36 お茶会
ネミルは医務室でずっと「女神さまとお話ししたい」とシンシア達に願い出ているらしい。
回復してから、と言い聞かせても、泣きながら訴えられ、急遽お茶会が開かれることになった。まあ、みんな美人の涙には弱いのよね。
彼女より先に中庭に着いた私は、ぐるりと集まっているメンツを見た。
アルが手を繋いでくるので振り払う。
歩いて移動の時ならまだしも、何故お茶会でそんな恥ずかしい真似をしなければならないの。
キース師匠はでっかい本を開いている。隣のハリス国の資料らしい。
師匠によると、ハリス国は代々国王がかなり権力を持った独裁国で、王に逆らったり無礼を働いて処刑になった者の数はハンパないらしい。だから幼い頃から徹底して王を敬い、恐れ、決して逆らわぬように、と教えられるという。
そんな話、前にアルも言ってた。
大志少年はラビさんと談笑している。
最近、ラビさんがお気に入りの大志はしょっちゅう神殿に行っては話を聞いているらしい。なんでも中学の時の恩師に似ているとか。
どんな素敵な先生だと突っ込んだら「顔とかじゃないよ、こんなイケメン日本にいたら浮くよ!」とツッコミ返された。
まあ、ラビさんも息子のように可愛がってくれてるし、親ウサギにワンコが懐いている様子は微笑ましい。
「女神さま、ようやくまたお話できて、嬉しいですわ」
シーリス、シンシアの二人に挟まれてやって来たネミルは、私の顔を見るなり黒い目を潤ませた。
その後ろにいるジェイがすごい顔で彼女を睨みつけている。コラコラ、私に近づこうとしてるからって、そんな殺人ビームが出そうな顔は止めてくれ。私もビビっちゃうでしょ。
「さあ、みな揃ったな。座ってくれ」
私の方に駆け出そうとしたネミルを制止するようにアルが片手をあげる。
庭に設けられた椅子にみんなが腰を下ろした。丸いテーブルには熱い紅茶が注がれたカップと、甘い匂いの焼き菓子が数種類並べられている。
私の隣はアル、と大志。大志の隣にラビさん。アルの隣にキース師匠。ネミルは師匠とラビさんに挟まれて座った。
妖艶な美女に真正面から見つめられる。距離があるから耐えられるけど。
王様のアルが焼き菓子を手にすると、大志も「いただきまーす」と嬉しそうに手を伸ばした。
「ネミルはいつ、こちらの世界に来たんだ?」
王様からの質問に、ネミルは背筋をピッと伸ばして答える。
「つい一ヶ月ほど前ですわ。あの、・・頭を打ってしまって、名前とか、自分のことを忘れてしまったので、保護してくれた方が私に名をつけてくれたんです」
「そっか。ネミル、なんて日本人にはない名前だもんな」
大志が言えば、「そうでしょう」と微笑む。
大志は顔を赤くして紅茶をくいっと飲んだ。あーあ、男はちょろいね。少年、もっと経験積みなよ。
「き、記憶喪失なんて大変だね、お姉さん。でも、元の世界に戻れないならその方が幸せかもね、なんて」
ハハハと苦笑いした大志に「とんでもないですわ」と返した。
「え?」と首を傾げる大志に、ネミルはふわりと笑った。
「あたしを保護してくださる方は魔道の研究者なんですの。先日、その方はあたしに帰れる道筋を見つけた、とおっしゃってくださいましたわ」
「・・・!!」
全員がピシッと凍りついたかのように固まった。
「ほ、ホント? 本当に? やった、やったぁ! 帰れるって、キラさん!」
大志は立ち上がり、嬉しさ全開の顔で私を振り返った。ブンブンしてる尻尾が見えるよう・・。
ってそれより、本当に?
いや、これは嘘でしょう。だって、この人の私を見る目の熱、半端じゃない。帰れるならひとりでとっとと帰ればいい話。それなのに私のところに来たってことは、まあ、そういうことなんでしょ。
単純な大志はすぐに信じるだろうけどね。捻くれてる私はそんな簡単には納得しませんよ、おネーサン。
でももっと話を聞き出すために少しは乗ってあげないと、かな。
「ふうん。私達、帰れるの?」
「そう! 帰れますわ、ニホーンに」
私が興味を示したと思ったネミルはパアッと目を輝かせて両手を顔の前で合わせた。
「女神さま、一度あたしと一緒にハリス国にいらして、お話だけでも聞いてください。このままここに居ても、・・・ニホーンには帰れないのでしょう?」
ねえ、と問われて大志はコクコクと首を縦に振ってる。
まあね、帰りたいものね、おぼっちゃんは。
でも残念ね。罠だから。きっと・・
「それは・・本当に、確かな情報なのか!? だったら、直ちに皆で・・」
大志以外にも立ち上がって身を乗り出すバカがもう一人いて驚いた。
嘘でしょ、王様。なんであんたまで信じちゃってんのよ。
アルがすごい勢いで立ち上がったのでネミルはビクリと身体を縮こまらせた。
「シルフ、お願い、来て」「なあにー、リィ」
アルが突っ走るより先にシルフを呼ぶ。シルフは風と共に現れ、私の肩に乗っかった。
「ねえ、あの人、頭に何かついてるでしょ。ぶわって飛ばしちゃっていいわよ」
「わかっター、まかせて!」
シルフはぎゅるるんと竜巻のように身体を変え、突風を巻き起こした。目標に向かって。
「きゃあ!」
ばさっと音がして空中に黒い何かが舞い上がる。
風が止んでみなの視線の先にあったのは、赤茶色のボブカットの女の人。ネミルはハッと自分の頭に手をやり、みるみるうちに青褪めた。
「ネミルさん。詰めが甘いですよ。
日本人はね、王様ってものに縁がないから、あんまり偉い人って思って接するのが苦手なの。あなたの態度は、何十年生きてて染み付いたものでしょ。一ヶ月そこらで身についたものじゃない。
あと、ニホーンって発音、おかしいから」
やれやれだよ。こんなバレバレの偽造で騙せると思んだからすごいよね。まあ、騙されそうになった人も二名いるけど。
「・・・話してもらえます? 色々と。正直に」
にっこり笑ってやれば、ネミルさんは「は、はぃいっ!」と声を震わせた。
イヤだ。私、悪役みたいじゃないの。