31 新たな異世界人
巫女として舞を披露するのも、この前の精霊祭で三回目。前回は豊穣祭。
もう、この世界に来て丸一年が過ぎた。
その一年の間で大きな戦争はニ回。どれも戦姫として戦った。
アルは私に、戦姫としての役割は、兵士を鍛え、鼓舞し、士気を高まらせることだけでいいと言う。
戦場には出るなって。
でも、そんなわけにはいかないでしょ。私が行った方が早いし被害も少ない。
それはアルも分かっているようで、結局私が行くことを強く止めはしない。
背中合わせに戦うと、私達、無敵だし。
アル、強いんだよね。精霊の加護とかないのにあんな動きできちゃうのすごいなあ。スタミナもすごいし。私の方が体力先に尽きちゃう。女だからって言い訳は好きじゃないけど、性別の壁は厚い。シルフのサポートなかったら、男の人に混じって戦うことなんてできなかっただろう。
アルは、自分だって王様のクセに最前線で戦う。
それなのに私が戦場で血塗れになるとすごく嫌そうな顔をする。私は至近距離で仕留めるから返り血を浴びるのは仕方ないのに。
だから盗賊退治はいつも内密にこっそりやってる。
今日もそっと城を抜け出して、悪い奴らを叩きのめして、そっと帰って来た。
よし、たぶんバレてない。マント着てるし。
アルに見つかる前にシャワーを浴びに行こうと早足で部屋に向かっていると、曲がり角で誰かとぶつかった。
「っ!」
軽くだけど、地味に痛い。
「っ、ごめん! ってキミ、怪我してるの!? ひどい血だよ」
その男の子は私の血濡れのマントを見て、目を見開き慌てふためいた。
でも、そんなことよりも私はこの子の服装に驚いて、返事もできなかった。
だって、この、見覚えがある黒の詰襟! 懐かしい、学ラン!
「え?高校生?」
ポツリと漏らした私の言葉に、その子はさっきより一層目をまん丸にして、私の肩をガシッと掴んだ。
「キミ、キミも日本人だよね!? その髪、黒いし。ねえ、ここどこ?
いきなり外人に囲まれてわけわかんなくて逃げてきたんだけど!
っあ、あああ、ごめん! 怪我してるのに!」
慌てながらも私の心配してる。おーおー、この子、イイコ。
「怪我なら大丈夫。これは私の血じゃないから。
ここは、異世界、みたい。私は、一年前にここに来たの」
落ち着かせるようにゆっくり言った。
「帰り方は、わからない。だから、私はここで騎士、みたいな仕事をしてる」
で、いいのかな。合ってる?
少年がゴクリとツバを飲むのがわかった。
顔は青ざめている。
「かえ、れないの?」
そりゃあショックでしょうね。私がここにいるってことがそもそも帰れないって証明みたいなもんだし。ザンネン。
「悪いけど、詳しい説明は後でもいい? 私、着替えたいから」
「あ、う、うん。ごめん」
慌てて謝る少年に苦笑する。
「ごめんなんて気軽に口にしない方がいい。謝罪は自分の非を認めるものだから、他人に付けいられる隙になる」
「あ、ごめ、うん、そうだね」
口癖なのか、腰が低いのか、また謝りそうになった口を自分で押さえてた。
「ありがと」
にっこりと笑ってお礼を言われる。毒気のない笑顔。
高校生? 難しいお年頃の少年なのに、スレてないんだなあと感心する。
部屋に戻ろうと歩き始めると、早足で子犬のようについてくる。
そりゃそうか。
わけのわからない世界に突然連れてこられて、そこでなんと日本人に出会えれば嬉しくもなるだろう。
「僕は、河口大志。さんずいのほうの河に、大きいココロザシ。キミは?」
「キラ」
「それって苗字? 名前?」
「苗字。ここに来てからはずっとその名前で通してるから」
それで会話終了、これ以上聞くなと言わんばかりに、到着した自室のドアをバンと強めに開けた。
私の後に続く少年は、きょろきょろと辺りを見回している。
「シャワー浴びてくるから、ここに座って待ってて。
魔法がかけられてるものもあるから、部屋の物には触れない方がいい。
机の上に広がってる地図でも眺めてて」
「は、はいっ」
少年はビシッと背筋を伸ばして返事した。
あの感じなら、覗きとか、そういう心配することもないかな。まじ子犬っぽい子。
ドロリとしたマントを桶に入れると水が真っ赤に染まった。
おおまかに血を流したら、他の服と一緒に、マアサに洗濯に出してもらう籠にいれておく。メイドさん達、いつもありがとうございまーす。
温かいお湯を頭から被る。
足元に流れていく水も赤い。今回はあまり怪我をしなかったけど、それでも腕に受けた擦り傷切り傷が数カ所ズキリと痛んだ。
返り血を浴びた時はいつもより丁寧に石鹸で全身を洗う。
今は人を待たせてるからゆっくり湯船につかることはせずにシャワーのみ。
どうするのかな、あの少年。
私と同じように突然ここに落ちてきたって感じみたい。
日本にならどこにだっている、黒髪の真面目そうな男子高校生。
人を殺したこともないんだろうな、なんて、当たり前か。
「シルフ」「ハーイ、リィ」
シルフを呼び王様へ伝言を頼んだ。やっぱこういう時にはアルが一番適役かな。
あの王様ならあの子も構えずに話せるでしょ。
とは言え、どうするのかねえ、あの子は。
自分と同じ立場だから他人事じゃないはずなのに、まるで他人事しか思えない。
シャワーを止めて、ふう、とため息をついた。