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ツインテイル§ドレイカー  作者: 花凛兎
マリオネット
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【Ⅱ】

いつもの談話ホールは、創立記念祭のメインパーティー会場に様変わりしていた。




プロの楽団による生演奏で、ここぞとばかりにめかしこんだ生徒達がダンスに興じている。




合間にホール奥の小さなステージを使っての余興などもあり、日没に行われる幻魔の森の結界儀式まで生徒達は年に一度のお祭りを思い思いに楽しむのだ。






そんな中――。


セレスは、寮の出口から一歩足を踏み出すことが出来ないでいた。





ドナが用意してくれたドレスは申し分ない。



ただ、パーティドレスかと思いきや、着てみるとふくらはぎ位までの短めの裾とシフォンレースは前が分かれていて、スパッツを合わせて穿くようになっていた。



つまりこれは、華やかで可愛らしい、戦闘服を模したドレスという事になろう。



ドナらしい、粋な遊び心である。





(もう闘う事もなくなっちゃったけどね……)





自分に皮肉を投げかけてみたが、今セレスが戦うべきはホールへの敷居の高さだ。





この式典に参加する資格があるのだろうかと疑問がある上に、ダンスなど踊った事がない。




ナディアと約束してしまったものの、そんな自分がのこのことあのホールへの扉を開くなど、とうてい無理な話だ。






「ああ……やっぱり私にはこんな世界、場違いだったのよね……」




ため息混じりに薄暗い寮のエントランスでトン、と壁に寄り掛かる。




するとドレスの中でシャランと澄んだ音がした。





「…………」





ドレスのポケットに忍ばせてあるのは、ルードから贈られたあのエスメラルダのチョーカー。




元々ドナはこのチョーカーに合うようにドレスをデザインしてくれたはずだ。



だが今となっては、これを堂々と付けて良いものなのかわからない。




そっとドレスの上からポケットを押さえた時、寮の扉が大きく押し開かれた。






「……あ」





「なんだ、ここまでは来てたんだね。あんまり遅いから迎えに行くところだった」





グレーに銀糸を織り込んだドレスローブを颯爽と着こなし、ファウストがセレスに微笑む。





「迎えにって……女子寮に堂々と入って行っちゃだめだよ」





「ナイトがプリンセスを迎えに行って何が悪い? とても綺麗だ。見違えたよ」





そしてファウストは紳士らしく、セレスに片手を差し出した。




「見違えたって……。それ褒め言葉……よね」




「もちろん。僕はプリンセスと呼んだんだよ?」




笑いながらファウストは、まだおずおずと壁にへばりついたままのセレスの手を掴む。





「……あ……っ」




そのまま引き寄せられ、こめかみにファウストのキスが落ちた。





「……さあ行くよ。プリンセスがいつまでも不在だから、ナイトにダンスの申し込みが殺到して困る」




セレスの手を掴んだまま、ファウストが有無を言わさず歩き出す。





中庭にも華やかな衣装を身につけた生徒達が溢れ、余興の大道芸に見入ったり談笑したりしている。





「申し込みに困るって……。もしかしてファウストもダンス踊れないの?」





中庭を横切りながら、セレスがファウストの背中に尋ねる。





「まさか。そうじゃなくて、セレスが来てくれたら、もう僕はフラフラしないって言っただろう? 全部断ってた」





「…………!」





自分は今、どんな顔をしているだろう。



少なくとも、薔薇色に頬を染めて嬉しそうに彼を見つめてはいないはずだ。





すると、まるで背中に目があるかのように、ファウストが振り返らずに付け加える。





「そんな顔するなよ。温度が変わるまで、ゆっくり待つさ……」




「ファウスト……」





応えたい、と心底思った。




あの時、ルードを遠ざけるつもりで咄嗟に言ってしまった「迎えに来て」という言葉。



それを分かっていながら、責めたりせずに待つと言うこの人を、いつか愛せるようになりたいと。






「ではプリンセス。まずは僕と一曲、踊っていただけますか」




談話ホールの前で、ファウストが胸に手を置きうやうやしく一礼する。





「はい、喜んで。……踊ったことないけど」





二人は顔を見合わせプッと吹き出すと、ホールの扉を開けた。





そこに広がるのは、昔絵本で見たおとぎ話のような光景。



黒いタキシードを着た楽団が優雅な音楽を奏で、それに合わせて幾人もの紳士淑女が踊る。




その鮮やかさは、まるでいくつもの花束がくるくると回っているよう。





少し高い位置で指先を引かれ、セレスもファウストの後についてその輪に加わった。




周りで沸き起こるファウストコールやひそやかな怒声も、今日でここを去るのだと思えばそう気にならない。





「ステップは無視していいよ。僕の動きに合わせて、揺れていてくれればそれでいい」





ファウストがセレスの片手を取り、もう片方の手で腰を引き寄せる。




さらに増す周囲の奇声に、セレスは一瞬だけ肩をすくめた。





やがて音楽に乗って、ファウストがセレスを導きだす。




セレスの足はほとんど動かないのに、ファウストが上手に右へ左へと運んでくれる。




いつしか波が音に乗せて満ち引きするように、セレスも音楽に合わせて心地良く揺れていた。





「……上手だよセレス。それでいい。ダンスは楽しむものだからね」





目の前で優しい蒼い瞳が細められる。




「うん。ダンスなんて初めてだけど……なんとなく楽しいものだってわかってきたみた……」





その時、セレスの胸がドクンと波打った。




波は瞬く間に大きく早くなり、心臓をわしづかみにする。





「セレス……?」




心配そうな蒼の瞳の向こうに見える、黒地に金の刺繍が施された軍服のような正装で壁際に背を預けている人影。





(こんな式典なんかに出席してると思わなかった……ルード)





