32 少年
シャワーを終えて綺麗な服に身を包み部屋に戻ると、少年は熱心に地図を見てた。
私の姿を見ると少し驚いたように目を見張り、かあっと耳まで真っ赤にさせる。
え? なに?
思わず眉にシワがよっていたのか、少年はパタパタと両手を振って口を開く。
「ち、違うよ、別にやましいコトを考えていたワケじゃなくて!
お風呂上がり、ちょっと薄着すぎじゃないですか。僕いちおう男なんですけど!!」
今時ドコの純情ボウヤだっつーの。
まあ、ちょっと気持ちはわかる。今の私の服、キャミワンピって感じのやつだから。肌触りの良いさらっさらな生地のやつ。いつもはお風呂上がったら寝るだけだし、これで良いんだけど。
普通の服ってあんまりないんだよね、この世界。
クローゼットに入ってるドレスみたいなやつは、マアサに手伝ってもらわないと一人では着られないし。帰ってきたばっかなのに、剣の稽古着みたいなのは着たくない。あれならひとりで着れるけど。
でも日本だったらキャミワンピなんて普通じゃん。
って思ったんだけどなあ。
「リィ、おーさま、きたよ」
シルフがふわりと風を巻いて私のそばに現れた。
少年は「え!?」と目を丸くしてる。
まあ、精霊とかホントに信じられないくらいファンタジーだもんねえ。
「キラっ! 大丈夫か!」
バンとドアを勢いよく開けて入って来たアルは、一直線に私に向かって突進して来て、そのままひょいっと私を抱き上げた。
「アル、降ろして。シルフから聞いたでしょ。話があるの」
「聞いた聞いた。キラ、今日も俺に黙って城を抜け出しやがって。
怪我はないか?てかお前、男と部屋にいるのになんてカッコしてるんだ 」
アルはすごい勢いで喋りながら私にショールを巻いてくる。
「なによういつもそんなこと言わないじゃない」
「俺とは別に良い。他の男には気をつけろ、全く。変なとこで警戒心がないな、お前は」
そのままショールごとぎゅむぎゅむと抱きしめてくるから、うっとおしくて引き剥がした。
「もう、アル。離してってば。この男の子とさっき出会ったの。
おそらく、私の時と同様に、突然こちらの世界に来てしまったみたい」
「なに?」
アルの表情がスッと真面目なものに変わり、少年を見る。
そうしてればちゃんと王様に見えるのに。
「キラと、同じ国から来たのか? 確かに同じ黒髪に黒い目だが」
「服装がね、知ってるの。間違いないと思うわよ」
学ランはどこにでもある黒いものだけど、この世界では見たことがない。
「そうか。大変だったな。まあ、なんだ。この国に来たからには俺が保護してやるから心配するな。腹減ってないか? 何か食いながら話すか」
アルは困ったように眉を下げて笑い、それから少年の頭をわしわし撫でた。
「わ、わわ」
少年は戸惑うばかりだ。
マアサはすでに待機していたようで、「おい」と呼ばれただけで大きなワゴンを引いてやってきた。テーブルの上にはあっという間に三人分の昼食が用意される。
席に座る前に私にちょうど良い感じのカーディガンを着せてくれる。
流石です、マアサさん。
というわけで、おひるごはんです。
少年は空腹を思い出したのか、しゃべるのも忘れてパンを口に頬張っている。
それを見つめるアルの目は優しい。親鳥みたいになってるよ、アル。「うんうん、食え食え」みたいな。
お腹が満たされてくると少年はスプーンを置いて、ぐいっとリコの実のジュースを飲んだ。
ぷはっと一息つく。いい食べっぷりだ。
「はあ、おいしかった。ごちそうさまです」
丁寧に手を合わせお辞儀をする姿は、ちゃんとした家で育った男の子そのもの。
家族は心配してるんだろうな。
「腹はいっぱいになったか? キラと同じところから来たって言うから少食かと思ったがお前は普通に食えるな。
やっぱりキラももう少し食った方がいいんじゃないか? 」
え? なんでそこから矛先が私に向くの?
「もう、アルはしつこいの。私にはこれが適量なんだって毎回言ってるでしょ。
食べ過ぎると気持ち悪くなるんだから」
「じゃあ、これだけ食え。これは栄養満点だ」
「ん」
フォークにささったお肉の一切れを差し出されたので、ぱくりとかぶりつく。
うん、まあ、美味しい。ソースが絶妙。シェフ、いい腕してます。
顔を上げると、顔を赤くした少年と目が合い、パッと俯かれた。
純情少年にはあーんは見てて恥ずかしかったらしい。
しまった。毎日やってるから感覚がマヒしてる。
これは日本ではバカップルしかしないような恥ずかしい行為だった。
以後気をつけよう。
アルも自分の皿の上のものをぺろりと食べ終えると、少年に向き直った。
「さて。改めて、俺はアルファーダ・イル・ライナード。この国の王だ。お前、名は何だ?」
「あ、え、えっと、河口、大志です。
タイシ・カワグチの方がいいのかな?」
ピシッと背筋を伸ばして答える姿は好感を持つ。アルも同じだったようで口元を緩ませてる。
「タイシか。よろしくな。突然のことで混乱してるだろう。
でもまあ、どうしようもない。なぜこちらの世界に来てしまったのか俺たちもよく分からないのでな。
身の安全は保証するから、しばらくはゆっくり過ごすといい」
「ここに、居てもいいの? 」
「ああ。今日のところは、まあ、寝るか。疲れただろう。明日また色々話そう。
部屋を用意させるから」
はい、とマアサが一歩前に出ようとすると、少年は両手をブンブン振った。
「あ。いいです。キラさん、ここに居させてもらっていいですか?
その、すみっちょで寝るんで。もう少し、話もしたいし」
私の方にタタタっと走り寄って、縋るような目で見てくる。
「ね、いいですよね?」って。
まあ。気持ちは分かる。いきなりこんなとこ来ちゃって不安だろうしね。
同郷の私にすがりたい気持ちはわかるけど。
でも私はそんなにイイ人じゃないのでね。
「イヤ。私寝たいから。また明日にして。マアサさん、少年をよろしくー」
「はい、キラ様。お任せくださいませ」
え? 行っちゃうの?って顔をしてる少年にバイバイと手を降る。
「アル、こっち来て」
「お、おお」
アルの手を引いて寝室に。もう、疲れて眠いのは私の方なんだってば。
背後からは少年の視線を感じたけど、無視。眠いし。
上着を脱いで、中に着てた薄いワンピースだけになったらベッドに潜り込む。
アルも硬い生地の服は脱ぐから、ぎゅっとした感じが、とても良い。うん。
「なんだ、やっぱり怪我してるじゃないか」
「んー、いいの。すぐ治るから」
ベッドに入って来たアルは私の腕に傷を見つけて、ぺろりと舌を這わせてくる。
これ、怪我を見つけると最近いつもされるんだよね。
恥ずかしいから止めてって言うんだけど、余計にやってくる。くそう。
「もう眠いんだから、アルも寝て!」
「ハイハイ。しょーがないなあ。おやすみ、キラ」
ちゅっと、おでこにキス。
これはもう、私にとって眠るためのおまじないになってる。
アルはいつも、あったかくていい匂いがするの。よく眠れる。
「おやすみぃー」
少年のことはもうスッカリ忘れて、ぐっすり眠った。