【Ⅰ】
その美しい人は、いつもテラスから空を見ていた。
羽が欲しいと。
ドレイクとは違う、鳥のような柔らかくて暖かい羽があったら……
あなたを抱っこして空高く飛んでゆくのに……と。
口癖のように、小さな俺を抱きしめながら頬と頬を重ね、繰り返しつぶやいた。
大抵の幼子がそうであるように、俺も自分を産んだその人を愛していた。
だから、その人が毎日のようにつぶやく願いを叶えてやりたい……。
『ドレイクじゃだめなの? ドレイクならきっと、もうすぐ、僕のところにくるよ。そうしたら、ママと僕を背中に乗せて飛んでもらおうよ』
その時、俺はそう提案した。
屋敷に仕える使用人達の口の端から、自分はドレイク保有の可能性が高い事をすでに知っていたから。
すると、俺の頬を撫でる彼女の指が突然爪を立てた。
『あっ……!』
頬に食い込む彼女の爪。
自分を見つめる瞳が一転して憎悪に満ちる。
だが……そんな事は日常茶飯事。
彼女は俺を優しく抱きしめた後、よくこんな風に心が変わり暴力を振るう。
心が不安定だから仕方がない。
だから部屋から出せないのだと、父親からは聞いていた。
秘密が彼女の口から漏れるのを恐れ、監禁しているなどとは、幼いその頃の俺が知る由もない。
俺という存在に対し、愛と憎が絶えず繰り返される日々は、彼女にとってどれほど苦痛だった事だろう……。
痛みを堪えて彼女の気持ちが愛に戻るのを、俺はいつでもひたすら待った。
待ちたかった。
待って、彼女が泣きながら再び抱きしめてくれる時……
俺は唯一無二の、愛と安らぎを実感できた。
まだドレイク覚醒を見ないその頃の俺も、病弱という触れ込みで屋敷から出される事はなかった。
しつけも教育も、父自らが屋敷の中で厳しく行っていた。
今思えば、万が一ドレイク保有者でなかった場合、俺の存在が公になっていたら処理に困る……そんな理由だったに違いない。
そんな生活の中、彼女は幼い俺の全てだった。
そして――。
待ちに待ったドレイクが俺の中で目覚めた日。
喜び勇んで報告に行った俺の目の前で、彼女はテラスから飛んだ。
よかった、と。
細められた美しい目に涙を溢れさせ、
これで私の役目は終わったわ……と、つぶやいて。
テラスに踊り出て、手摺りに足を掛け……軽やかに飛んだ。
鳥のように両手を広げ、真っ青な空に羽ばたく白い鳥のように――。




