20 (アル) 精霊祭と巫女の舞
そしてついに、精霊祭の当日。
毎年、広場に人が集まるが、今年はすごい。
巫女の披露も兼ねた『精霊の舞』には、屋台をしている連中もみんな店を空けて見に来ているようだった。
たぶん、国中のみんなが、ここにいる。
大舞台だ。さすがのキラも緊張しているだろうと思って、舞が始まる前に舞台裏を覗きに行った。
巫女の舞の衣装を身につけたキラはいつもよりいっそう可憐になっていた。
薄化粧を施され、薄布をふわふわと纏い、儚げな妖精そのものだ。可愛いな。
「今日はいっそうきれいだな、キラ」
声を掛ければ俺を振り返り、にこりと笑う。
「ありがとうございます、王様」
その声には緊張している様子はない。
聞けば、舞も剣での試合も同じで、始まってしまえば周りは見えなくなるから誰がどれだけ見ていようと特に関係無いと言う。すごい神経だな。
俺だって、初めて王となって皆の前で挨拶した時には緊張したというのに。
「終わったら、美味い物を食わせてやるからな」
「ご期待に応えるよう励みます」
隙なく結いあげられた髪は触れたらマアサに怒られそうで、いつものように頭を撫でるのは諦めた。
精霊祭が始まる。
イルトの堅っ苦しく長い話が終わると、俺の挨拶だ。
今日のために用意された舞台の上に立ち、皆を見渡す。
「今年もこうして、皆で祭りをやれることを嬉しく思う。
今日は皆、笑い、歌い、踊り、飲んで食って楽しめ!」
勢いよくそう言い放つと、わあっと歓声があがる。
手でそれを制し、舞台袖を見る。キラと、楽器を持った奴らが頷いた。
「これから行われるのは、皆も待ち望んでいる巫女の舞。数年ぶりだな。
巫女の跡を継ぐ、キラだ。皆、わが国にあたたかく迎えてやってくれ」
キラは舞台の真ん中まで来ると、一礼をした。
それに合わせて、音楽が奏でられる。
緊張しないと言った言葉通り、キラは本番でも練習と同じ様に美しく舞った。
いや、同じ様にではない、それ以上だった。
凛とした強いまなざし。
白い肌に黒い髪、黒い瞳。なんと神秘的なのだろうか。
衣装がひらりふわりと揺れ、目を楽しませた。
指の先からつま先まで流れるようによく動く。
これほどの舞は見たことがなかった。
ひとつひとつの動作全てが美しく、目が離せない。
皆、息を飲んで食い入る様に舞台を見つめる。
舞の最後、どこから現れたのかたくさんの花びらがキラを包み込むように、くるくると舞い上がった。
おそらくシルフのイタズラだろう。
幻想的な光景に、人々はうっとりと魅入っていた。
「巫女様はやはり神の御使いじゃ」「きれい!」「キラ様、天使みたい」「すごい!」
「すてき!」と皆が次々と感動を口にした。
思わぬ演出が効いた。
これでキラはこの国で『巫女』という立場を確立しただろう。
これで、キラを戦場に引きずりこまずにいられる。
安全な場所で、守ることができる。そう思うと少しほっとした。
キラに惜しみない拍手喝采が贈られ、しばらく続いた。
巫女が舞台から降りるのを合図に、あちこちでグラスを交わす音が鳴る。
「素晴らしかったぞ。わが国の巫女。祝杯だ」
果実酒の入ったグラスを渡すと、キラは綺麗なお辞儀をして受け取る。
さすがはマアサ。婦人の礼儀作法も完璧だな。
喉が乾いていたらしく、キラはゴクゴクっと勢いよく飲み干した。
おい、酒なんだが。
そんな一気に飲むものではない。だいじょうぶか?
ぷはっとグラスを空けたキラの頬はうっすら赤い。
「キラ」
「おうさま!」
手を握ろうとしたら、空のグラスを渡された。
「美味しいものを食べさせてくれるって言いましたよね? 私、お腹がペコペコです」
珍しくキラが空腹だと言うので、俺は嬉しくなった。
「ああ、そうだな。あっちの屋台で色々と売ってる。行こうか」
「はいっ」
まだ舞の衣装のままのキラが動くとふわりと薄布が揺れる。
俺はキラの手を握って、屋台の方に向かった。