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ツインテイル§ドレイカー  作者: 花凛兎
マリオネット
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【Ⅳ】

幻魔の森が、ザワワと震える。




縦横に張り巡らされた結界の糸が、中からの膨張に耐え切れずにたわみ、苦しげに揺らめいているのがファウストは見えるようだ。






「なんだ……? これほどまでに危うい感覚は今までにない……! いったい誰が……、奥で何が起きているんだ」






森の深部に急ぎながらもファウストが上空を見渡しつぶやく。






「ファウストにはそこまでわかるのね。あなたのアルビノ(白い)ドレイクは慧眼竜だと聞いた事があるわ……」






後ろをついてくるナディアを振り返り、ファウストは皮肉に笑った。






「ほとんどの者が見た事もない僕のドレイクを知っていて、動物学的にアルビノと呼んだのはライアンだけだった。彼が君に?」







「……ええ。だから私、ここに戻って来てもあなたにだけは近づくのが怖かった。全部見透かされそうな気がして……」






「賢明であり、愚かだね。まあ、済んだ事だよ。今の君は、こうしてセレスの危機をいち早く教えてくれた。セレスが君を信じた時点で、もう君はドレイカ―としての心を取り戻しているはずだ」






「…………」







微かに顔を曇らせたナディアに、ファウストはあえて気づかないフリで先を急ぐ。







セレスからバエナを、そして事実上ルードをも預けられたナディア。




彼女なりに様々な思いはあるだろう。




さっきルードからダンスの誘いを受けながら、その手を取らずにホールを出て部屋に戻ったというのもそんな気持ちの表れかもしれない。








(……わからなくもないがな……)







そういう自分も、知らせを聞いた途端になりふり構わず飛び出していったルードの後を、状況分析などをしながら追っている。





性分もあるが、今日までは好きにさせてやれという心理が働く。







「明日からは遠慮なんかしないからな……」






「なに? ごめんなさい、聞こえなかったわ……」






思わず漏れた声に反応されてしまい、ナディアが足を早め覗き込んでくる。







「いや……セレスに何かあったら遠慮はしない、と言ったんだ。ウェイターのウサギに化けていたなんて計画的としか思えない」







「ウサギは前を歩いていて……セレスは別の男が運んでいたわ。部屋の窓から森に向かうのが見えただけだから遠くて断定はできないけど、あの男はたぶん……」







「知ってるのか」





言いよどむナディアを厳しい目で促す。





「背格好から見て、ライアンの近くに居た側近の男だと思うわ。それに、私が……セレスのドレイクを上手く消せたら、学院に揺さぶりをかけるとも言っていたの。……浮足立った創立祭は絶好の機会だわ」





「揺さぶり……ね。ずいぶん僕たちも甘く見られたものだ」






次の瞬間、森の深部から人の叫びのような奇声が流れてきた。





二人が思わず顔を見合わせる。





「ファウスト、今の……?」





「ああ。どうやら誰かがルードの逆鱗に触れたようだね。セレスの事になると見えなくなる奴だからな。殺してなけりゃいいけど……」





冗談ともつかない口調でファウストが本気で走り出す。







「……見えなくなる……」





ポツリとつぶやいて、ナディアもその後を駆け出した。




「くっ……ああああぁぁ! ぐううっ……」





セレスの傍らで右手を押さえてのたうつネイに、ルードが距離を詰めながら淡々と言い渡す。






「ハッタリと思ったか? あいにく今の俺は機嫌が悪いんだ。さっさとそいつから離れないと、次は本気でぶち込むぞ」





「ルード! そこまでしなくても、この人は……」





「騒ぐな。そいつらがそんな甘い相手か。オルグの手に掛かって死んだ人間は10や20じゃないんだぞ。それに……」





ネイが必死で息を整えながら両手でダガーを握り直し、懲りずにセレスの喉元に突き付ける。





「ネイ……!」





草地に座り込んだままセレスはじりじりと後ずさった。



それを震えるダガーが追いかけてくる。






「次期公爵殿……あなたこそ、それ以上近づかないでください……。エフェクトでも歩みでも、何か動きがあったらセレスティナ嬢を切り裂きます。私もハッタリは嫌いです……」






