この小説の勇者パーティは一切口を開きません
コンセプト:「」を可能な限り使わない小説
文字数:4300くらい
執筆期間:1週間
その勇者パーティは、一切の会話をチャットで行っている。
21:12 名無し勇者
よし、今日はこの辺でキャンプするか☆ミ
21:12 僧りゃんせ
了解。
テントが張れたらすぐケガの手当てをします。
21:12 怪盗ミケ
マヂ疲れたんですけど
タヒるわ( ;´Д`)
21:12 僧りゃんせ
ミケ、タヒるとは何のことですか?
21:13 怪盗ミケ
知らなぃのかょ(・ω・)ノ
21:13 名無し勇者
タヒる = 死ぬ
21:13 僧りゃんせ
なるほど。漢字を横に並べたということですね。
21:13 怪盗ミケ
わざわざ解説ぅざぃ
てか句読点ゃめろクソマジメwwww
21:14 僧りゃんせ
ネチケットを守らぬ貴女に比べればクソマジメの方が幾分マシです。
21:14 怪盗ミケ
幾分マシです(キリッ)wwww
21:15 僧りゃんせ
喧嘩を売っているんですか? 買いますよ?
21:15 名無し勇者
まあまあ2人とも
魔王城目前でケンカはやめろ
21:16 職人
_ /
|T ̄て ̄ ̄`ー-<
||  ̄\ ヽ
|/ \\ _|
_|\__ 、\\)/L|/
(_(_\_)_)ノ
21:16 名無し勇者
ほら職人さんもこう言ってる
21:16 怪盗ミケ
言ってない描いてるwwww
21:16 僧りゃんせ
まあ意味は伝わりました。
ここで矛を収めたいと思います。
そこでチャットはひと段落し、4人はそれぞれテント張りを始めた。
共に旅を始めて1年近くなる4人だ。
共同作業であるテント張りも慣れたものである。
なお、その途中で交わされる会話ももちろん……
21:20 僧りゃんせ
名無し勇者、もっと幕を引っ張ってください。
21:21 名無し勇者
りょ
これでいいか?
21:21 僧りゃんせ
上出来です。
21:21 怪盗ミケ
早くー´д` ;
片手に握ったスマホのチャットである。
片手が精密機械でふさがっているという状態にも、すっかり慣れていた。
さて、この辺りで人物を紹介していこう。
まずは、HN名無し勇者。
チャット勇者パーティのスレ主ーーというかリーダー。
今世代最強との呼び声高い、戦闘にもリーダーシップにも長けた勇者である。
しかしその正体は、チャット無しには家族ともまともに会話できないコミュ障。
昔ギルドランク1位のパーティーに所属していたが、そのコミュニケーション能力が度々トラブルの火種を作ってしまい、排斥されてしまった過去を持つ。
そういうわけで、チャット会話ルールの現パーティを主催しているのだ。
2番目は、HN怪盗ミケ。
元女盗賊であり、お察しの通りギャル。
幼少時代からスマホと共に成長してきた、現代社会の生んだ負の遺産系女子である。
その性格は生い立ちとチャットログが示す通りで、円滑な人間関係を築けない。
一時期はそこを何とか我慢してマジメに盗賊団で働いていたものの、女子トイレで語られる悪口の9割が自分のことであることに気付いて脱退。
その後どの盗賊団でも同じような感じだったので、渋々ユルそうな勇者パーティに所属を決めたのである。
次に、HN僧りゃんせ。
パーティーの参謀にして、戦闘では回復担当の男性僧侶である。
元々は有名な教会で若くして司祭を務めていた超のつくエリート。
しかし彼にはコンプレックスがあった。
声だ。彼の声はソプラノだった。
身長190センチもあるのに。
まだ教会に所属していた時の話だ。
週末のミサで説教していると、信徒から『マジメにやれ!』とキレられた。
