観測機器に重力の乱れが検出されること。そして、『門』をくぐると数十光年から数百光年の距離を一瞬にして跳躍し、別の『門』へと移動しているということ。


 ただし、この『門』。どうやって自然形成されているのかは全くの未知ではあるものの、その作動原理自体は既に解明されている。その原理を利用して造られたもの――それが『人工門』であり、『跳躍機関ワープエンジン』だ。


 現在の恒星間船は、跳躍機関を搭載するのが主流だ。

『門』を使えば核融合推進船でも恒星間移動が可能ではあるものの、いかんせん時間がかかり過ぎた。『門』は重力的に不安定な物理現象であり、恒星付近では存在できない。このため、有人惑星から『門』まで移動するのに時間がかかるのだ。

 それに、『門』には組み合わせがあり、ある『門』に入った場合、それに対応する『門』にしか出ることが出来ない。任意の『門』へと跳ぶということが出来ないのだ。


 このため、『人工門』の開発から三十年後、『跳躍機関ワープエンジン』が実用化され、自由な超光速航法が可能になると、『門』を利用した恒星間移動は廃れていった。


 ではなぜ、第三重巡戦隊は廃れたはずの『門』へと軸先を向けるのか。それは、その『門』の特性に合った。


 この『門』――旭日門03――は一定の波長の重力波を長時間受け続けるとそれに合わせて変異を起こすのだ。そして繋がる先も制御可能。

 無論、それだけなら跳躍機関の方が依然として優れている。問題はその先。この『門』は、宇宙の外側にも繋げることが出来る点にあった。


 やがて――


 戦隊の先頭を征く〈愛宕〉が重力波の照射を開始。『門』を変化させる。数分ほどの照射で『門』の転移先が変更され、新たな転移先に固定される。


 そして、突入。


 まず突入したのは、FS-3戦闘攻撃機だった。数は8機。

 3分後、第二陣の8機も突入する。

 戦闘攻撃機は転移先の偵察を行い、脅威が存在するようならば露払いの役目も果たすことになっていた。


 『門』を通じて、電波が送られてくる。艦載機が探知機で捕らえた情報を送信しているのだ。『門』周辺に敵影なし。障害物も認められず。重力、放射線量は許容範囲内。


 『門』から100天文単位ほどの距離に、恒星。人類居住可能範囲内に第四惑星が存在。文明の存在は不明。人工的な電磁照射は確認できず。


 ――否。


 ――第四惑星より人工的電磁波を受信中。


 ――照合。電磁波は電波信号。内務省特別高等警察のもの。管理番号SHP-50278776。


 僥倖だった。要するに『門』周辺は安全。それに目的地への転移も上手く行っている。人類が初めて到達した(・・・・・・・・・・)はずのこの星系に、内務省の信号発信機が存在しているのがその証拠だ。


 次に、戦隊が突入を開始。


 転移後、重巡は自身の探知機で索敵を開始。艦載機搭載のものより大型で高性能な探知機も、なにも捉えられない。周囲は安全だった。

 だが、用心するに越したことはない。門周辺の安全確保のために艦載機群を残し、戦隊は直ちに跳躍機関を作動させる。目的地は第四惑星の軌道上。


 跳躍は一瞬で完了した。100天文単位というのは核融合推進船で航行しようとすれば気も遠くなるような移動時間が必要だ。だが、恒星間移動用に設計された跳躍機関搭載艦からすれば目と鼻の先。あっという間だ。