「ちっ……、やっぱりそいつさっきから目がおかしい。本当にお前を殺りかねない。……じっとしてろ」





その場から動けなくなったルードが固い口調で言う。





「で、でも……あそこにドナがいるの。私を助けてくれて、ライアンの夢魔も身を挺して消してくれたの……早く治療しなきゃ……!」





「ああ……そのようだな。さっさと終わらせて連れて帰ろう。その為にも、今は動くな……!」






セレスは唾を飲み込んで、光る刃の切っ先から視線をネイに移した。





「もうやめてネイ。あなたも見たでしょう、ライアンの夢魔が消えたのを。あなた達に闘う術は残されていないの。お願い、罪を認めて償って」





「……罪と言うなら、私の存在そのものが人の罪です。人は私という罪が招く事柄を、罰として受け止めなければならないのですよ」





「あなたは人よ! どうしてそんな風にしか考えられないの。まさか、あなたも……?」






ネイはダガーを突きつけたままセレスの腕を掴むと、ゆっくりと引き立たせて背後にピッタリと着いた。





そしてルードを睨みつけながら少しずつ、先程から事態を静観しているライアンの方へと後ずさっていく。





その緊張のさなか、木々の間をすり抜けながらファウストがやっと姿を現した。






「なんだ、この状況は……! セレス大丈夫か、今すぐ……!」





一瞬でエフェクトを高めたファウストをルードの片手が制す。





「刺激するな。あいつは今、ギリギリの線で正気を保ってる。それにシールドドームを出しても、あんな至近距離じゃ奴ごと包んじまう」





「じゃあどうしろと言うんだ! ……やはりライアン本人も居たか。奴らは何を企んでいる……?」






振り切って駆け出せばすぐ手が届きそうなのに、互いの間わずか十数メートルの距離がやけに遠い。






(ルード……ファウスト……! 私、どうしたら……)





完全に動きを封じられた二人を見つめながら、セレスはネイから背後のライアンに引き渡された。






「ご苦労だったネイ。それにしてもこんな小娘一人取っただけで、ここまで手も足も出せないとは」






喉で笑いながらライアンが背後から腕を回し、細身の短剣でセレスの顎を撫でる。






「ククク……見ろ、奴のあの顔。お前の価値は計り知れないな……。さて、この先どう使うか……」






セレスの耳朶に絡みつくライアンの言葉と唇。




それは、硬直したままのルードに見せつけるように執拗に繰り返される。





顎を伝う冷たい刃の感触と、全身が逆立つような嫌悪感にセレスは固く目を閉じた。





「やめろ……ライアン」





ルードから囁くような呻きが漏れ、握った拳が小刻みに震える。



その手をファウストが、目立たぬようにそっと押さえた。





「……堪えろ、ルード。もう少し……」





「言うな……わかってる」






ライアンの戯れから少しでも逃れようと、セレスが顔を背け身をよじる。





「……そう言えば、元々お前のドレイクを消すつもりで来たのだったが……どうやらもうミグレイトされているようだ。………違うか、ルナディア?」





「……!!」





ライアンの後方の木陰で、彼の背中に狙いをつけていたナディアの両手が震える。




ルードとファウストの顔色も蒼白となった。





「パーティーでもしようと言ったのに、来たのはファウスト一人……失言だったなルドセブ。エフェクトを収めてお前もこっちに来いルナディア。妙な真似をしたら……わかっているな?」




