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【Ⅳ】

「みつけた……」




傍の木に手を付いて、ドナが身体を支えながらつぶやく。




森の中央から少し外れた場所。



そこだけ何故か木が生えておらず、まるで円い広場のようになっている不思議な空間。





そこにぼんやりと佇み、ライアンは空を見上げていた。






「……日が暮れるな……」




独り言なのかドナの声に応えたのかわからないが、ライアンがそんな言葉を口にする。





「そうよ……だから、日が落ちる前にあなたの夢魔を消す……! 出してよ、ライアン」





「消してどうする」




ようやく空からこちらに目を向けたライアンの元へ、ドナがもつれる足をなんとか運ぶ。





「そんな事、わからないわよ。先の事なんかわからない……。でもダメなの。夢魔なんか住まわしちゃダメ。それだけはわかるでしょ……!」




「それなら俺ごとエフェクトで吹き飛ばせ。別に止めはしない」




「…………」




ドナは冷たい目をしたライアンを見上げ、その胸元を掴んだ。





「……それが出来るなら……とっくにしてる。あたしはドレイカーよ、こんなオルグのしてきた事……どんな理由があろうと許される事じゃない!」




溢れる涙を拭おうともせずにドナがライアンの胸を叩く。




「あたしは……、あたしが夢魔を消さないと、あなたは処刑されるかもしれない……。お願いライアン、出して! 夢魔を身体の外に出してよ!」




何度胸を叩いても、冷ややかにドナを見下ろす彼の目の色は変わらない。





普段は無いはずの風が、二人を取り巻くように吹き抜けていった。




すると、その風に乗ってサクサクと草を踏む音が聞こえてきた。



その音はだんだんと大きくなり、確実にこちらに近づいてくる。




ドナはライアンの胸を掴んだまま、固唾を飲んでその音の聞こえる方を見つめた。






「ここだったか。よりによってこの場所……」




「え……、ドナ?!」




セレスとルードが枝葉を掻き分けながら姿を現した。



思わずライアンをかばうように前に立ち、後ずさってしまう。




「セレス…ルード。お願い、待って。今、夢魔を消すから……必ず消すから、だから……!」




「ドナ……落ち着いて」




「ドナには無理だ。そこをどけ」




頭を何度も振ってドナが唇を噛むと、その肩を背後からライアンが掴んだ。




「…………っ!」



一瞬で前に回りこまれ、ドナのみぞうちに彼の当て身が入る。




途端に目の前が暗くなり、ドナの世界はあっさりと闇に落ちた。





暗い目の中に、初めて会った時のライアンと昨夜のライアンが交互に蘇る。



何も知らなかった頃と、全てを知った上での昨夜。




どちらの彼に対しても何も変わらない。


愛しさが消せない。




そんな自分が、ドナはたまらなく滑稽で哀しかった。







「……何故、ドナを野放しにした。邪魔だ」




ライアンが手を離すと、ドナは力なくズルズルと彼の足元に崩れ落ちた。




「……やっぱりドナは刺せないのね」



セレスの囁くほどの声に、ライアンはピクリと眉を上げた。




「さっきネイがドナを刺した時も、余計な事を……って言ったわ。ナディアや私にも容赦なんかなかったのに」




「…………」




夕焼けの空に、紫色の帯が渡り始めた。



すぐにその帯は広がり、世界は夜へと移りゆくだろう。





「ライアン……あなたは私達をマリオネットと呼んだわ。ドレイクの人を守る習性に洗脳された操り人形だと」



地面に横たわるドナを見つめて、セレスが続ける。





「ナディアの中に夢魔が居ると気付いたとき、バエナが教えてくれたの。昔……遠い昔、あなたのように夢魔との共存を思いついて実行した人間が居た……」




「俺もアンフィスに聞かされた。ドレイクと同じように夢魔と一体となっているうちに、行動も思考も夢魔と同調するようになり……最後は人を食ったそうだ。密かに処刑され、その事実は闇に葬られた」




