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【Ⅳ】

「セレス……行くよ」





「あ……うん、待って今すぐ……」





何度見ても見当たらない。



このスカートのポケットはもちろん、ランドリーボックスもクローゼットの中も全部探したのに見つからない。





「何やってるのよ、探し物?」





ドナが教科書を片手に、困惑顔で覗き込んできた。





「ないの……クロセルさんにもらった手紙が」





「ええ? あんた、大事そうに持ってたじゃない。まあ、お昼休みにでも一緒に探してあげるから、とにかく授業に行こう」





「うん……」





セレスは諦めて、机に用意してあったドナと同じ教科書を手に取った。





「あれ……? そういえばナディアは戻ってこなかったの」




ナディアは一限目、セレスたちとは違う教科を選択している。



いつもは教科が終わるごとに部屋に戻ってきて、一緒に授業に向かうのだが。





セレスが首を傾げると、ドナはどことなく落ち着かない様子で目を泳がせる。





「ああ……直接次の教室に行ったんじゃない? ほら早く! 行くよ」





「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな急がなくてもまだ時間あるのに……」





せかせかとドアを開けて、ドナがセレスを促す。



慌てて駆け寄ると、彼女はセレスの背中を押して廊下に出た。






「あのさ、セレス。昨夜はルードと会ってたんでしょ? その……何か言ってなかった? 」




ドナが辺りを気にしながらセレスの耳元で囁く。




「何かって……」




ファウストの事かと一瞬ドキリとしたが、それについてドナが何か知っているとも思えない。



なにしろ、長い付き合いのルードでさえ知らなかった事なのだ。



余計な事を口走ってはいけないとセレスは口をつぐんだが……。





「…………あっ!」





「何? やっぱり何か言ってた?」




ドナの言葉が耳をすり抜けていく。





(思い出した……。昨日、あの手紙はルードに見せたくて持ち出したんだった。戻ろうとした時、確かにポケットに入れたつもりだったけど……)





森の異変に駆け出した時、ハラリとポケットから手紙が落ちる光景が目に浮かぶ。





そう思うと居ても立っても居られなくなった。






「セレス……大丈夫? ねえ、どういう事なの。あたしには何がなんだか……」





「ドナ、ごめん! 先、行ってて。すぐ戻るから!」





自分の教科書を無理やりドナに押し付け、セレスは別の階段を下り始める。





「え、ちょっとなに? どこ行くのよ――……!」





ドナが呼ぶ声を置き去りに、セレスは寮を出て森に向かって走り出した。




まだ授業までは少し時間がある。




運よく森の入り口辺りに落ちているなら、急げば授業にも間に合うはずだ。





(クロセルさんからの手紙は……いつも私の運命を変えてくれる、大事な物……!)





最初に受け取ったのは孤児院の院長先生の手からだった。



セレスにドレイク保有の兆しがある事、そしてこの学院への入学を後押ししたいとの後見人の話……。



その翌日には当のクロセルがドージェの推薦状を携えてやって来た。



未知の世界に踏み出す不安と、ドレイク保有に自信が無いまま、それでも子供達を守れる力を持てるならと思い切る事が出来たのは、ひとえにクロセルの温かい人柄のお陰だろう。




そして今、自分は子供達だけでなくもっと多くの人々を救える可能性があるのだ――。





(どうか……見つかりますように……!)





祈るような思いで、セレスは丘を駆け下りた。



昨夜遅くに降った通り雨のせいで、湿った草地が少し滑りやすい。



幸いにも転ばずに済んだが、やはり勢いは止まらずに森に一直線に走りこんでしまった。





(バエナ……! 毎度すみません……よろしく!)





『言わずとも良い……手を抜くと我がルドセブに恨まれそうだしな……』





ヴン……とわずかに耳鳴りのような音がして、金色のシールドが現れる。




そこで足を止め、セレスは目を皿のようにして地面をうかがった。






「手紙……手紙。白くて少し大きめの封筒……どこ? 絶対にこの辺にあるはず……」





昨日通ったと思しき道を、腰を屈めながら辿っていく。




地面はぬかるんでいる場所も多い。



もしかしたら、白い封筒も濡れそぼって土色に変色しているかもしれない。





「ない……。白くて、茶色かもしれなくて、大事なクロセルさんの……」




思っていたよりも、すでにかなり奥まで来てしまった。



そろそろ戻らなくては授業に間に合わない。





出直そうかとため息をついたその時、セレスの目の端に白くて四角い物が映った。




(…………あった!)




斜め前方の草地の上に、ひっそりと落ちている封筒。




駆け寄って拾い上げると、蔦の透かし彫りで縁取られたそれは間違いなくクロセルからの手紙だ。





(よかった……。少し濡れてるけど、ほとんど汚れてもいない……)





ほっとしたのも束の間、踵を返そうと顔を上げたセレスはその光景に凍りついた。





木々の枝の隙間から見えるのは、奥の大木の影で絡みつくようにルードを引き寄せキスをするナディアの姿――。






(な……に? どうして……)





咄嗟に近くの木に身を寄せそっと覗き見ると、ルードもナディアの背中に手を回しそのキスに存分に応えている。





セレスは一歩後ずさると、踵を返して出口に向かい駆け出した。





様々な疑問と、焼け付くような感情、怖ろしい考え……そういった物が噴き出しそうに渦を巻く。






(どうして……? どうしてナディアが……ルード……!)