ライアンが肩越しに背後を振り返り、短剣の腹をセレスの頬に押し付ける。




「……私がかまわずエフェクトを撃ち込んだら?」




ナディアの言葉をライアンは鼻で笑った。




「その時はこのセレスティナを道連れに逝くだけだ。最期にルドセブの泣き顔を見れるならそれもいい。もっとも、お前にとっては好都合か」






キュッと唇を噛んでナディアが木の陰から出て来る。







「やはり……気付かれていたか」




苦々しくファウストが顔を歪めた。





「俺が余計な事を口走った……すまない」





「そんな事より何か手立てはないのか。このままでは……!」




苛立つファウストの傍らで、ルードが前方を見つめたままうわごとのようにつぶやく。





「……いつあいつの喉に、あの剣が飲み込まれるかと……。足が、震えるんだ……。笑いたきゃ笑え」





「……今は笑えねぇな」







ナディアが一歩一歩こちらに近づいてくる。





「失敗したと聞いていたが……うまく目的は果たしたようだな。それでアッサリ寝返ったと……たいしたタマだよ、お前は」





「…………」





何も答えず、ただ黙って傍にやってきたナディアを、ライアンはなおも小声で嘲笑った。





「俺をくわえ込んで協力させた事、奴は知ってるのか? お前がどんな声を上げ、どんな顔で俺の背中に爪を立てたか……」





「やめて……」





「言ったはずだ。お前は身も心もルドセブを裏切って奴の前に立つ、それも契約の一部だ。今更どうあがいても、お前は汚れたままだ」




「あぁ……」





ナディアが恥いったように両手で顔を覆い隠す。





その瞬間、セレスは剣を突きつけられている事も忘れ、振り返ってライアンの頬に手を振り上げた。



……が、その手は宙で容易く掴まれ、首筋の短剣も微動だにしない。





「い加減にしなさい……! あなたはどこまで堕ちていくの」




それでもセレスの言葉は止まらない。






「ドナの想いを踏みにじり、ナディアの心につけこみ、人の弱さを利用する……それがかつてドレイクを宿した人のすることなの……!」





「……ドレイカーは聖人か? そういう誤った至上主義が世を歪める。その結果が俺やネイ、オルグに関わる者達だろう」

 



「違う! ドレイカーだって人間よ。人を憎んだり妬んだりもする。 でもドレイクを宿した者には、人を守りたい思いが深く根付く……。それを私達は誇りと呼ぶのよ。思い出してライアン、あなたはもう……」





「人を守ろうとする習性を持つドレイクに洗脳され、操られて生きるのがドレイカーだ。本来の感情を押し殺し、人を愛して生きようとする……滑稽なマリオネットだ。歪みが生じるのも当然……」




掴まれた手が痛い程に締め付けられる。



だがその激しさとは裏腹に、ライアンの目は虚ろにセレスを見下ろしていた。 





「私達ドレイカーを……操り人形と呼ぶの」




「私達? 笑わせるな。お前は自ら分身でもあるドレイクを手放しだのだろう。もう俺と同じくドレイカーじゃない」





「私はバエナに選ばれた。それだけで何があろうと死ぬまでドレイカーよ! その誇りは決して失ったりしない!!」




セレスの心からの叫びが、幻魔の森にこだまする。




「セレス…………」




傍のナディアが、顔を覆っていた手を下ろした。





「面白い。その誇りとやらがいつまでもつのか、連れ帰ってじっくり試してみるとしよう」




ニヤリと笑うライアンの背後に、瞬く間に霧が集まる。





「え……?」





「……何っ?!」




「しまった、これは……!」





ルードが目を見開いた瞬間、霧は大きな影となって実体化した。





「……どうして?! だってさっき確かにドナが……!」





大きな闇色のドレイクが低く首をもたげ、ライアンとセレス、ナディアをすくい上げるように背に乗せた。




「きゃあぁっ!」




セレスとナディアが広い背中に倒れ込むと同時に、闇色のドレイクは大地を蹴って一気に上昇する。






「……消滅したと言っていたな。もう俺に戦う術はないとも。あの程度の攻撃なら、幾重にも重ねた鎧が一枚剥がれた程度のもの。この夢魔がどれほどの血肉を取り込んだと思ってる……」






まるで夢魔と一体化しているかのように不安定なドレイクの背にスックと立ち、ライアンが下を見下ろす。




「ルドセブ! そこを動けば、二人の首だけを投げ落とす! 心配するな、ルナディアはドレイクを潰したらすぐに返してやろう。セレスティナは……」




チラと足元のセレスを流し見て、ライアンの口元だけが不気味に笑う。





「この先、軍との交渉に使わせてもらおう。どうしてもと言うなら、少しずつ返してやってもいい。耳ひとつ……指一本……、その時のお前の顔が見たい……!」





狂気に満ちた笑いが響き渡る中、地上では蝋人形のように動けないルードとファウストがこちらを見上げている。



もう森の木々の先端はすぐそこという高い位置まで舞い上がり、彼らの表情までは見えない。






ふと、セレスの中に、この学院で過ごした日々が蘇った。




たった数ヶ月の間ではあったものの、様々なものを学び、そして体感し……。



笑い、泣き、時に戸惑い……それら全ての中心にルードがいた。



セレスの全てを、ルードが導いてくれていた。





だから、何一つ怖くはない。





(ルード……ごめんね。待ってて。すぐに戦えるようにするから……)





