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【Ⅵ】

天井から漏れる月明かりが、点在するヒカリゴケに反射して青白く光って見える。




あれからどの位の時間が過ぎたのだろう……。




ここで、胎児のように丸くなって横たわっていると、考え事をしていたのかうたた寝をしていたのかさえわからなくなる。





この森の隠れ処は常に温かく、静かで、母の胎内はこうではないかと思える優しい場所。




以前ファウストがここを【緑の繭】と呼んでいたのもうなずけた。



おそらく、事あるごとにここへ閉じこもっていたルードを見てそんな風に形容したのだろうが、実際の居心地も当たっている。






たくさんの事が重なり、一時は頭も心も拒否反応しか示せなかったが今は違う。



ひとつひとつ、紐解いていく時間をこの場所がくれた。




ルードが選んだ道も、ナディアの事も、目をつむっては通れない。






(私は……信じられるものしか選べないから……)





それならば、信じられるものは唯一つ。



実にシンプルだと思えた。







やがてサクサクと草を踏む音が聞こえ、それがだんだんと近づいてくる。




セレスは重い身体をそろそろと起こして、草地の上に座りなおした。





ドナが探しに来てくれたという可能性はあるが、そうだとしてもここは彼女の目には映らない。





ここへ来られる人間はセレスと、あとはたった一人。







「……やっぱりここに来てたか。まあ、お前はもう一人でも危険はないようだがな」





壁となっている低木の枝葉がザッと割れ、ルードが中に入ってきた。




だが、入り口付近に佇んだまま物憂げに宙を見つめ、こちらに近づいてくる様子はない。






「ドナが……お前がどこにもいないと泣きながら部屋に来た」





「ひとつだけ……教えて」





ルードの瞳がゆっくりとセレスを捉える。





「あのチョーカーは、ナディアに渡した方がいいの……?」





「……あれは」





セレスを見つめたままルードは奥歯を噛み、それでもはっきりと言った。






「あれはお前の物だ。この先、何があろうと……お前以外の誰かを飾る事はない。ナディアは傍に置く。だが俺は、お前も手放す気はない」






「…………」






セレスが草地に座ったままゆっくりと両手を広げ、ルードに差し出す。





一歩、また一歩と彼がこちらに歩み寄り、目の前で膝を折ると、セレスは自分からその身体にしがみついた。





「うん……わかった。それならもう何も聞かない……何も言わない……。だから、そんなに歯を食いしばらないで……歯が折れちゃうよ……」





「ファウストには自惚れるなと言われた。お前が全て受け入れると思うなと……。確かにその通りかもしれないな」





ルードが苦しげに顔を歪ませて、セレスの頬を撫でる。






「だったら私も自惚れてる?  だって私、この先何があっても、ルードが私を手放すはずないって思ってたもの……」





「……セレス」





きつく抱き寄せられ、セレスの身体がしなる。




彼の体温と腕の中の感触だけで、今まで堪えていた涙が溢れてしまう。






「覚えておけ……。お前が寂しいと感じる時は俺も寂しい。泣いている時は、俺もきっと心は泣いている。そんな思いをさせても、お前を離さない……。 諦めろ」





ルードがセレスの髪に指を差し入れ、その涙を唇で拭う。





「……セレスって……名前呼んだ……。珍しいね……」





「普段はなんか照れ臭い。大事な時しか呼ばない」





「大事な時って……」





「今だ」





頬を伝うルードの唇が、セレスの次の言葉をふさいだ。






息も出来ないほどのキスは熱を帯び、やがてセレスの唇をこじ開けて柔らかく入り込んでくる。






「……ん……っ……」




反射的に身を引いたが、それを予期していたようにルードはセレスの頭を掴んで離してはくれない。





だか決して強引にではなく、彼の舌先はゆっくりと柔らかくセレスを捉えた。




愛しげに幾度も求められる感触に身体の芯が熱く震える。





「ルー……」





ため息のように名を呼ぶと、支えられたまま静かにセレスは背中から草地に落ちた。





「アンフィスとバエナと同じ……俺とお前はひとつだ。わからないか……?」





耳朶をそっとはみ、首筋から肩までをルードの唇が辿る。




セレスの胸元を滑るルードの手は壊れ物でも扱うかのように優しいのに、感じるのは痛みにも似た甘い疼き。




彼が触れる全ての箇所から痺れるような波紋が広がっていく。





その間も止むことのないいつもとは違うキスに、ルードからも切なげな吐息が漏れた。





潤んだ黒い瞳が真上からセレスをじっと見下ろす。






「……怖いか……?」





声もなくその目を見返し、セレスは彼と同じような濡れた瞳で小さく頭を振った。






「……うそつけ。顔見りゃわかる。しかもずっと震えてる」





いつの間にか開かれたセレスのブラウスの前をかき合わせ、ルードが音を立てて額にキスをする。




そして崩れるように草地に横たわると、今度は反対にセレスを自分の胸の上に抱えた。





「……きゃ……!」





ルードの胸を枕にするようにのしかかり、セレスが目をしばたたかせる。





「そんな顔されちゃな……。まあいい。少し急ぎすぎた……」





セレスの髪を指で梳きながら、ルードは目を閉じた。





決して嫌だった訳ではない。



それでもやはり、ホッとした思いの方が今のセレスには強い。





「ごめんなさい……。でもね、ルード……」





ルードの胸をよじ登り、セレスが彼を覗き込む。






「私さっき、本当に一つに溶けちゃうかと思ったよ……」





蚊の鳴くほどの声でつぶやくと、我に返ったように顔が熱くなった。





「お前なぁ……」





ゆっくりと開いた黒い瞳がわずかに笑う。




「今の俺にそういう事言うな。しかも人の上でモゾモゾ動きやがって……。ちっともおさまらない」





「…………?」





小首をかしげるセレスの唇を、ルードの指先が優しくなぞる。






「……セレス。もう一度、キスを。今度はさっきのように上手くするな」





「…………!」






軽く背中を押されて、セレスは小さくルードの唇に触れた。






おやすみのキスのような、優しいキス。





やがて二人は、静かに抱き合ったまま眠りに落ちた。







夢と現の狭間で、ぼんやりとルードの声がこだまする。







――セレス……





お前が眠る時、必ず俺は傍にいる……





どこにいても、誰といても……必ずお前の元に帰る





丸くなって眠るお前を抱いて、俺も眠る……――







それは本当に遠い夢のような気がして、セレスはルードを抱きしめる手に力を込めた……。




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