 第四惑星軌道上に展開を完了すると、第三重巡戦隊は単縦陣を解除。散開しながら、互いに僚艦を支援できる程度の距離を保つ。


 そして、〈青葉〉〈足柄〉の二隻が搭載していた往復艇を分離。二個小隊の宙兵隊員を乗せた2隻の往復艇は第四惑星、そのビーコン発信位置へと向かう。



 ――――戦争が始まろうとしていた。





 ~~~~~     ~~~~~





 運命の日。ネムール王国第三王女は自室にいた。年齢は十代中頃。白い肌にふんわりとした小麦色の髪。水色のドレスに身を纏っている。椅子に座ったそんな王女の目の前にあるのは机。そして、机の上には何だか良く分からないオレンジ色の箱置かれていた。


「なんだろう? これ?」


 箱を見つめながら王女が呟きを漏らす。それは、七日前に行われた勇者召喚の魔法によって呼び出された箱だった。

 本来なら、勇者召喚魔法によって出現するのは、書いて字のごとく勇者様のはず。そして、彼女はその勇者と結婚し妻となる筈だった。


 だが、500人ものエルフ族を使い潰しにして――エルフたちは全ての魔力と生命力を召喚魔法陣に吸われ、干乾びて死んだ――得られたのは、ちっぽけな箱が一つだけ。しかもこの箱。何の魔力も感じない。要するにただの箱なのだ。


「おかしいなあ……」


 魔法陣は完璧だった。それに、供給魔力も十分だったはず。なのに上手く行かない。今度はエルフの数を倍にしてみるべきだろうか? 王女は自問する。


「でもなあ……」


 エルフ族というのは慎重で、人里に降りて来ることは極めて稀だ。この為、エルフ奴隷というのはとても貴重。1000人も購入すれば王室財政が逼迫するし、そもそもそんな大量には市場に出回っていないだろう。

 というか、前回の500人でさえ奴隷市場が混乱しているのだ。1000人も買えば市場がどうなるかは、想像に難くない。父王としても、自国の奴隷市場を崩壊させてまで勇者召喚をやりたいとは思わないだろう。


 人間を使うべき?

 人間なら数が多い。それに繁殖力も高いので、少々減った所で直ぐに回復するだろう。


「でもなあ……」


 人間は魔力が低い。エルフの10分の一ほどだ。である以上、1000人のエルフの変わりといったら、1万人の人間が必要となる。


「無理だろうなぁ」


 いくら奴隷といっても、1万もの人間を殺せば悪評が立つ。これが魔王が復活し、多数の犠牲者が出た後ならば、多数を救うために少数を切り捨てるという英断に仕立て上げることも可能なのだが……。

 生憎とそうはなっていない。星読みたちによると、魔王が復活するのは早くても三年後。現在のところ王国は平和そのもの。ときおり、魔物たちの襲撃によって辺境の村が壊滅することはあるものの、それは大した問題ではない。

 人間は死ぬし、村も滅びる。それは神の定めた絶対の法則だからだ。


「はぁ」


 王女はため息を漏らす。箱をコロコロと手に中で転がしながら考える。

 本来なら今頃結婚式を挙げている筈だった。結婚式の後は、勇者様と夜を過ごして子を身籠り、強い子を産む。王族の血と勇者の血、その両方を併せ持ったその子が、次の王かそのまた次の王になるのは確定で、そうなれば彼女は王太后。勇者の方は魔王と共倒れになるはずだから、彼女は息子と共に幸福な生活を営むはずだったのだ。


 それが……


「えい!」


 この有様。王女は箱を掴むと、壁に向かって思いっきり投げつける。口の悪い貴族の陰口がいまにも聞こえそうだ。


「こたびの勇者は箱なのでしょうな」

「その箱を入れて子を身籠ってはいかが?」

「はははは」

「第三王女様は酔狂であらせられる」

「あのような箱を入れてはお腹を傷つけますわよ」


 暴言だ。平民がこのようなことを言えば、不敬罪で打ち首にするところだ。しかし、相手が貴族ともなるとそうもいかない。貴族たちは自前の軍隊を有しており、しばしば王に反旗を翻すからだ。


「もう!」


 第三王女は年頃の少女らしく癇癪を起すと、周囲にあるものを手当たり次第に投げ始める。


 どれほどそうしていただろうか。暫くすると王女は癇癪を止める。視界の端、窓の外に奇妙なモノを見つけたからだ。


「あれれ? 流れ星?」


 赤い火の玉。それが二つ。閃光をまき散らしながら落ちてきていた。


「何だろう?」


 もっとよく見ようと窓へと近づく。どうやら、その流れ星。王城へと向かっているようだ。グングンと近づく。遠目なので良く分からないが減速している模様。そして、王城の中庭上空にまで来たところで、空中に停止。中庭に着陸する。


 ドスン


 地響きが生じる。中庭の一部が陥没し、噴水が崩壊。やや距離のある彼女の部屋でも、窓がガタガタと揺れ、壁に立てかけてあった彼女の肖像画が床に落ちる。


 どうやら流れ星はそれなりの重量を有しているようだ。

 そんな流れ星は、今ではもう光を放っていない。かわりに、黒く焦げている。二つとも同じ形状をしている。円筒形で、三角形の出っ張りがみられる。


「なにあれ?」


 見たことも無いものだ。流れ星は普通こういう形をしているものなのだろうか? 疑問が尽きない。


 一方、王女の呑気な疑問を余所に、他の面々は慌てふためいていた。王城横に設置された衛兵の詰所からは、武具を付けるのもそこそこに次々と衛兵たちが飛び出す。王都近郊の近衛兵団駐屯地からは、演習の為に出立しようとしていた軽騎兵の一団が急遽目的地を変更。王城へと向かう。


 そして、侍女や庭師たちもまた突如現れた謎の飛行達に混乱。意味も無く周囲を走り回る。


 そんな彼らの混乱を尻目に、二つの流れ星の一部が同時に動く。穴が開く。その穴は中から人間を排出し始める。

 数は五十人程。大きい。王国一の大男よりも、さらに大きな偉丈夫たち。それらが素早く流れ星から現れ、散開。

 手に持った筒状のものを構えながら、隙なく周囲を窺う。たまたま中庭に配置されていた二人の衛兵が腰の剣を抜き、男達へと誰何すいかの声を上げようとする。

 だが、先手を取られた。


 流れ星の大男、その一人が口を開く。


「大日本帝国宙兵隊だ! 全員動くな! お前たちを逮捕する!」


 その大音声は、王城全体はおろか城下町にまで響いた。


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