目に映るのは、ライアンが今も握っている短剣。



青白く輝く手入れが行き届いた刃は、苦しみが一瞬である事を約束してくれる。





そっと短剣に手を伸ばした時、辺りが突然暗くなった。



日没かと空を見上げて絶句する。






「ああ……やっときたか」




満足そうにつぶやくライアンの声が耳を通り抜けていく。

木々の間から差し込む夕日を遮る、無数の黒い翼、翼、翼……。






「まさかこれ……全部……」




「そうだ。夢魔が変化したドレイク達……。オルグの同胞と、金で夢魔を飼い、その力に魅入られた奴らだ。創立祭のメインイベントに用意した」




隣のナディアが顔色を変える。




「こんなに沢山の夢魔……! 森の結界が破られてしまう」




「…………!!」





一斉に現れた黒いドレイク達が、森の四方八方に降りていく。



瞬く間に森が唸りを上げて激しく揺れ出した。





「結界が破られ、森から幻魔が溢れ出す。元の凶暴さを取り戻した幻魔が、浮かれた生徒達を容赦なく喰らう……。最高の締めくくりだろう」





最早、ライアンは人の顔をしていない。



歪んだ口元や瞳孔が開いたままの目が、狂気に取り憑かれた新種の幻魔のようにセレスには見える。





「ライアン……やっぱりあなた……」




その時だった。



ナディアが、突然セレスの腕をきつく掴み、静かに微笑んだ。





「ナディア……?」





「私……、私もあの子に選ばれたのだった……」





バラバラに散っていく夢魔のドレイクを見渡しながら、ナディアが小声で続ける。





「一刻も早く、あの夢魔達を消さなければ……。学院にはまだ戦えない下級生も大勢いるわ。アンフィスとバエナ、アルビノドレイクがいつまでも立ち往生じゃ間に合わない」





「ナディア……私……」






「だから……ごめんなさいセレス」





言い終わる前に、ナディアがセレスの胸を思い切り突いた。





「…………!!」






ふわりと足場を失ったセレスの身体が、宙に投げ出される。






 


「……バエナ!!」





ナディアが澄んだ声でその名を呼んだ。





「異論はないわよね。帰りなさい、あなたの選んだ人の元へ!」





ナディアの身体から弾けるようにバエナが躍り出る。





「私もかつてあの子に選ばれた、誇り高きドレイカー。どんなに迷っても、自分の居場所は自分で作るわ。だから……せっかく預けて貰ったのに、ごめんなさいセレス」





光の尾を引いて、朱い流星が落下していくセレスへと一直線に向かう。





地上では、闇色のドレイクからこぼれ落ちたセレスを、まばたきもせずにルードが見あげている。





「……アンフィス!!」





叫ぶより先に、具現化したアンフィスがルードを乗せて大地を蹴る。




真っ逆さまに落ちてくるセレスに向かい、アンフィスに乗ったルードが両手を掲げ急上昇していくーー。







「……セレスーーーーーッ!!」





「ルード……!」





ルードとセレス。


二人の伸ばした手が、互いを求めて強く引かれあう。





出逢い、愛し合い、そして一度は離れる事を選び……、今またその運命の歯車は、抗えない絆に二人を結ぶ…………。







キンと痛いほどの耳鳴りと共に、バエナがセレスの胸に突き刺さった。





「…………っ!」





「セレス!」





その瞬間、ルードの両腕がセレスの身体を宙でかすめ取る。






一度きに蘇る、バエナを胸に宿す溢れんばかりの充足感と、ルードへの真っ直ぐな想い。






「ルー…………っ」




「バカやろう……! 本当にお前は……」





ルードが声を詰まらせ、セレスを抱いたまま頬に顔を埋めた。







その様子を、闇色のドレイクの背からナディアが見守る。





「……ありがとう……二人とも。……後は私の居場所……」





柔らかく微笑むナディアの背中を、ライアンが虚ろに見下ろす。




「無価値なお前に、居場所などない……」




その抑揚のない声に、ひとつ息を大きく吸い込みナディアは振り返った。





「……あるわ、ライアン。わたしの居場所はあなたと同じ。……黄泉の国よ」





風のように素早く、ナディアがライアンの懐に滑り込み護身用のダカーを一閃させた。






セレスとルードを乗せたアンフィスが滑空し、グオオと一声啼く。



「ルード、このままライアンの所へ行って! ナディアが……!」




「わかってる! お前もバエナを用意して……」




二人が闇色のドレイクを見上げた時、上から赤い飛沫が降った。





「…………!?」





「これは……」





羽ばたく闇色の翼が真っ直ぐに広がり、ドレイクが下降し始める。




その背中の上に立っているのは、顔をまだらに赤く染めたライアン。







「……その国へは一人で逝け」





彼が足でズルリと押し出したナディアの身体が、ドレイクから滑り落ちた。



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