2 目を開けたら、天使がいた
目が覚めると、周りは真っ白だった。
病院?
それにしては何もない。
あー、頭がぼんやりする。
「ここ、天国? わ、天使がいるー・・」
なんか金髪のキラキラしたイケメンがいる。昇天したのか、私。天国にはこんな綺麗な天使がいるんだなあ。
短い人生だった。
でも、全身がズキズキと痛いのはなぜ?
天国は痛みや苦しみとは無縁の極楽浄土のはずなのに。
「大丈夫か? お前は死んでないし、俺は天使ではないぞ」
微笑みながら天使がしゃべった。
「ええ?」
驚いてガバッと起き上がり・・たかったけど、できなかった。
「いっ」
身体を動かそうとしたら、ビッキーンと痛みが走った。
酷い顔をしたのか、目の前の人が慌てている。
「大丈夫か? 動くな。全身傷だらけで、あの時立ってたのが不思議なくらいなんだ」
あの時、と言われて、記憶がザアーっと蘇る。
赤く染まっていた私の両腕。
剣で斬りつけ、なぎ倒して行くあの感触。兵士達の断末魔。赤い血飛沫。
恐ろしい光景が一気にフラッシュバックしてきて、
お腹の中から重くて気持ち悪いものがせり上がってきた。
「うっ」
金髪の人は私の身体を抱きかかえるようにすばやく起こし、桶が置かれる。
なにも食べずに眠っていたらしい私のお腹はからっぽで何も出るものもなく、苦しいだけだった。
金髪の天使様は、げほげほとみっともなく咳き込む私の背中を何度もさすってくれた。
落ち着くと、タオルと、それから温かいお湯の入ったカップが差し出される。
飲んでみると少しハーブのような香りがした。
色々と聞かなくちゃならないこともたくさんあるのに、疲れと痛みでまた眠気が襲ってくる。
あたたかいものに包まれて、ホッとする。
まぶたが落ちてくるのに任せて眠った。
*****
次に目が覚めた時も同じ視界だった。
白い部屋。
あれ? おかしいな。夢が醒めない。夢の中で目が覚めるってどういう夢なの。
夢って痛いとかあるんだっけ。
えー? これって現実?
あー、あれだ。小説の中の世界。異世界トリップ。しかも勇者モノ。私、か弱い女の子なのにー。って違うか。
殺しても死なない感じするって部活仲間に言われたことがある。
いや、殺されたら死ぬでしょ。ってごく真面目な私の反論はなぜか笑い飛ばされたんだけど。失礼な奴らよね。
体の痛みに加えてだるさと寒気、喉のイガイガを感じる。熱の症状だ。
ぼーっとする。
「熱が下がらないな。飲めるか?」
昨日と同じように体を抱き起こされて、カップを渡される。中身はドロドロの緑色の何か苦そうなもの。
昔ばーちゃんの家で飲んだドクダミ茶を思い出す。あれもヤバい匂いだった。
見た目の割に甘くて飲みやすいグリーンスムージーのようなものを飲み終えるとまた寝かされて。
また、あったかいものに包まれて、また眠る。
思考がまともに働かない。
怪我のせいか、熱のせいか、疲労のせいか、この世界への拒否反応か、あるいはそのすべてか。
眠っていても、起きていても、人の気配を感じる。
「大丈夫か?」
「なにか飲むか?」
「ゆっくり眠れ」
こちらを気遣ってくれてる言葉。優しい声色。
自分を傷つけるものが何もない環境で、自分を傷つけない誰かがそばにいてくれる。
それがとても心地良い。
膜が張ったようにぼんやりした頭で、お礼を、この人にお礼を言わなくちゃと思って、声を振り絞ってありがとうって言った。
聞こえたか分からなかったけど、ぽんぽんと頭を撫でられたから嬉しかった。
*****
それから、眠っては起きて、薬を飲んでまた眠ってを繰り返して。
何日経ったかもよく分からない。
ようやくまともに思考が働きはじめて、私は自分の身に起こっている異常事態を把握した。
金髪の男に抱きしめられて寝てる! なんだこの状況!!
うっぎゃゃあ!!
私、よ、嫁入り前なのにっ! オトメなのに!
だいぶ治まったけど、動くとまだ所々痛い。でも痛みよりも優先されるものがある!
羞恥心とか恥じらいとか、警戒心とか危機感とか、えっと、色々と!
もぞもぞ動いて離れようとすると、目の前でブルーの瞳がパチリと開いた。
うわあ、青い目の中に私が映ってる!
ヤバい、この人、超かっこいい!! なにこれ、どうしよう!え?キスとかする?
「起きたか? ん? 意識がハッキリしたようだな」
目元が細められ、整いすぎて造り物のようだった顔が一瞬で温かみを持った。
よかったよかったとぎゅうっと柔らかく抱きしめられる。
「わ、ちょ、は、離してくださいっ」
あわあわと焦って、力の入らない腕を動かして声をあげた。
「ん? 何か食べるか? ずっと薬湯だけで腹が減っただろう」
そう言われて、お腹がペコペコなことに気づいた。でもそれよりもまず先に言わないといけないことがある。
私はお布団の上で姿勢を正した。ピシ!
猫かぶり発動!
「あの、助けてくださって、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。
「私の名前はキラと言います。あの、色々とお伺いしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
本名は吉良凛子。ここではキラと名乗ることにしよう。
女子からのアダ名はキラりん。ふざけた呼び方だけど、小学生の頃から定着しちゃってる。親しい友達は愛情持って呼んでくれてるのでいいけど、ムカつく男子に言われると馬鹿にされてるようにしか思えない。てか、親もふざけてつけたんじゃないかって思う時もあった。特に反抗期の時には。
自分の名前は好きじゃないし、こんなよくわからない状況で、フルネームを明かすのは抵抗ある。
なにかの詐欺に合うといけないし、呪いでもかけられたら大変。
よくそういうの、あるよね。真の名って書いて、マナとか。それを明かすと魔術師に拘束されたり。中二病っぽい?私。ファンタジー系ノベルとか漫画好きでよく読んでたんだよね。日常からかけ離れた世界ってなんかいいじゃん。いい現実逃避になって。
顔を上げると、少し驚いた様子の青い目。
「あの?」
「あ、ああ。もちろんだ。何でも答えよう」
にかっと爽やかに笑われた。
ま、眩しい。キラキラしてるよ、この人。イケメンオーラがすごい。
「俺はアルファーダ・イル・ライナード。ライナード王国の王だ。
歓迎するぞ、戦場の女神」
・・どうしよう。
どこから突っ込めばいいのかわからないよ。コイツ頭だいじょうぶ?