37 ハリス国の魔術師
ネミルは泣きながらすべてを明かした。
のんびり座ってる雰囲気じゃないので立ち上がり、彼女のそばに寄った。皆も、彼女を取り囲むように集まる。
彼女はハリス国で踊り子をやってた一般人で、ある日突然国王に呼び出され、今回の役を演じることを命じられたそうだ。
「・・拒否権はありません。王の命は絶対。たとえどんな命令であっても。
王の命に逆らうことは、死を意味しますから」
つまりネミルは黒目だったというだけで、国王と魔術師に目を付けられ、女神である私を誘き寄せるエサとして使うようにさしむけられた、というわけだ。
「ま、魔術師の男に、ニホーンに帰れるからと言って女神さまを一緒に連れて来るように、と命じられました。途中で逃げたり、命令に背けば、即コロす・・と」
うう、と泣きながら肩に手を当てるネミル。
嫌な予感がする。なに? 肩に何があるの?
「まさか、隷従の印を刻まれているのか?」
アルが嫌悪を示す。「クソっ、女のカラダになんてことを!」
レイジュウ・・全く聞いたことがない言葉だけど、脳内で漢字変換できた。
キース師匠をちらりと見れば、こちらも眉を寄せながら苦々しく頷く。
「隷従の印っていうのは、ハリス国に伝わる術だよ。
印を付けられた者は術者から逃れられない。どこに逃げても居場所が分かるし、その命を絶つことも簡単だ。今でも当たり前のように使われているとは聞いていたけど・・最低だよ、全く」
「印を刻まれる時、ものすごく痛いと聞いたことがある。その痛みで死ぬ者もいると。辛かったろう、ネミル。よく、生き伸びたな」
アルがそっと彼女の肩に手を置くと、ネミルは大粒の涙をボロボロと零し、泣き叫びながらテーブルに顔を伏せた。
大志は青褪めた顔で震えている。
私も震える拳を痛いほどに握りしめた。そのフザけた連中を殴ってやりたい。ムカつくわぁ。その、人を人間とも思ってない、傲慢な感じ。
「・・その、インを解くには?」
キース師匠に尋ねればすぐに答えが返ってきた。
「術者の命を絶てば、印は消えるよ」
「それじゃ、話は簡単だな。その魔術師、ブッ殺そう」
「術を解かせるとかの手間が無くて有難いわね。楽チンだわ」
アルと私が目を合わせて頷き合う。師匠と大志が慌てて私達の前に出た。
「ちょ、キラさん! どこ行くの!?」
「アルファ、落ち着いて。相手はあの極悪非道なハリス国王だよ。力の差がありすぎる。あっちにはかなり力の強い魔術師がいるんだ。それに、彼女の命も握られてる。下手に動けばすぐにバレるよ」
「くっ・・」
「ハリス国の魔術師さんに手紙を出しましょ。ぜひお会いしたいです、女神よりって」
「キラ・・!」
囮作戦にアルは難色を示したが、それ以上の案があるようには思えない。
キース師匠もラビさんも、もちろんジェイも渋ったが、結局すぐ部屋に戻って手紙が書かれた。
ネミルの隷従の印が肉体に及ぼす影響は不明だけど、我慢しているだけでずっと痛みがあるのだと言う。そんなの、ぐずぐずしている場合じゃない。
手紙はアルファ王からではなく、あくまでも女神がこっそりと出した風にした。
ライナードの王は私を手放したくないでしょうが、私は日本に帰りたいので、どうかお力を・・! と縋るような文面で。
敵はすぐに引っかかった。おそらくネミルの変装がバレると思っていなかったんだろう。バカか。
ハリス国との国境にある小さな湖を待ち合わせ場所にして、私は一人だけ騎士を連れてこっそり行くと約束を取り結んだ。
*****
魔術師はイヤラシイ顔つきのオッサンだった。後ろに並んだ兵士達もごくごく普通か、ブ男。やっぱりイケメン揃いなのはうちの国だけだったみたい。
「貴方がネミルを保護してくださった魔術師さま? ニホンに帰れるというのは本当ですか?
こちらの世界に落ちて、不安と絶望ばかりの私達に、救いの手を差し伸べてくださるのですね」
久しぶりの猫かぶりモード。
いつもより頑張ってる。
衣装も舞の時のフリフリヒラヒラ。私を見て、ほうと生唾を飲み込んでいる。エロオヤジめ。
同じエロでもアルは爽やかだけど、オヤジのはただただ気持ち悪い。
「ええ、ええ。女神さま。ライナード国ではお辛かったでしょう。
どうぞ、我が国へ。最高のおもてなしをしますぞ。
あなたさまが祖国へと帰れるよう、私も研究を進めます。詳しくは私の研究所でないと話ができませんので。
・・・どうぞ、手を」
スッと差し出された手は、目の錯覚ではなくドス黒い煙が立っているように見えた。
シルフじゃなくても分かる。嫌な術の匂いがプンプン。
この手に触れさせ、先制攻撃で私に隷従の印を押し、支配下におくつもりか。
・・・なにが最高のおもてなしだ。奴隷にする気マンマンじゃん。
なんでそんな、単純で見え透いた手にひっかかるとか・・
ぞわり
背中を生ぬるい汗が流れた。
魔導師はおや、と片眉を上げる。「どうしました?」
「リィ、にげて! イヤな、コワイのがくるっ」
シルフが耳元で囁く、と同時に魔導師が両手を挙げ、聞き取れない言葉を叫んだ。
空気が張り付くようなピリピリとした振動。なに!?
はっと振り向くと、そばにいたジェイが不自然な姿勢で固まっている。
次の瞬間、ざざざっと黒い鎧に身を包んだ兵士に取り囲まれる。
彼らの剣先は、ジェイの喉元に突きつけられている。ジェイは顔を歪めるが、体の自由は効かないようだ。
「さあ、戦場の女神、我が、ハンス国へ参りましょう」
にやりと大きくイヤラシイ笑みを浮かべるオッサンが気持ち悪くて吐き気がする。
体の後ろで指が動くことを確認する。異世界人には効かないのか。
動けるならラッキーだ。
でも、どうする?
風で目潰しをして、すぐさま魔術師を斬るか。
「それとも・・・あなたの騎士達を一人ずつ、嬲り殺しにしていきましょうか」
・・・駄目だ。
アル達、後方の騎士達も捉えられている。
私の風の魔法は広範囲には及ばない。魔術師を斬る間に、アル達が殺されちゃう。
「・・・そうね。行くわ。ハンス国へ」
私が動きを鈍くして僅かに手を差し出すと、魔術師は目を細めて笑い、気持ち悪さを増した。
ドス黒い手が近づく。
この手に触れれば、隷従の印を押される・・・!
込み上げる恐怖を必死に抑え、無表情を繕った。
くやしい。
こんな奴の思うままになるなんて。
一瞬でもいいから、隙ができれば。一秒でも、こいつら全員の動きを止められれば、魔術師を斬り捨てられるのに。
「キラさんッ!」
少年の声。次の瞬間、すぐ近くの湖が爆発音を立て巨大な水柱となり、辺りに鉄砲水のように激しく飛び散った。
「うわっ、なんじゃ!」魔術師の慌てふためいた声。
今だっ!
私は目の前の魔術師に剣を振りかぶり、声を上げさせる間も無くその身体を引き裂いた。
術が解けたジェイも、素早い動きで敵を瞬殺した。
「アル!」「キラ、無事か!?」
私の呼びかけに、アルの声が重なり、ほっとした。
ボスを失った兵士共は、次々と倒され、あっという間に形成逆転。
我々が勝利を収めた。