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ツインテイル§ドレイカー  作者: 花凛兎
ドレイク§テイル
8/56

【Ⅴ】

形ばかりのノックと共にその部屋に入る。




閉めたドアにもたれながら、ファウストは憮然と腕を組んだ。






「……きちんと説明してもらいましょうか。全く、あなたはいつも言葉が足りなくていけない」





「……何のことかね」






部屋の奥に据えられたどっしりとしたオーク材のデスクで、学院長は手にした書類から目も上げずに言った。




礼儀に欠けるファウストの来訪にも、またそのぶしつけな物言いにも触れることはない。





ファウストは探るように彼を見つめ、どう切り出せばこの狸が素直に口を割るかと考えた。






「瞳を糧にするドレイクは、唯一無二のはずでしたよね」





学院長の手がピクリと振れる。





どうやらこの勝負はファウストの方に軍配が上がったらしい。





「僕に目付け役を命じ、あの方が後見だというのだから、何かあるとは思ってましたけどね。きちんと話してくれなければ、いざという時、対処に困ります」





「確かなのか」





 やっと学院長は顔を上げ、ファウストを見返した。




髪こそ白髪に近いが、その目の光にはまだ充分、他の者を圧倒する強さがある。





ファウストはニッと口元に笑みを浮かべ、彼の元へと足を運んだ。





「ルル教授の演習の授業で、例の彼女のドレイクを起こしてみようという事になりまして。ちょっと突いたら、見事、教授のエフェクトを打ち破りました。その時、確かに彼女の瞳が」





「赤に変わったか。右だな。……彼と反対の」





ドン、とファウストはデスクの上に乱暴に片手を置いた。





「よくご存知で。やはり予想されていたようだ。どういう事なんです。セレスは一体」





「まあ待て。授業中でと言ったな。では、それを生徒たちも見たのか」





学院長のブルーグレーの目が、わずかに揺れている。




いつもの、絶対的な自信と威厳に満ちた彼とは明らかに違う。



それだけで、事の深刻さが伺える。






「いえ、生徒たちは彼女の後ろでかたまってましたし。ルル教授は正面でしたが、セレスまで遠かったので気づいてないでしょう」





「そうか。ならいい」





安堵の息を漏らし、学院長はチェアに背を預けたまま黙りこくった。




その沈黙は、相手にどこまで話すのが得策かと計算している時間に他ならない。




その様子にファウストは心の中で舌打ちした。



――もう大分、信用を得ていると思っていたのに。




「……この件は、まだ判らない事が非常に多い。先人も、詳細は不明のままに、事の輪郭だけを極少数の限られた者だけに伝えてきた。それだけ広く知れ渡るのは危険なのだ。とにかく、あのセレスティナ嬢とそのドレイクに他の者にはない動向があったら、誰にも悟られないよう手を尽くしてくれ。そして些細な事でも、逐一報告を」





「つまり、今は僕にも話す気はない……と」





ファウストはデスクから手を下ろし、肩をすくめて学院長を流し見た。





「そう突っかかるな。お前が一番本人たちに近い場所にいるのだ。おのずと見えてくるものもあろう。続きはまた、その時にでも……」





「セレスのドレイク、言葉を話しましたよ」





ファウストの言葉に、サッと学院長の顔色が変わった。




それこそ、もう誤魔化しなど通用しないほどに。






「言葉……まさか。聞いたのかファウスト」





「おっと、これは僕の切り札です。続きが聞きたければ、今、この場であなたが知っている事を話してください。それならこのカードは切りましょう」





「ふざけている場合ではないのだ、ファウスト」





「ふざけているのはそちらの方です。セレスのドレイクは急激に完全覚醒に向かっています。それを、詳細も知らされずに人目から隠せと言われても、抜け道の見当もつきません。秘密主義も大概にして頂きたい」





学院長は、真っ向から自分を見据えるファウストを逸らすことなく見返し、デスクを指先でトントンと叩き始めた。



これは彼の、熟考する時の癖だ。





その仕種にファウストは「もう一息」と感じ、一言付け加えた。





「それにご存知だと思いますが。僕は好奇心は旺盛だし、そうそう気の長い方でもないんですよ。あなたに似てね、お父さん」






ロックバート学院長であり、ファウストの父でもあるハワード=ロックバート。



彼の指先がデスクを叩くのを止めた。






「仕方がない……。わかったから続きを」





 ニッコリと笑って、ファウストは父親の耳元に顔を寄せた。





「話した、と言っても、ドレイク自体が具現化して喋ったんじゃないです。たぶん、瞬時にセレスと意識がすり替わったというか……、セレスの身体を使って話したんです。これもおそらく、近くにいた僕だけしか知りません」




「そんな事が……! それはすごいな。流石と言おうか。では、そのドレイクは宿主と交信する時も、言葉を使うのだろうか……」





ぶつぶつと呟きながら、学院長はまたデスクを指先で叩き始めた。





「彼のドレイクでさえもそこまでは……いや、あるいはこれから……?」





「ご満足いただけたようですね。さあ、次は僕を満足させてください、お父さん」





彼は一人息子の顔を軽く睨んで、そしてわずかに目を逸らす。





「そう何度も呼ぶな。ここでの私は、あくまでも学院長だ。それに……私はそれで、お前を縛る気はないと言っているだろう。今からでも遅くはない。やはりお前には、こんな内偵のような真似は……」





「縛られているつもりはない……と、かつて僕も言ったはずですが。さあ、無駄話で煙に巻くのは止めにして、セレスとルードの関係を」





 ふ、と息を漏らして、学院長はデスクに両肘をつき、指を組んで背筋を伸ばした。





「ルード……、いや、元首のご子息である、ルドセブ=アンフィス=ド=シエスタは、この国最強のドレイクを有しながら、全く制御できないばかりか、意思の疎通も未だにままならない。それはなぜだと思う」





「さあ。それを知ってればすぐに彼に教えますよ。あいつは自分が未熟なせいだと自分を責め、しかも昔の事もいまだに引きずって痛々しい限りだ。目付け役とはいえ、静観するのもいい加減うんざりです」





「未熟なのは彼ではない。彼のドレイクの方だ。彼のアンフィスというドレイクには足りない箇所がある。そのせいで、未だに完全なるドレイクとして自分を保てない」





ファウストは真剣な学院長の顔に眉をひそめた。






アンフィスドレイクと言えば、この国最強のドレイクとして歴史にも名高い。




何代かを隔てて必ず公爵家の者に宿り、その都度、国とドレイクの隆盛を象徴してきた。



それが未熟で足りないとはどういう意味なのか。






「その足りない箇所が、どうやら今回見つかったという事になる」





 その言葉に、ファウストの脳裏で、左右それぞれの瞳を赤く染めたルードとセレスがひとつに重なった。






「……まさか……?」





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