3 王様に餌付けされる
脳内の処理速度が追いついてなくて固まっていると、ドアがノックされた。
「入れ」
王様が許可するとワゴンを引いた女の人が入って来た。
「失礼いたします」
メイドさんだ。生メイドさん!
思わず、上から下まで舐め回すように見てしまう。
メイド喫茶みたいな、きゃぴきゃぴした感じじゃなくて、シックな紺のドレスに白いエプロン。普通に綺麗なお姉さん。
洗練された身のこなしで、ベッド脇のテーブルにスープや果物、ドリンクを並べていく。
「まあ、少し食べてから話をしよう。ほら」
そう言ってトレーにスープの皿を乗せて私に差し出した。
王様がメイドさんの仕事をとっている。
私がやりますからってメイドさんが焦ってるよ、王様。
そう言えば、王様もラフなシャツとパンツって格好だけど、現代の服とは全然違う。シャツには上品な飾りが付いているし、腰のベルトも中世ヨーロッパな感じ。
あ、パンツは下着のことじゃなくてズボンのことよ?
本当に、異世界なのかなあ、ここ。
ただのヨーロピアン貴族のコスプレマニアの爽やかなお兄さんの家に拐われたとか。それはそれで恐怖だけれども。
「熱いので、気をつけてくださいね。お腹は空いているでしょうけど、まずはスープから。次はもう少ししっかりしたものを食べれますから」
綺麗なお姉さんに、ね? と諭すように優しく言われると、小さな子どもになった気分になる。
別にワガママ言いませんよ。出されたものをありがたくいただきます。
ぼうっとしてるとあーんとかされそうなので、慌ててスプーンを手にした。
クリームシチューみたいなスープはすごく美味しくて、何回かスプーンを口に運んだらあっという間になくなった。腹ペコだったから、もう少し何か欲しいんだけど、厚かましいよね。
「ほら、これも食え。リコの実は消化に良いから風邪を引いた時よく食べるんだ」
私はよほど物足りなさそうな顔をしてたんだろう。
笑いをこらえたような顔で、王様がピンク色の何かを指でつまんで差し出した。
果物か木の実みたいなもの。
食べて大丈夫なのかなって、ちょっと思ったけど、ここで毒殺される理由もないだろう、と思う。
皮を剥いてくれたみたい。このまま食べればいいのかな。
ぱくんと食べると、口にじゅわっと甘い果汁があふれた。
「わあ、おいしい」
桃みたいな、メロンみたいな味。なんかよく分からないけど美味しい果物だ。
ちらりと王様を見ると、次のリコの実が口の前に。
王様、ありがたくいただきます。
さくらんぼ大のリコの実を四つ食べたところで、お腹がいっぱいになった。
もともと少食だし、さらに胃が縮んだかもしれない。
ごちそうさまとありがとうございましたのお礼を言うと、王様がおしぼりで自分の指を拭き、ついでに私の口元も拭われた。
私、小さい子だと思われてません? 自分でできるから!
「さて、どこから話そうか」
王様はベッドの横の椅子に座っている。私も椅子に座ろうとしたら、そのままでいいと言われた。
ので、ベッドに座ったままです。怪我人で病人なので、王様への無礼な態度は大目に見てください。
って、さっき果物あーんしてもらっちゃいましたけど、あれも失礼だったかな。
まあ、過ぎたことはもういいや。根っからの楽観主義なので、気にしないことにしよう。
「えと、まず、ここはどこですか?」
「ここはライナード王国。ラナダ大陸の最東の国だ」
はあ。地球上にはない地名ですね、やっぱし。
「我が国は隣り合う二国と折り合いが悪くてな。先の戦で我が軍は圧倒的不利な状況だった。その中で、そなたが敵軍を壊滅してくれたお陰で、我が軍の被害は最小限にとどまり人質も取り戻せた。
王として礼を言う。戦場の女神、よくぞ我が国に」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ものすごく失礼だとは思いながらも、私は王様の話をぶった切った。
だって、このままじゃマズい。なんかスゴいことになってる。
「あの、まず戦場の女神ってのやめてください。
私、ただの普通の女子高生なので。えっと、学生です。女神とか、畏れ多い存在ではありませんから」
「しかし、現にそなたが来てくれたお陰で我が軍は
「私があの場所に現れたのは偶然にすぎません。もし、あなた方の軍のど真ん中に落ちていたら、逆の結果になっていたかもしれないので、感謝はいりません。
それよりも、質問してもよろしいですか?」
「あ、ああ」
「私の住んでいた世界は、こことは別の世界のようなんですけど、私のように突然人が現れることってここではあり得るんですか?過去に、異世界・・別の世界から召喚されて来た人っていたんですか?」
気が急いて早口になる。
ごくりと息を呑む。だってこの回答次第で私の状況は大きく変わるんだから。
王様は少し考えてから、こう答えた。
「精霊魔法を使えば、瞬間移動は可能だ。しかし、異世界からの移動、いや、召喚など寝物語にしか聞いたことがない」
精霊魔法とかあるのか。ますますファンタジーな世界だ。
ちなみに寝物語ってのは伝説とか御伽話みたいなもので、戦争をやめない兵士達に女神が現れ戦争を終わらせるって話があるのだと補足説明をいれてくれた。
いや、それにしたって、私、皆殺し状態だったよ。女神様には程遠いでしょ。
まあアレか。敵にしてみりゃ私は悪魔で、こっちの王様達にしてみりゃ女神様なんだろうね。勝手なもんだ。
「明日にでも精霊魔法を使うヤツを呼んで詳しく話を聞かせよう。
今日のところはまた眠った方がいい。
全身傷だらけなのに回復魔法も効かないし熱は上るし、5日も眠りっぱなしで、一時は本当に命を落とすかと心配したぞ」
そう言って王様は私の身体を抱きかかえるようにしてそうっと寝かせて、布団を首まで引き上げた。
うむ、と満足そうな顔の王様。
いや、いやいやいや。
私、ベッドに座って話してたんですよ! この姿勢から寝るのって、後ろに倒れるだけですから!
自分でできますから!布団も自分で掛けられます!
恥ずかしい人だな、この人。素でやってるから余計に!
「ゆっくり眠れ。明日も、お前の声を聞かせてくれ」
ぽんぽんと頭を撫でられる。いやだから、子どもじゃないって。
反論する気も起きないけど。
王様の目が優しすぎて、なんか、胸がいっぱいになる。
「おやすみなさい。あの、どうも、ありがとうございます」
「ああ。おやすみ、キラ」
頭を撫でられていたら気になって眠れないよって思ってたのに、身体はちょっと起きてただけでくたびれたらしくて、すとんと眠りについてしまった。
ああ、もう、起きたら夢だったってことにならないかな。めんどくさいよ、女神なんて柄じゃないし。
ちゃんと元の世界に帰れるのかな、私。