8 異世界のお約束、メイドさん
ここの世界に来て、早いものでもう一週間。あ、寝ていた日は記憶にないのでノーカンです。
未だ病人怪我人扱いの私はこの部屋から出ることなく、食べては寝て食べては寝ての毎日。
なんか、もう、ホントに。ご迷惑かけてすみませーんって感じ。
何から何までしてもらっちゃって、本当に申し訳ない。
あー、ずっとここにいたら、グータラ駄目人間になりそう。
今日も優しい笑顔で私にお茶とお菓子をくれるメイドさん達。
きっちり猫かぶった笑顔で「ありがとうございます」とお礼を言うと、こっちが引くくらい恐縮された。
「い、いえっ! わたくしめに、お礼など不要でございます、女神様!」
「あ、頭など、さ、下げてはいけませんわ!」
二人のメイドさんのあまりの勢いに、思わず「すみません」ってまた頭を下げそうになる。
おっといけない。お辞儀の応酬エンドレスになっちゃう。
「あなた達、キラ様が困っておいでですよ。お下がりなさい」
横から助け舟を出してもらえてホッとする。
マアサは、ここに来てからずっとお世話をしてくれてる、一番話しやすいメイドさん。メイドさん達のリーダー的存在みたい。
茶色の髪をキュッと一つにお団子にして、背筋をピッと伸ばしている彼女はハッキリ言って年齢不詳。
二十代前半にも見えるし、この落ち着きっぷりと、たまに発揮される、なんだか逆らえないような貫禄は、もっとずっと上の姐御ようにも見える。
いったい何歳なんだろう。
まあ、女性に年齢を聞くのは失礼なことなので謎なままでもいいけど。
今日までずっと、私の枕元のテーブルで書類作業とかをしていた王様。
王様って暇なのかなって思ったら、やっぱりそうじゃなかったみたいで、ハゲのおっさんがプンプン怒ってやって来た。
おお、この世界に来て初めてのイケメンじゃない人!
なんだかほっとするわあ。
まだ出会った人数は少ないけど、王様もキースもメイドのお姉様方も、皆、美形揃いだからねえ。
おっさん、グッジョブ。普通って大事だよ。
普通の人がたくさんいるからこそ、美形が際立つってもんでしょう。
「アルファ様、もういい加減にしてください! あなたがいないと始まらない会議や謁見の申し出がいくつもあるんです。
ずっとここにいるわけにはいかないんですよ。さあ! だいだいあなたはまったくもうこんな時にこん」
「はいはい、わかったわかった」
ハゲのおっさんは、ブルーノ。宰相補佐官なんだそうだ。
王様に長々と説教をした後で、ゴホンと咳払いをして丁寧な挨拶をもらった。
王様はブルーノに軽く手を上げてちょっとうんざりしたような顔で「先に行ってろ」と追い出すと、ベッドに座る私の横に腰を下ろす。
ちょ、王様、相変わらず距離が近い!まだ宰相さん退出してないよ!
ホントこの人、人前でもお構いなしだな。
「キラ。離れがたいが、王の責務を果たしてくる。昼食には戻って来るから、待っているように。わかったか?
困った時には俺を呼べ。マアサに言えば飛んで来るからな」
そう言って、私の髪を撫で、
おでこにちゅっと・・・キスをした。
ぎゃーーーーーーーー!
なんだ、それ! なんだそれは!?
え? 軽い挨拶?
外人か!? って外人か。いや、ここは外国なの? 軟派な街?
私が驚きに固まってる間に、王様は宰相さんに連れて行かれたようだった。
部屋にはマアサと私だけ。
はあーと大きく息を吐いて、ふかふかのクッションに顔を伏せる。
「どうなさいました? キラ様? ご気分が?」
私の行動にマアサが心配して駆け寄って来る。私は大丈夫と小さく答えた。
「私、ああいうのに無縁で生きてきたので、ちょっと刺激が強くて。王様は女性に慣れているでしょうけど」
あの見た目だ。さぞかし華やかな女性経験があるのだろうと推測される。
「まあ、それは違いますわ、キラ様」
マアサは私にお茶を差し出して、優しく微笑んだ。
「アルファ様は、今まで、女嫌いで有名でしたもの。あんなメロメロなお姿を見たのは初めてで、正直私共も驚いておりますのよ」
そう言えば、最初のあたりは王様が私に何かする度にマアサも目を丸くしてたっけ。
「キラ様があまりにもお可愛らしいので、きっとアルファ様は一目惚れなさったんですわ」
なんて言って嬉しそうに笑ってるけど、いやそれ、ないでしょ。
異世界トリップの中では王道かもしれないけどね。
何度も言うけど初対面は無差別殺人鬼だし。
私、異世界から来た怪しい人物ですよ。
王様がアレコレ構ってくれていいの? 私が他国のスパイだったらどうするのさ。
ここの防犯大丈夫? なんて余計なお世話か。
「えっと、ああいう時はどうすればいいんですか? マアサさん」
恥を忍んで聞くしかない。
マアサさん美人だし、いっぱい言い寄られたりしてそうだから、是非とも対処法を教えてもらいたい。
「まあ、キラ様。アルファ様は粗野なところはありますけどお優しい方ですわ。
すべて、身を委ねてお任せすれば宜しいのですよ」
いや、ちょっと! なんか、それ、違うよね!
それもう、美味しく頂かれちゃうじゃん。
バカじゃないの!?
私、王様とそんな関係になるつもり、ありませんから! 委ねるわけないでしょ!
いずれは帰るつもりなのに。ここでそんないい待遇されても困る。
王様に好意を示されたって、どうしようもない。
だいたい、まだ私がどんな人間かも分からないのに好きとか言われても引く。
どうせ私のこと、オレが助けてやらなきゃならない可哀想なお嬢ちゃんだーとか思ってるんじゃないの。
・・バッカみたい。
にっこり笑顔を貼り付けて、困ったわーと首を少し傾ける。
「そんな、私なんて。恐れ多いですよ」
紅茶を飲みながら、内心ではケッと毒づいた。我ながら可愛くない。