39 名前
ベッドに並んで座って、ひんやりしたリコの実のジュースを飲む。炭酸っぽくシュワっと口の中で弾ける泡が美味しい。
ハリス国とのゴタゴタの後処理とか、ネミルや大志のことで、最近アルとゆーっくりのんびり話す暇もなかった。ようやく落ち着いたかな。
アルも今日は同じものを飲み、ふうっとひと息ついた。
「タイシには、明日、みんなの前で正式にイルトの家に入ることと神官になることを挨拶させる。まあ、アイツは神殿に入り浸っててもう神官達とも仲良くなってるからな」
「この国の人達の懐の広さには感心するわよ、ホント。
私みたいなヒネくれ者も受け入れてくれるんだから、ネミルや大志みたいな素直なコは大丈夫よ。大志は家族に会えないのはさみしいって言ってたけど、・・アクアもついてるし、恋人もすぐにできちゃったりして」
「かもな」
アルは小さく笑ったあと、私の顔を覗き込んだ。
「キラは、・・・キラもさみしいか?」
一瞬、何を聞かれたかわからなかった。ああ、家族と会えなくてさみしいって話ね。
「私は・・両親はいたけど、仲良し家族じゃなかったから」
ゆるく首を振りながら答えた。
「・・アルとは正反対の暮らしだったわ。食べ物も着る物も、なにもかもあるのに、家には私一人。両親はただ物をあたえるだけで、私を見ようともしない。いてもいなくても同じ。
私がいる意味なんて何もなかった。・・だからね、アル」
私はカップを置いて、アルの目を見た。青い、サファイアみたいな綺麗な目。
「ここに、この国に来られて嬉しい。ここには私のいる意味があるから」
「キラの言う意味は、戦上の女神として戦うことか? 戦いになんてでなくても、キラが巫女としていてくれるだけでみなは喜ぶぞ? 」
もっと喜ぶかと思ったのに、アルはまだ苦い顔をしてる。
「なあに? アルは私が戦うこと、まだ反対なの?」
「・・・タイシが、お前たちの国では、ひとりでも人を殺せば死刑になることもある、と。そんな平和な国で育ってきたお前に戦場に立たせて・・」
「あー、もう、やめてよ!」
眉を寄せて、心配げな顔で私を説得しようとするから、イラっとした。
アルをキッと睨みつける。
「あんたはさあ、私をどうしたいの?
巫女として神殿の奥にでも飾っておきたいの? そんなのまっぴらゴメンよ!
大事に大事に可愛がりたいのなら、お人形さんみたいな女のコを選べばいい。私は嫌よ。
私はあんたと対等でいたい。守られるばかりは嫌。私だって守りたい。力があるんだから戦いたい!」
「だが・・」
まだ言いよどむアルの胸ぐらを掴んでぐいっと引き寄せた。
「アルは、自分の生き方を悔やんでんの? 剣をふるって、その手にたくさんの命をかけてきたこと、恥じてんの? 」
「いや。俺は信念と誇りを持って生きている。判断を間違って悔やまれることは何度もあったが、恥じたことなどない」
「だったらさあ。私にもその誇りを感じさせてよ。ずっとこっちで生きていくって、覚悟決めてやってんのよ! 私の覚悟を馬鹿にしないでっ!」
威勢良く言い放つ。途端に目の前にあったアルの顔がそのまま近づき、あっと避けるより早くチュっというリップ音。キスされたとわかって、顔にかあっと熱が集まった。
アルの両腕に引き寄せられ、馬鹿でかい身体にむぎゅうっと圧迫された。苦しいっての!
「わるかった。キラ。お前は見た目よりもずっとずっと、ずっと強いな」
「・・わかればいいのよ」
ツンとそっぽを向いて言った。ちらりと視線を戻すと、アルの緩み切った顔が見えてなんだかやたら恥ずかしくなる。
「も、もう! なににやにやしてんのよ! ほら、もう寝るわよ!」
くそう。私、絶対赤い顔してる。くやしい・・!
ふかふか布団の上。
アルの腕に抱きしめられて、ああ、そういえば、もう一つ、言いたいことがあったんだっけと思い出す。
「ね、アル。・・・私の、名前だけど」
「あ、ああ」アルが焦ったような声で答える。
「本名は、吉良凛子っていうの。こっち風に言うと、リンコ・キラ。
黙ってて、ごめんね。隠しておこうとしてたわけじゃないのよ。自分の名前・・あんまり好きじゃなくて・・」
と言おうとして、王様の動きに遮られた。ちゅっとキスがおでこに一つ。ちゅ、ちゅ、とほっぺにも一つずつ。
「な、なによ、アル」
「リンコ・キラ。・・・リン、か。可愛いらしい名だ。お前にぴったりじゃないか」
「な、なな、なによ、ニヤけちゃって。なにがそんなに嬉しいの」
「うれしいに決まってる。リン、リン、リン」
「気安く連呼しないで!」
呼ぶと私が怒るのが面白かったのか、アルはしばらく私の名前を無駄に呼びまくってた。
「あ。だから、リィって言われてたのか? シルフに。リンコ、だから」
「シルフは何も言わないうちからそう呼んでたよ。なんだろね、人の本名が分かる能力でもあんのかな?」
「それはまた・・・キースが食いつきそうな話題だな」
「うっわ。師匠には黙っとこ。師匠、ガンガン質問してくるからシルフは苦手みたいよ」
「シルフ、俺のとこには結構来てくれるぞ。リンの匂いが残ってるからかな」
「やらしー言い方しないで。感覚で生きてる者同士、なんか波長が合うんじゃないの?」
「ははっ、そうかそうか」
「何も褒めてないわよ。あんたがテキトーな性格だって言っただけよ」
「なあ、リンって呼んでいいか、リン」
「もう呼んでるでしょ。もう」
くすっと笑ってしまう。そしたらアルの手が伸びてきて、めちゃくちゃぎゅうって抱きしめられた。
ありがとうございました。
次回、最終回です( ´ ▽ ` )ノ