【Ⅴ】
あえてまばらに置いた小さな照明は、森の木々の隙間から漏れる明かりを模している。
湿って淀んだ空気を再現するために地下に設けたこの部屋は、見事に狙い通りの空間を作り出した。
何もかも、【順調】と言っていいだろう。
「……こちらは準備が整いました」
腹心とも呼べる男が、彼の背後から静かに声をかける。
「そうか。すぐ行く」
振り向かずに答えたにもかかわらず、いつもは余計な事など一切言わない部下が彼に続けて言った。
「なにやら楽しそうですね」
「……俺が?」
そこで彼は振り返り、部下の男を見つめる。
薄暗い部屋の中、直立したままの部下はいつもと変わらず何の表情も持たない。
「なんとなく、そう感じたので。お気に障ったのなら申し訳ありません」
「いや、お前は鋭いと思っただけだ」
思わず彼の口元に笑みが滲んだ。
「もうすぐだと思うとな……楽しくもなる。しかも全てが思惑通り……。さらに上手く運べば、思わぬ収穫もありそうなのだ」
「収穫……、大きいものですか」
「大きい。決定的な一撃にもなりうる。奴にとっても、国にとっても……だ」
「素晴らしいです」
賛同の言葉であっても、男の表情は変わらない。
それほどまでにこの男の闇も、深く重い。
「……先に戻っていろ。客は落ち着いているか」
「どちらかと言えば、舞い上がっているような。危ういやもしれません」
「それならそれでかまわん。死体になったら俺とお前のドレイクにくれてやってもいいだろう。大仕事の前に滋養を与えてやれる」
部下の目は変わらず表情のないまま、口元だけがニッと笑った。
そして静かに一礼をして地下室から出て行く。
「さて……待たせたな」
彼は傍らの檻の中に声をかけた。
冷たい鉄格子の中に座り込むのは、薄い色の金髪に陶器のような白い肌、そしてまたもや表情を作らない裸体の美少女。
「なるべくなら短気を起こさず、従順に……。その方がお前も長く楽しめる。頭のいいお前ならわかるな……?」
彼が檻の鍵を開け、少女にうやうやしく手を差し伸べる。
それと同時に彼の背後に、あの漆黒のドレイクが姿を現した。
「…………」
少女が黒いドレイクを一瞥し、差し出された手を取る。
そして彼が掴んだ手を引き寄せると、少女はまるで蝶のように優雅に檻から躍り出た。
「……いい子だ」
彼の腕の中に抱かれた少女から、美しくもおぞましい妖艶な笑みがこぼれた。