森から飛び出し、そのまま一気に丘を駆け上がる。



息が切れても足がもつれても、まるで魔物に追いかけられるような思いでセレスは走り続けた。





やがて学舎に辿り着くと、よろよろと階段を上がり教室まで重い足を運ぶ。



何も考えられず、ただ無意識に教室の扉を押し開けると、中のクラスメイト達が一斉にこちらを振り返った。





「セレス! ねえ、本当なの?」




クラスでも比較的仲の良い女生徒たちが詰め寄ってくる。





「何が……? いったい……」





すると、教室の奥の方からあからさまなクスクス笑いが湧いた。





「おかしいと思ったのよねぇ……。だって次期公爵よ。当然の選択だと思うわ」




「やっぱりドレイクが強いから興味があっただけなのね。……本人は完全に勘違いしてたみたいだけど」





たまりかねたように、シンシアが甲高い声で笑う。





「いい加減にしなさいよ! 何にも知らないあんた達がとやかく言わないで。下衆もいいとこだわ」





ドナの一喝も今日ばかりは効果がないらしく、かえってシンシア達を増長させる。





「あら、負け犬の遠吠え? 自分が賭けた方が負けたんだから、そりゃ悔しいでしょうねぇ」





ドナが唇を噛んで、勢いよく席を立つ。




「待ってドナ! 何? いったい何があったの。私、わかんないよ。お願いだから落ち着いて……」




慌てて駆け寄り、セレスは今にもシンシアに掴みかかりそうなドナの肩を押さえた。





「セレス……。あたしにもよくわからないよ。本当にルードはまだあんたに何も言ってないの……?」




ドナの瞳が泣き出しそうに揺れる。





「やだ、セレスはまだ何にも知らないの? だったら私が教えてあげるわ。本人から聞いたら確かにショックでしょうし」




勝ち誇ったような含み笑いを口元に滲ませ、シンシアが一歩前に出る。





「やめてよ! それならあたしが言うわ。セレス、聞いちゃダメ!」




「ルードはね、ナディアさんと婚約したそうよ。創立祭にはドージェもいらして正式発表になるらしいわ」





目の前のシンシアの顔が人形のように見える。




シンシアだけでなく、周りのクラスメイトたちもまるで作り物のように現実味がない。





「セレス……違うよ、何かの間違いだから……。そんなはずない……それはあんたが一番よく知ってるはずでしょう……!」





「…………ドナ」





勝気なドナまでもが、今にも泣き出しそうな顔をしてセレスの腕を掴む。




何もかもが絵空事のように、セレスの周りをぐるぐると回る。






「……間違いなんかじゃないわ、ドナ」





突然、背後から聞こえた声に、セレスは身を硬くした。





「ナディア……!」





教室がシンと静まり返る。



それでもセレスは振り返ることができない。





「この前お父様がいらして……その時そういう話になったの。ルードははっきりと言ったわ。ナディアは俺が一生をかけて守ると……一生、俺の傍に居て欲しいと。だから私もお父様も、喜んでその申し出を受けたわ」





ナディアはセレスの前に回りこんで、覗き込んできた。





「ルードと少し、お付き合いしていたんですってねセレス。私、ちっとも知らなくて……今まであなたを傷つけるような事をたくさん言ってたかもしれない。ごめんなさい。ルードを許してあげてね……」





「ナディア……、あなたは……」




やっと声は出たが、それ以上何も言えない。




胸の痛みと嵐はますます荒れ狂うばかりだ。




「なあに? この傷の責任を取って……て言いたいんでしょ。それはそうかもしれないわ。でも私達は、それ以前から繋がっていたもの。公爵になるあの人を支えていける自信も私にはある。何より、あの人が私を選んだのよ」





「…………」





「もうやめて……ナディア」




ドナが許しを乞うようにナディアの前に立ちはだかる。




それでもナディアの言葉は止まらない。





「それとも何? あの人が今までセレスに何をしてきたかは知らないけど、その責任でも取れと言うの? だったらそれは私が用意するわ。いくら用意すればいいかしら。そのかわり、それでもうあの人を困らせるような事はしないでくださる?」





「ナディア! いい加減にして! セレスはそんな……」





たまらずセレスはその場から逃げ出した。



人だかりを押しのけ、教室のドアを開け放って廊下に飛び出す。





「セレス! 待って、セレス……!」





ドナの声が微かに聞こえたけれど、余計な事を口走ってしまいそうであの場所には居られない。




そして、そんな自分が怖ろしい。




セレスは叫びだしそうな自分の口元を押さえ、学舎を駆け抜けていった。






「私達……早めにお部屋を替えてもらった方がいいかしらね……」





ぽつりと呟いたナディアは、本当に人形のように表情を持たなかった。




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