4(アル)戦場の女神
初めて彼女の姿を見た時、俺の全身に衝撃が走った。
ビリビリと、まるで雷に打たれたかのように。
あの戦は敵国が予想を遥かに上回る軍勢を率いて来て、俺達の人数では負けは目に見えていた。
ジリジリと攻められる。俺たちはただ足掻くことしかできない。
何人、生きて帰れるのか。
俺が今ここで投降したら全員の命を助けてくれるのか。嘲笑って皆殺しにされるだけだろうか。
ぐるぐると思考がループする。
王として、俺は判断を誤ったんだろうか。
国という大きな集まりを守るために、少数の命は、見捨てるべきだったのか。それでも、人質にされた幼いアイツらの命を見捨てることなんて、できなかった。
「っクソッ!」
斬っても斬っても次から次へと湧いてくる敵軍。
俺達は限界に近かった。
そんな時、辺りが一瞬、光の精霊の魔法が暴発したのかと思うくらいの眩しさに包まれた。
目を開けたその先、数百メートル先の光景に、唖然とした。
女神がいる。
女神が、剣を振りかざし、敵軍を薙ぎ倒していった。
圧倒的な強さで。
俺はハッとなり、叫んだ。これは好機だ。
「神が! 我らライナード軍に、戦場の女神を与えられた!
勝利は我らにあり! 一気に撃て! 」
おおおおおおっと地響きのように我が軍の兵士達が唸り、闘志を燃やした。
誰もが女神の闘いに見惚れた。
漆黒の長い髪を真っ直ぐになびかせ、重力を感じさせない軽い身のこなしで鮮やかに一撃で次々と敵兵を仕留めて行く。
神業とも言えるその動きに背筋が粟立った。
隙を狙って敵の陣地の奥に回り込み、敵将を討ち取った。
怖気づいた敵兵はあっという間に蹴散らすことができ、人質も無事に解放することができた。
戦意を失った残りの敵兵は逃げて行ったようだ。
そして俺は、女神と対峙した。
彼女はゴロゴロと転がされた兵士達の死体の真ん中で、立ちすくんでいた。
自身の身体を真っ赤に染めて。
馬で近づくと、こちらに気付き、ハッと剣を構える。
目がギラギラと滾っていた。
お前は敵なのか、そんな声が聞こえた気がして慌てて馬を降り、自分の愛剣を投げ捨てる。背後で皆の慌てる声が聞こえたが、制止した。
その身体はよく見るといくつもの傷が付いている。返り血だけではない。
あれだけの兵を斃したのだ。その身が無傷であるわけがない。
両手を上げて攻撃の意志がないことを示し、近づいて行く。
ああ、なんてことだ。
女神は、こんなにも、小さな少女だったとは。
肩で荒く息をしていた少女が、ふらりと倒れる。慌てて走り、なんとかその身体を抱きとめた。
恐ろしく軽かった。
甲冑の1つも身に纏っていない華奢な体は、女性というより少女のようだった。
その手に握られた剣は敵兵のもの。気を失ってもなお、離そうとしない。
折れそうなほどに細い指を慎重に一本ずつ開かせ、剣を外した。ガシャンと重々しい音を立てて地面に落ちると、さらに彼女の重みは非現実的なものになった。
見るに耐えないほど傷ついた女神の姿は、今にも儚くなりそうで、俺は自分のマントで彼女を包んだ。
「アルファ、無事か!? 」
駆け寄って来た騎士団隊長ジェイが、俺の腕の中を見て息を呑む。
「すぐに回復を!」
精霊魔法の一番の使い手である魔法騎士団の総長、キースを呼んだ。
女神の姿を見てすぐに状況を把握し、精霊魔法で回復をかけるが、何の変化もない。
「ダメだね。女神には魔法は効かないのかな。とにかく、この傷では一刻を争う。アルファと一緒に城に瞬間移動させるから、シーリス達に看てもらおう」
「ああ、頼む」
俺は彼女を抱きしめる腕にそっと力を込めた。
このまま、死なせはしない。
まだ、礼も言ってないのに、死なないでくれ。
城に戻り、扉を壊す勢いで医務室に入ると、医者の兄妹、シーリスとシンシアが俺の姿にギョッと目を見開いた。
簡単に状況を説明する。
診察台に女神を横たえると、二人は一瞬辛そうに眉をしかめ、しかしすぐにテキパキと治療を始めた。
回復魔法が効かない旨を伝えると、まずは深い切り傷の縫合と止血をすることになった。
全身に傷があるため服を脱がすから、と医務室を追い出されてしまう。
仕方なく自分も自室で身を清めてから着替え、また医務室の前に戻った。少しの間でも容態が変わることが恐ろしく、大急ぎですませた。
同じように服を改めたキースと神官長イルトも、駆けて来た。
慌てて来たものの、俺たち3人には何もすることはなく、落ち着かないまま時間だけが過ぎる。
「何者だろうね、あの子」
「どこかの国が応援に寄越した、にしては無謀ですし」
「あり得ないだろ、そんなの。敵陣のど真ん中にたった一人、だぞ。防具も無しに」
話しながら、キースは俺の腕や足の傷に回復魔法をかけてくれる。
鈍い痛みが消え、楽になった。
「神が遣わした女神、なんでしょうか。あんな小さな身体で、倒れるまで剣を振るうなんて。・・神は酷なことをなさる」
イルトが医務室のドアを見つめ、祈るように手を組みながら辛そうに呟く。
抱き上げた彼女の頼りない重みを思い出す。
小さな身体。今にも、消えてなくなりそうな。
なんでもいいから、とにかく、無事であってくれ。
そう願うしかなかった。