25 悲しい顔、しないで
数ヶ月前。
初めて盗賊団の男の喉元に剣を当てた時。
私が殺せないことを見破った男は、嘲笑うように言った。
「真似事で剣を振るんじゃねえ! 俺等は命掛けてんだ」って。
うっさいわ!
私だって、命を掛けてる。
ただ、人の命を奪う覚悟が持てなかっただけ。
命を奪った、その罪を背負って行く覚悟が持てなかっただけ。
でも今の私は、この国を守るって決めたから。
この国を攻撃する、目の前の兵士達はみんな敵。
この人達にも家族がいることなんか・・・考えちゃ、いけない。
殺さなくちゃ。
そうしなくちゃ、この国の誰かが殺されちゃうんだから。
私はもう、この国で生きていくって、決めたんだから。
あの平和で生ぬるい、のんきな世界には、もう、戻れないんだから。
だから、私だって腹くくって覚悟決めなきゃいけないんだからぁ!
目の奥が熱い。
薙ぎ倒した敵兵の胸に剣を突き立てた時、ぽたりぽたりと雫が零れた。
これは、汗? 涙? 血? 勝手に流れて行くものは止められない。
「ごめんね」
ポツリと謝罪を口にする。相手には届かないのに。
右に左に剣を振り、一人、また一人と命を奪っていった。
「・・っ」
ブン、と振り下ろされた大剣が、キンっと目の前で弾かれる。
ザシュッと嫌な音を立てて、巨大な敵兵が崩れ落ちた。
あと何人いる?
範囲が広すぎて全然周りが見えない。
「半数は越えたぞ
「キラ、落ち着け。無茶な戦い方はするな。俺も、ジェイもいる」
何時の間にか、横にはアルがいた。
騎士団の稽古の時よりも激しい動きで、次々と敵を薙ぎ倒して行く。
やっぱり、アルは強い。
隣にアルがいると、攻撃も防御もし易い。呼吸が合うのか、相性が良いのか。
敵の数が圧倒的に多くたって、どんどん殺していけば、
そうすればいずれ勝てる。単純なこと。
ハアハアと自分の吐息を聞きながら、呼吸でリズムを取る。
だいじょうぶ、まだ動ける。
「・・リィ、もうやめて。リィが しんじゃうよう」
泣きそうなシルフの声に、ハッと我に返った。
夢中で剣をふるってた。
何人殺した?
後ろを振り返るのが恐ろしい。足元を見るのも。
いつかの時の様に、気を失ってしまえたら良かったのに、今日は目がギンギン。
冴えまくり。ただ、身体中が痛い。
「・・・被害は最小限に留められた。キラ、お前のおかげだ」
グラリと揺れた身体を受け止めたアルは、私を抱きかかえ片手を空に突き上げた。
「敵軍は応援に来た部隊を含めすべて全滅した。我が国の、勝利だ!」
アルの声に兵士たちがわあーっと歓声をあげる。
「女神さまバンザーイ!」「やはりキラ様はお強い! 戦場の女神だ」
「戦姫様!」「女神さまー!」
「キラ様、アルファ様、万歳!」
歓声を聞きながら見上げた先のアルは悲しそうな顔で私を見つめていた。
「アル・・?」
「お前を・・・戦場の女神にはしたくなかった。また、こんなに傷ついて・・」
悔しそうに眉を歪める。
私を抱き上げている手が、震えている。
師匠もジェイさんも横から焦った顔で駆けつけた。
「キラちゃん、大丈夫? すぐにお城に戻るよ。止血しないと・・」
「女神、だいじょうぶか!」
ジェイさんのこんな顔、初めて見るかも。
「リィ、リィ、いっぱい、いたいよね、だいじょうぶ?」
シルフが泣いてる。ごめんね、泣かないで・・
アルの腕の中は安定感ありまくりで、ほっとする。
なんだか急に身体の緊張が解けて力が抜けた。
だんだん声が遠くなってきて、幕が下りるみたいに意識が遠ざかっていく。
はあ・・。
試合の後みたいに、やり遂げた感がハンパない。
私、がんばったよね?
がんばったんだから、・・アル、・・そんな顔、しないでよ・・・
目を閉じる最後まで、泣きそうな顔のアルが見えてた。
*****
目が覚めると金髪の天使がいた。あ、これ、デジャヴ。
天使みたいに綺麗なこのお兄さんは、この国の王様、アルファさま。
私はこの世界に突然やって来て、
・・・この国で、巫女として、戦場の女神として生きていく。
うん、記憶は混乱してない。
身体は痛いけど、うん、だいじょうぶ。だいじょうぶ。
「キラ、目が覚めたか? 大丈夫か? どこが痛い?」
アルがすぐに目の前に顔を出した。
いつもの冗談めいた笑顔はなくて、青褪めて不安そうな表情。
ああ、ヤダな。
わたし、アルの、わらったかおが、すきなのに・・
「アル・・」
腕を上げただけでズキリと痛みが走った。すぐに、私の手をアルの手が包む。
「・・・ね、アル。リコの実、食べたいな。わたし、お腹が、ペコペコ」
とたんに、アルはパアッと嬉しそうな顔をした。
「そ、そうか! すぐに持ってくる。待ってろ」
きっとそばにはマアサ達がいるだろうに、アルはバタバタと慌てて部屋を出て行った。
おかしくて笑っちゃう。
数分もしないうちに籠いっぱいのリコの実を持ってきたアルを見て、私はまたぷっと吹き出した。
どんだけ食べろっていうのよ。
アルのこういうところ、いいなあ、ほんと。