その後常連の信徒に『あの方はああいう声なの』とフォローを入れられた。
僧りゃんせは笑顔で『いいんですよ』と答えた。心では泣いていた。
そんな毎日に嫌気が差して、脱僧。
声を出さなくてもコミュニケーションのとれるこのパーティに所属を決めたのだ。
そして最後、HN職人。
チャットもたまにしか参加しない謎多き男。
たまにチャットに混ざってきても大抵はアスキーアートでしか自己主張をしないため、その存在はこのパーティ内でも最大の謎とされている。
最近ではアスキーアートの製作クオリティとユーモアにキレを増し、時にパーティ内のまとめ役をすることも増えてきたため、このグループに欠かせない存在となっている。
さて、そんな1クセも2クセもある勇者パーティ。
冒険者としての腕前はそこそこ良く、今回は東の魔王討伐遠征中であった。
そしていよいよ魔王城が見える位置。
明日の朝を待って魔王城に乗り込むつもりなのだ。
だから今日は早めにチャットを切り上げて明日に備える予定でーー
「グフフフフ……獲物、発見」
と。
唐突に、セリフ用カギカッコが現れた。
初使用である。
いや、カギカッコだけではない。
禍々しい雰囲気。
苦痛と憎しみに満ちた目。
人智を超えた魔王の手下。
魔獣が、いた。
「俺様は東の魔王四天王の1人。お前らの命、俺様がいただいた」
強そうな魔獣の奇襲。
4人はテント張りの手を止めてガバっと振り返った。
そしてーー
21:30 怪盗ミケ
ちょwwww
声出してるwwww
21:30 僧りゃんせ
本当ですね。わたしたちにもあんな頃がありましたね。
21:30 名無し勇者
ヤバいなんかツボった(笑)
21:30 怪盗ミケ
前世紀のコミュニケーションψ(`∇´)ψ
21:31 職人
ハライテ- ∧_∧
( ´∀`)
へ へ⊂ )
(_(__)_丿
21:31 名無し勇者
笑ってる! 職人さんが腹抱えて笑ってる!
スマホを弄る手は止めなかった。
招かれざる客の来訪にも全く動じない。
むしろ笑っている。
あざ笑っている。ネット上で。
この勇者パーティーにとって『声』とは前世紀の遺物。
声を出すのは、ダサいのである。
まして、声を出して四天王を自称する魔獣。
超ダサいのである。
「お、おい、なんだその反応は! ヘラヘラしやがって!」
しかも気づいていない。
やばたんピーナッツダサいのである。
名無し勇者は笑いを噛み殺しながら、魔獣を勇者パーティのグループチャットに招待した。
スマホを見た途端、魔獣はキレた。
「なんだとコイツら! 俺様のことをネット上で叩きやがって!」
21:33 怪盗ミケ
だから声wwww
学習しろゃwwww
21:33 僧りゃんせ
敵として扱ってほしいならチャットで会話してください。
「くっ、やってやる! チャットで見返してやるからな!」
魔獣は長く伸びた爪でスマホに指を走らせた。
そして……
21:45 四天王最強、ガムサハーン
ゆうしゃたちむ、ここがおまえらのはかばだ!
21:45 怪盗ミケ
おっそwwww
21:45 僧りゃんせ
いつまで待たせるのかと思いましたよ。
というか変換できないんですか?
21:45 名無し勇者
フリック入力もできないと思われ
『ゆ』って打つ時『や』のキー3回打ってた
21:45 怪盗ミケ
ジジィかょwwww
21:46 名無し勇者
ジジィでももうちょっとマシだろ
1行書くのに12分かかってるし
21:46 僧りゃんせ
しかもよく見たら誤字がありますね。
多分……
勇者む×
勇者め◯
21:46 怪盗ミケ
こんだけ待たせとぃて誤字wwww
21:46 職人
http:$&!@?&$!!?&£>$@
21:46 名無し勇者
ん?
