33 (アル) 答えられない
俺にしがみついて数分経たないうちに、すぅすぅと寝息を立て出したキラ。
細い腕のどこにそんな力があるのか、俺の腰をがっちり挟み込んでいる。
ベッド脇のチェストから傷薬をとりだし、腕に数カ所ついた傷にそっとぬった。
顔に傷がないのを確認して頬に唇を落とす。愛しい俺の女神。
本当は俺だけの女神にしたかったんだけどな。
今やキラは国中の人気者だ。戦姫としての活躍はもちろんだが、普段から街を見回り困ってる人に声を掛けたりしてるらしい。
しかも、ぽいっと城を抜け出して、誰よりもいち早く盗賊団を仕留めに行く。
何度ヤメロと言っても聞きやしない。なまじ腕がいいだけにタチが悪い。
一人で騎士何人分の働きをするつもりなんだ。
女神がホイホイ戦いに行くなと俺が言えば、王様だっていつも前線に立ってるクセにーとブーたれるし。
一人で行くなと言えば、じゃあ一緒に行く? と笑う。
あー言えばこう言う。口の減らない生意気な女。
なのに、キラが笑うと、それだけでなにもかも許せてしまうほどに可愛いと思える。
惚れた弱みか。
どんなに好きだと言っても、キラにはするりと交わされて逃げられて来た。
本気で言えば言うほど。
それでも、着々とキラとの距離は近くなってきているように思う。
一緒に寝てるのは初日からだが、最近ではキラに引っ張られてベッドに入る。
「アルはねえ、あったかいから、一緒だとよく寝れるの」
不満だと言いたげにちょっと口を尖らせて。その顔がまた可愛くて堪らない。
抱きしめるだけで手を出せないのはツラいが、我慢、我慢。
柔らかい肌に直接触れたいけど、キラが俺を好きだと言ってくれるまでは手出しはできない。
せっかくここまで懐かせたのに、バリ掻かれて逃げられて、二度と近づいてくれなくなりそうだ。
恋愛は苦手だとか言っていたし、焦ることはない、ゆっくりいこう。
*****
タイシは、非常に順応性の高い少年だったようで、次の日、部屋を訪れるとバクバク朝食をとっていた。
「あ。おーさま、おはようございます」
年齢は聞いていないが、頬を膨らませてしゃべる様は幼い。
キラは十七だけど、同じくらいだろうか。可愛らしい顔立ちをしているので、世話をしているメイドたちはウキウキ楽しそうだ。
食事を終えると、地図を広げたテーブルを挟んで向かい合って座り、この国のことを色々と話してやる。タイシは興味津々な様子で、身を乗り出すようにして話を聞いてきた。
精霊魔法なんかはキラと同じように「わ、ファンタジー!」と感動していたが、盗賊団や戦争の話になると露骨に嫌そうな顔をした。
「うわあ、戦いとか、僕は絶対にパス。ケンカもしたことないし。人殺しとか、無理無理無理」
「ニホンは平和な国だそうだな。ここでは武器も持たないなんて考えられない。
死ぬか殺すか、強くないと生き残れないし大事な者を守れない」
タイシの顔が青褪めてているので、ぐりぐりと頭を撫でてやった。
「うわわ」
「そんな顔するな。この国の中にいれば大丈夫だ。ここは他に比べて断然治安が良い。お前がここにいる間は俺が守ってやるからな、タイシ」
タイシはくりっとした目をまん丸にして、俺を見た。なんだ?
「お、おおさま、カッコいー! やべ、僕、オトコなのにどきっとしたじゃん。
なにその、タラシっぷり!」
「タラシ?」
「王様、モテるでしょ」
「いや。そうでもない。好きになった女もキラが初めてだしな」
そう答えれば、タイシは何か考えるように顎に手をやり、少し声を落として尋ねた。
「ねえ、王様はキラさんに惚れてんの?
一緒に、ね、寝てるんでしょ?恋人?キラさん王様の奥さんになったら王妃様になるの?」
「まあ、そうだな。口説いてる最中だ。なかなか頷いてくれなくてな。
まだ恋人ではない。
ここに来た当初よりは懐いてきたし、だいぶ信用してくれるようになったと思うんだけどな」
「えー?」と眉を顰めるタイシ。
それから、やれやれ、と肩を竦め、首を振る。
「信用、されてるのかな?」
「どういうことだ?」
「王様、キラさんの本当の名前も教えてもらってないんでしょ」
「!」
「キラさん頭良さそうだし、本名を名乗ったら悪用されたり呪いかけられたりするかもって用心したんじゃない? 僕達にとって魔法とか精霊とか、非現実的だから。まあ僕は何にも考えずに名乗っちゃったけど」
タイシはペラペラと話し続ける。
俺は言われた内容が衝撃的過ぎて、頭が追いつけずにいた。
「ここに来てから何ヶ月も経ってるんでしょ?
未だに名前すら明かしてないなんて、信用ゼロだって思うよ」
タイシは呆然としている俺に構わず続ける。
「ねえ、それにさ。なんで女のコなのにキラさんが戦ってんの?
王様、おかしいんじゃないの? 」
「おかしい?」
「僕なら絶対、あんなことさせないよ。すきな人に。怪我するようなマネ、させたくない。まして、人を殺すことなんて」
タイシは強くキッパリと言い切った。
「王様達、この世界の人達は生まれた時から武器を持って、殺しあって生きてきたかもしれないけど。僕達のいた日本は武器を持っただけで逮捕されちゃうような平和な国だったんだ。人を殺すなんて、考えただけでも恐ろしいよ。
なのになんでキラさんに人殺しさせてるの? ここでは女の子もみんな戦うの?
違うよね? 騎士の中にも女の子は一人もいないんでしょ?
じゃあ、どうしてキラさんは戦ってるの?」
どうして? そんなことを問われるとは思ってもいなくて返答に困る。
「それは、・・キラが・・ここに現れた時に、敵を斃して。戦場の女神に」
「うん。その話はメイドさん達から聞いた。でもそれって、たまたま落ちた場所が戦場だったからコロされたくないから仕方なくやったんでしょ?
僕が聞いてるのは、何でその後もずうっとキラさんに戦わせて人殺しをさせてるのってことだよ。なんで止めさせてあげないの?
敵に傷つけられてるのを見てて、なんであんたは平気なの?
ねえ、わかってんの? あんたが傷つけてんだよ! キラさんを!」
「っ!」
タイシの眼差しは鋭く、俺を睨みつけた。タイシの敵意はキラを思ってが故だ。
投げつけられた真っ直ぐな言葉が俺の頭でぐるぐる回った。
俺は、タイシに何も答えられず、ただ口を結んだ。
痛いほどに拳を握りしめながら。