口にするのもおぞましい事実を、セレスの代わりにルードが継いだ。




「ドレイクにそういう解釈をしていたあなたが、どうして夢魔にも同じ現象が起きると気付かなかったの。あなたは生態学の権威だったんでしょう? どうして……」




すると、今まで黙って聞いていたライアンの口元だけが皮肉に笑った。





「……ドナを知ったのは学院を出てからだ。ドレイクの生態に関する課題がまとまらなくて、参考に話を聞きたいと研究所を訪ねて来た」




突然そんな事を言い出して、ライアンは足元のドナに目を落とす。



セレスとルードは黙ったまま、彼の言葉の先を待った。





「その頃、すでに俺はオルグを掌握しつつあった。日に日に増えていく客や、世のドレイクに関わるものに憎しみが募っていく……だがその頃はまだ夢魔を飼ってはいなかった。そんな中、何も知らないドナは休暇の度に会いに来るようになった」




淡々と話しながらも、ライアンの顔は今までで一番人間らしい生気があった。


だがやはりその目は暗い。




「商家の娘のせいか、気取りがなく良く笑って……そのうち、俺がルドセブとの事件の相手と知ったようだが、それでも変わらず会いに来ていた」




「……それはきっと、会いたかったから。ドナにはもうそんな事関係なく、ただ会いたくて傍にいたくて……。今もあなたを救おうとこんなに必死になってる。あなたも、情報源として会っていたなんて……嘘ね?」




セレスが問いかけると、ライアンは足元に屈みこみドナを抱き上げた。





「……時に、そういう想いは足枷になる」




「足枷……?」




「そういうものに触れて、心が凪いでしまったり未来を思い描いたり。オルグのトップに君臨し、ドレイク全てを憎悪する俺にとって、ドナは足枷以外の何ものでもない。だから……」




ライアンの腕の中で、ドナの巻き毛を風がさらっていく。


頬にかかったその髪を、ライアンの指先がそっと払いのけた。





「……夢魔を体内に入れた。お前の言う通り、俺が習性のシンクロに気付かないはずはない。こんな風に足枷に囚われて苦しむくらいなら……、俺は人を憎み食い物にする夢魔のマリオネットになりたかった。その方が楽だと思った……」