相変わらずの無表情でこちらを見つめていたかと思うと、ルードは壁から離れこちらにツカツカと歩み寄ってきた。




セレスの視線を追って、ファウストも後ろを振り返る。





「何かと思えば……。でも驚きだな、ルードがこんな場にいるなんて。しかもちゃんと正装までして」




「毎年、うちから送られてはくる。ここ数年、着た事はなかったがな」




「それをわざわざ着てここに居る……、仕方ないな。代わればいいんだろう、ほら」




ファウストが今まで握っていたセレスの手を引き、ルードに預ける。




「え、ちょ、ファウスト!」




「僕はそんなに器の小さい男じゃないよ。それに今日が最後だしね」




そう言ってファウストはセレスの頬を撫でると、さっきまでルードが居た壁の方に行ってしまった。




動揺するセレスをよそに、ルードはもう腰に手を回しダンスの型を取っている。





「あ、あの……私、ダンス踊れないよ……」




「そんな事、さっきのを見てりゃわかる」





あっさりと切り捨て、ルードはファウストと同じようにセレスを音楽に乗せ、踊り始めた。




意外にも上手い。




そのステップはファウストに勝るとも劣らず、セレスも無理なく合わせられる。





「ルードが踊れるなんて思わなかった……」




「知識と経験は、あっても邪魔にはならない」





繋いだ手が熱い。



間近で揺れる黒曜石の瞳に、セレスの胸はやはり苦しい。





「そのドレス、よく似合ってるが……あれを付ければもっと引き立つだろうに」





不意を突かれ、思わずセレスは繋いだ手を放してドレスのポケットを押さえてしまった。



シャランと小さく鎖が音を立てる。





「なんだ、持ってるのか。どうして付けない」




「だって……えと……」




「……付けたくないという事か」




「違う! だったら持ち歩いたりしな……」





言ってしまってセレスは口をつぐんだ。



そうだと言えばよかったのに。



今さら心を見せては自分も辛くなってしまう。






するとルードが耳元に唇を寄せ、そっと囁いた。




「それの事は誰も知らないぞ……ファウストもナディアも。出せよ、付けてやるから」




魔法にかかったように、言われるままセレスがポケットからチョーカーを取り出す。



セレスの瞳と同じ色をしたエスメラルダが、ルードの手で胸元に飾られた。




「やっぱりそのドレスによく合う。これはお前のものだ。どこに行っても……それは忘れるな」





ルードが笑う。




愛しげに、苦しげに。








「…………」






再びルードがセレスを抱き、踊り始める。




音楽が耳を通り過ぎ、何も聞こえなくなっていく。






震えるセレスの手が、ルードの背中を抱きしめた。






「うん……忘れない。でもルードは、忘れて……」






ルードの胸元でそうつぶやき、セレスは手を離した。







顔はもう上げられない。




もうルードの傍には居られない。





後悔などしたくはないのに、苦しむ胸の内が後悔を引き寄せてしまう。





セレスは踵を返し、ホールの出口に向かった。





ルードは追ってこないだろう。


それをセレスが望んでいないことを、彼はきっと知っている。






ホールから中庭に出ると、陽の光が少し柔らかく色づいてきていた。




楽しそうな生徒達の間を縫って、セレスは庭の端にあるベンチに向かって歩く。





可愛らしいウサギやクマの着ぐるみを着たウェイターが、立ち話をする生徒達にドリンクを配っている。



すれ違いざま、セレスもウサギにソーダ水を勧められ、それを素直に手に取った。






(もうすぐ創立祭も終わる……。きっと苦しいのは今日まで。夜のうちにここを出よう……、孤児院に……帰ろう……)





泣き顔を誰かに見られないように、セレスはうつむいたままベンチに腰を下ろした。




ポタポタとソーダ水に涙が落ちる。




(バエナ……私、ダメな宿主だったね……。せっかく選んでくれたのに、泣いてばっかりの弱虫だ。ごめんね……)





こぼれ落ちた涙ごと、セレスはソーダ水を飲み干した。





これでもう泣かない。



自分にそう言い聞かせて――。









「…………――?!」






突然、手が痺れたように感覚が遠のいた。




何がなんだかわからず手の平を見つめたが、腕を上げる力も出ない。





(な……に? いったいどうしちゃったの……?)





たちまち座っている事も出来なくなり、グニャリと腰が折れた。





ベンチに倒れこみそうになった所を、いつのまにか傍に立っている着ぐるみウサギが抱きかかえる。






(さっきの……ウサギ……?)







ウサギは大きなフカフカした体でセレスを抱き上げ、さりげなく校舎の裏に消えて行った。




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