18 性格のイイ人、ワルイ人
巫女になるための短期講習で何が大変かって、一番ツラいのは礼儀作法。
この世界のちょっとイイとこのお嬢様なら、ちびっこでも皆知ってるようなことも、私は知らない。
ちなみに指導者はマアサ。一番よく知ってるメイドさんだからホッとした。
でも厳しいッ!
笑顔で無茶振りしてくる鬼教官。
食事のマナーはすぐに合格をもらえたんだけど、ドレスを着ての身のこなし方が難しい。慣れない動きに普段使わないとこが筋肉痛になった。
基本的に、こっちでは頭を下げたお辞儀はしないらしい。
あの、お姫さまがやる、ぴこっと小さくしゃがんだみたいな可愛いお辞儀。
ドレスの中で足だけ器用に曲げているんだよ。プルプルするって。
その他に、勉強を教えてくれるのは精霊魔法馬鹿のキース師匠。
師匠は物知りで、一つ質問すると十答えが返ってくる。
精霊魔法について聞いたら、精霊の種類から扱う魔法の種類、それから道具、特に聞きたいと思っていなかったようなマニアックな知識まで、延々と語り出して、マアサが来るまで止まらなかった。
覚えられなくてメモをとろうとしたら、紙はあるけどペンは羽ペンだという。
インクをつけるやつ。難しくてなかなか書けれない。インクが滲む、滴る、ボチャってなる。ああ、ボールペン下さい。鉛筆でもいいっ。
私に魔法を教えてくれると言ってくれたのに、師匠は日本語に興味津々。
あ、これも異世界トリップの鉄板だった。
あー、私もここの文字、覚えなくちゃなんないのね。なんか、脳みそに直接叩き込むみたいなそういう能力とかないのかな。
「そんな魔法は聞いたことないし、あったら僕も欲しいよ」
ハイ、ないですよね。
まずは精霊魔法の原理から、と小難しい話を延々とされた。
座学はいいから、早く実践に移してくれ。
この国の歴史や成り立ちは夜に王様が教えてくれることになった。
執務を終えて、ゆったりとした服に着替えた王様は、いつもティーポットの乗ったトレイを持ってやって来る。
廊下でメイドさんから受け取ってくるんだそうだ。もうこんな王様の行動にも慣れたよ。
私をベッドに座らせて、あったかい紅茶を煎れてくれる。
ハッキリ言って、美味しさで言えばマアサには敵わない。
でも、王様が手渡してくれるお茶は、いつも飲むと少しほっとする。
ああ、今日も一日がんばったなあ、って。
お茶を飲んでクッキーみたいな甘い焼き菓子をつまみながら、王様に今日一日の出来事を報告する。
「マアサに食事の時の手つきがいいと褒められました。お辞儀はまだまだ難しいですね。
あ。師匠に、街での通貨を一通り教えてもらいました。私がいた世界では硬貨と紙幣とが数種類あったので、こちらは覚え易くてよかったです。
今日は精霊魔法について話を聞くばっかりだったので、明日から小さい魔法を実際に使う練習をさせてもらいます」
先日、師匠に魔法を教えてもらうことになったと王様に言ったら、アイツが師匠ってツラかよって笑ってた。
「あ、名前を書いてみたんですけど。どうですか?」
ノートを広げて見てもらう。
「ああ、なかなかいいじゃないか。イルトもベタ褒めしてたぞ。舞の振り付けを覚えるのが早いってな。飲み込みが良くて非常に教え甲斐があると」
「よかったです」
「明日は見に行ってやろう」
「いえ、お忙しいでしょう。結構ですよ」
「いやいや、そう遠慮すんなって」
断ってるのに断れない。明日は間違いなく見に来るんだろう。
イヤだな〜。なんか、授業参観みたいで。
ってあの親が私を見に来たことなんて一度もないんだけど。あー、やだなあ、ここに来て初めて親のこと思い出しちゃった。せっかく縁が切れてせいせいしてたのに。
ふうっと出そうになるため息を押し込めて、王様にこの国の話を聞かせてもらうことにした。
「まずは我々が住んでいる世界について、だな」
王様はどこからか観光マップみたいな地図を出してきて、説明してくれる。
馴染みのある世界地図とはかなり違う地形。あたりまえだけど。
「ここの大陸が俺らがいるところ。んで、ここがキラが降りてきたところ。
あの時、ここの国と戦争してた。もう誓約書を書かせたから、安心だ。
ここは隣の国、ハリス国。王様は怖いオッサンらしい。
こっちの国はうちと比べて暑いらしい。特産品もあって賑わっている
ここは伝統ある一族の国だ。教会とは違う独自の宗教があるらしい。
ここの国! ここの王がふざけた奴でな。以前もうちにちょっかいかけてきてな。
まあ、返り討ちにしてやったが。
ここの湖は回復効果があると聞く。精霊がいるらしいが、事実かはわからん。
また、シルフにでも聞いてみたらいい。
お。ここの国の名物料理がうまいんだ。いつか、行こう。
こっちは・・・」
王様の指が地図上をあっちこっちとせわしなく動き回る。
そんなにいっぺんに言われても覚えられるわけない。
王様もそれをわかっているのか、国名やなんかはそこそこにしか言わない。
ここはどんな国か、以前行った時こんなことがあった、そこで何を食べたかなど、旅の思い出話みたいにいろいろと面白おかしく聞かせてくれる。
普通に笑いながら聞いた。
王様は今のところ、私の中でかなり好感度が高い。
この人、俺様だけど威張らないし面倒見良いし、いいひとなんだよね、すごく。
いい人すぎて、引く。
引いちゃうくらい、いい人。
ラビさんもいいひとだし。あのジェイさんだって、顔と喋り方が怖いだけで、基本はやっぱりいいひとだもんなあ。
師匠は自分の研究とかやりたいことが第一で、あとは適当な感じだけど、モラル高いし、腹黒いってほど裏のある感じでもない。
なんだろ。
この中だと私がダントツで嫌なやつだ。性格が悪い。修正不可能だし。
だいたい、この国の人達もお人好し過ぎる。
なんでポッと出の私にそこまで優しくしてくれるの?
巫女なんて重要な役割りをもたせてまで、守ろうとしてくれるの?
・・なんで代償を求めないのよ。
守ってやるから、この国の為に尽くせって。
いっそそう言ってくれた方がいいのに。
先日、王様と街から帰って来ると、私の胸元に輝石を発見して、メイドさん達は大騒ぎになった。
「わたくしも、キラ様にご加護を!」
と長蛇の列ができあがり、王様も苦笑い。
「まあ、好きにさせてやれ。ああ、騎士のやつらも来るだろうな〜」なんて呑気に笑う。
結局、いつまで経っても列が途切れなくて、王様がまた機会を作るから、今日はここまで、と打ち切った。
目の前で切られた騎士のお兄さんはガーンと青くなってて面白かったけど。
遊園地のアトラクションで見たことある後継だな、ってくだらないこと思った。
みんな、当たり前みたいに私の為に祈ってくれる。
「キラ様に多くの幸せがありますように」って。
祈りなんて何になるの?
神サマなんて信じるだけ無駄よ、なーんて思っても口が裂けても言えない。
はあ、やっぱ私、性格ワルい。