29 ラビさんは心配性
ジェイから騎士の誓いを受け、師匠から軽い告白を受け、アルのことをもっと真面目に考えてやれと言われた。
ほっとけ、と言いたいけど。
アルの友達でもあって魔法部隊の隊長でもある師匠には、とても放置できることではないんだろう。
そりゃそうだよねー。アルが本気で求婚してんのなら、未来の王妃ってことだし。
うわあ。私がお妃様とか、アリエナイ。どんな冗談だっての。
アルの好意は知ってる。
分かるよ、あんなの。どんな鈍感なヤツでも、バカでもわかる。
ただ、私がそれをスルーしてきただけ。
ぜーんぶ冗談として受け止めてきた。アルもそれを分かって言ってると思う。
たぶん。私が重く感じないようにわざと軽い言動にしてくれてる。
だって、レンアイなんてよくわからないし。
うちの両親を見て育った私には昔から結婚願望はない。
あんな喧嘩ばっかりしてるあの人達にも好き合ってた時期があったなんて想像もできない。
お互いに陰では恋人もいて、でも世間体から別れない、とかバカみたい。
さっさと別れてくれた方がこっちもスッキリするっていうのに。
そうはしない。イライラする。あの人達見てると、結婚なんて墓場だっていうのが納得できる。
お互いにメリットがあるから一緒にいる、とかならまだ分かるけど、好きだからそばにいてくれるだけでいいとかで付き合うのは、理解できない。それで一生続けられるの? って思う。どうせ一時的な感情でしょ。すぐ冷めるよ。すぐに気持ちは変わっちゃう。
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神殿の祈りの間に向かう途中、ラビさんが神官さんに呼び止められたので私も立ち止まる。
「キラ様。お待たせして申し訳ありません。キラ様?」
「あ、は、はい」
ぼーっとしてたら何時の間にか話は終わっていたらしく、ラビさんが心配そうな顔で覗き込んでいた。
「どうしたんですか? キラ様。まだお身体は本調子ではないのですか?
でしたら、今日の祈りは無しでも」
「いえ、大丈夫です」
笑顔で誤魔化して歩き始めるものの、ラビさんは眉間にシワを寄せたままだ。
「キラ様。無理に笑うことはありませんよ。あなたはまだ子どもなんですから、自分の感情を完璧にコントロールできなくてもいいんです。
周りの人に甘えてくださっていいんですよ」
「子どもって。私、十七歳ですよ?」
この世界では私はもう成人の年齢のはずだ。マアサが私の歳を聞いて、あらもう結婚できますねって言ってたし。
ラビさんは赤い目を柔らかく細めて微笑む。
「私からしたら、アルファ王もあなたもまだまだ子どもですよ。
本来ならば、私達があなたをお守りせねばならないのに。自分の無力さが口惜しいです」
ラビさんはぐっと拳を握りしめていた。いつも穏やかなラビさんにしては珍しい。
そんな風に言われてなんだか私の方が慌ててしまう。
「無力だなんて。ラビさんがいるおかげで私達は前線で戦えるんですよ」
神殿はラビさんの力でシールドを張ることができる。簡単には入ってこられない強力な防壁だ。戦が始まる時には、敵兵に攫われて捕虜にならないように国中の皆はそこに避難する。アルや私は防御が苦手なので、シールドとか本当にすごいと思うんだよね。
「敵を倒しても、守るべきものを守れなければ、何の意味もありません。
ラビさんは私たちには無い、とても大きな力を持っています」
「ありがとう、ございます。アルファ王も同じように言って下さいます。
いつも、待っている我々がいるから戦えるのだと。
それはとても嬉しいことです」
ラビさんは私に左手をすっと差し出すと「キラ様の輝石に、私も加護をよろしいでしょうか」と尋ねた。
「あ、はい。もちろんです」
私が輝石のチェーンを外す前に、ラビさんは膝を折り、私の胸元にある輝石を恭しく両手で掬うように持ち上げ、そっと自分の額に近づけた。
ちょっ、
距離が近いっ!
どれだけの力を込めてくれたのか、輝石は今まで見た中で一番光を持った。
「王もあなたも、お強いことはわかっています。わかっていても、心配なんです。
あなたが全身を血にまみれて運び込まれる度、心痛めております。
できることなら、一日でも早く、争いがなくなれば、と願っています。そんな日が訪れるかどうか、わからないのですが。
・・口やかましいことを申しました。どうか、お許しください」
上目遣いに赤い瞳で見つめられる。ルビーみたいに綺麗な瞳。
偉い立場の人に跪かれるのって心臓にワルい。
「さあ、キラ様。参りましょう」ラビさんは私の手をとり、にっこり微笑む。
私は思った。
この国の人達、みんな天然タラシなんじゃないかと。