職人さんがなんかURL送ってきた
21:48 僧りゃんせ
東の魔王城番付表ですね。
ガムサハーンは……四天王4位。
21:48 怪盗ミケ
こいつwwww
話盛ってるΣ(・□・;)
21:48 僧りゃんせ
自称四天王最強で実際は最下位。
うーん。イタいですね……。
21:49 名無し勇者
まあ最初に出てきた時点で最強はないと思ったけどね
21:52 四天王最強、ガムサハーン
さあどいつからくってやろうか、がははは
21:52 怪盗ミケ
うっさぃその件り終わってるからwwww
21:52 名無し勇者
ログ見てみろ、ガムサハーン
ガムサハーンは言われるがままにログを見た。
めっちゃ恥ずかしくなった。
「え、ええいうるさいうるさい! こんな面倒なことはやめだ!」
ガムサハーンは地団駄を踏んだ。
四天王最強(笑)とはいえ、その辺の魔獣とはパワーが違う。
足踏みだけで森全体が揺れるかのようだった。
それを見てさすがに名無し勇者たちも真剣な顔つきになる。
21:53 名無し勇者
わかった
じゃあ俺たちの方式で真剣勝負しよう
「俺たちの方式だぁ⁉︎」
21:53 名無し勇者
そうだ
チャットで長文を用意する
それを先に打ち込んだ方の勝ち
負けた方は無抵抗で死ぬ
「ふんっ、その手に乗るかよ!」
21:53 名無し勇者
ああ、だからハンデだ
こっちの代表はパーティで入力が1番遅い僧りゃんせ
しかもお前の方が10分先にスタート
これならまあまあいい勝負になるだろ
「それだったら……ま、まあいいだろう」
お前は21:55にスタート
こっちの僧りゃんせは22:05にスタートだ
負けた方は無抵抗のまま殺される
恨みっこなしだぞ
「もちろんだ勇者よ! 俺様はルールには厳しい性格だぜ!」
21:54 名無し勇者
安心した
さああと1分だ
集中しとけよガムサハーン
21:55 名無し勇者
スタート!
そのレスを合図に、勇者たちは一斉に襲いかかった。
名無し勇者は剣で切り刻む。
怪盗ミケは鉤爪で引っ掻く。
僧りゃんせは魔法を詠唱する。
21:56 職人
ミヾ彡 ♪
`ミ 彡 ミヾ彡
彡彡ヾ ミ 彡
| | 彡ソ ミ
|∧_∧ //彡ヾ
(゜ー゜*//
ノL/ (⌒) がんばれ〜
( ノ~
♪ | ( ♪
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んん~~>
/ / //ヽ) ♪
(_(_/
職人はアスキーアートで士気を高める。
やがてガムサハーンは死んだ。
スマホの画面に集中する彼に為す術はなかったのだった。
22:00 名無し勇者
ふう
片付いた
22:00 僧りゃんせ
うまくいきましたね。
22:00 怪盗ミケ
そぅぃぇば西の魔王もこうやって倒した希ガスwwww
22:01 名無し勇者
どこの魔王軍もスマホ慣れしてないからチョロい
22:01 怪盗ミケ
明日の魔王戦もこんな感じで(((o(*゜▽゜*)o)))
22:01 僧りゃんせ
きっと、簡単に殺せますね。
22:01 名無し勇者
まあそうだろうけど
一応他にも作戦立てとこうぜ
無念そうなガムサハーンの死体を尻目に、チャット勇者たちは明日の作戦を考えるのであった。
嘘みたいに赤い月だけが、勇者たちを見守っていた。
★★★★★★★★★★
数日後。
勇者パーティの4人は逮捕された。
東の魔王の殺害計画が共謀罪に当たるとしての逮捕だった。
チャット勇者たちは以前から『死ね』『殺す』『ザキ』などという過激な発言をネット上で繰り返しており、警察からマークされていたらしい。
なお彼らはチャットでしか話さないため、取り調べは非常に難航しており……
00:00 職人
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くそー!!脱獄シテヤル!!
おわり