「ライアン……!」




セレスの胸が軋み、涙が溢れる。



ルードが震えるセレスを自分の背中に押し込み、ライアンを真っ直ぐに見つめた。




「夢魔を出せライアン。あんたがここまで来ちまったのは俺にも責任がある。償いはしよう」




「は……自惚れるな。俺は自分の意思でここまで来た。生まれから世の不浄にまみれていた俺が、こうしてドレイカーの上層部の脅威になっている。俺は満たされている……」




ライアンがドナを抱えたままじりじりと後ずさっていく。





「帰るとしよう。あらかた俺の部下は消されてしまったようだからな。体勢を立て直してまた来る。ドナが大事なら、俺の夢魔……いや、ドレイクを攻撃するな」




その瞬間、ライアンの背後に闇色のドレイクが現れる。


翼を広げ、今にもライアンを連れて飛び立ってしまいそうだ。




「充分に逃げ切れる所まで上がったらドナは落としてやる。拾い損ねるな」




「ドナを盾に取っても無駄よ。あなたにドナは傷つけられない」




「どうかな。俺はマリオネット。絶対とは言い切れまい」




「……!」




セレスが絶句すると、ルードが前に進み出て何を思ったのか、片腕をズイと差し出した。





「待てライアン。これを見ろ」




おもむろにルードは腰からダガーを抜き、自分の腕を縦に切り裂いた。





「ルード! 何を……!!」




たちまち腕から滴り落ちる鮮血。



間近にいるセレスはそのむせ返るような血の臭いに目眩がした。





「……ライアン。お前の夢魔、この闘いの中でかなりお預けくらってるよな……いい加減、我慢の限界なんじゃないか?」




「ルドセブ……貴様!」



背後を見上げて、ライアンが頬を痙攣させる。



闇のドレイクは鼻息も荒くルードの真っ赤に染まる腕を凝視して、その身から魔力を滲ませている。






「……血ならこっちのがすごいと思うが」




木々の間から突然、全身血だらけのファウストがナディアを抱えてひょっこり現れた。





「きゃああぁ! ファウスト、何その……!」




「セレス、説明は後。ほら見ろよ、奴の夢魔。おそらくもう限界だろう……出てくるぞ」





ウオンオンとおかしな呻き声を漏らしながら、闇のドレイクが忙しなく頭を振る。




「落ち着け……だめだ、今出て行ったら……わかるだろう。俺を乗せて飛ぶんだ、早く……!」




夢魔というものは知能は高い。


ライアンの言う事も充分理解できる。



だから――


ルード達の誘いには乗らなかった。

……が。




夢魔は首を伸ばし、すぐ傍のドナに喰らいついた。





「な……っ!!」




「ドナ!」




知恵のある夢魔は、ドナの肩に噛み付いたままルード達の様子を窺いながら血だけをすすっている。





「脅してるつもりか……このまま喰われたくなかったら手を出すなと……」




「なんて狡猾な……!」



ファウストも憎憎しげに吐き捨てる。





その時、夢魔のドレイクの口元でドナが震える唇を開いた。






「セレス……ナディアも、居るのね……?」




「ドナ?!」




夢魔のドレイクに肩を食われながらも、こちらに目をやり何かを言おうと口を動かす。




「待って……今助ける……、絶対、助けるから!」




「それより……ナディアに……」




ドナが目を閉じると、その身体から黄色いドレイクが逃れるように飛び出し、そのままナディアの身体に一直線に向かった。





「え……! まさかミグレイト……?!」




ドナのドレイクはナディアの身体に突き刺さるように入り込み、その身を潜めた。





「あたしの……ドレイク、ナディアなら……安心。お願いセレス、今ならライアンから夢魔は出ている。攻撃して! あたしにかまわないで夢魔を消して! セレス! きゃああぁぁ……!」





ドナを黙らせる為かドレイクが彼女の肩を噛み砕いた、その時だった。




ドナをくわえるドレイクの口にライアンが自ら肩と腕を差し入れ、強引にこじ開ける。





「ライ……!」




大きな口からドナが転げ落ち、興奮した夢魔のドレイクは代わりにとばかりにそのまま己の宿主の首に喰らいついた。





「早……ドナを……!」




最早、見境のなくなった夢魔は宿主をくわえたまま頭を激しく振り、バリバリと噛み砕く。




ルードが両手にエフェクトを練り、叫んだ。




「ファウスト! ドナを頼む、森を出るんだ!」




すかさずファウストが気を失ったままのドナを担ぎ上げ、その場を離れる。




「こんな……」




セレスが泣き濡れた顔を上げると、右半身を夢魔に食われたままライアンが笑った。






「……ほら、な……足枷だと言っただろう……?」





「黙ってろ! 動くなライアン!」




ルードがライアンに攻撃が当たらぬよう躊躇した一瞬の隙に、残りの半身も夢魔の中に飲み込まれた。





ルードの両手から、一際大きなエフェクトが次々に撃ち出される。




「セレス! シールドで囲め! 全てのエフェクトをあいつに……!!」



「もうやってるわ!!」




白いエフェクトの嵐が金色のシールドに跳ね返っては幾度も夢魔を襲う。





その光の嵐が晴れたとき、中央にはまだドレイクの形を成した夢魔が立っていた。





そして口の中に魔力を溜め込み、こちらに狙いを付けている。







「ルード……」





「ああ……許さない。許せない……」




ルードがセレスの手を握り、セレスもそれに力を込める。




「……アンフィス」




「バエナ……」





同時に二人の身体からアンフィスとバエナが躍り出る。



二体の赤と朱色のドレイクが螺旋を描きながら光を放ち、一つに溶け合っていく――。



そして現れた真紅に輝く、シエスタ公国の守護竜。







「アンフィスバエナ……俺とセレスの想いも全て、奴に……」




ルードとセレスからユラユラと陽炎が立つ。



それに呼応するかのように、アンフィスバエナの口の中にもまばゆいばかりに白く輝くエフェクトが集約していく。






夢魔とアンフィスバエナが同時に口を大きく開け、そして二つの閃光が森を揺るがした――――。




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