表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/56

【Ⅲ】

人目につかぬよう足早に中庭を横切り、三人は彼らの部屋に戻った。





セレスに言った一言を限りにファウストはピクリとも動かない。






「本当に大丈夫なのかな……。こんなに……」





二の句が継げない。



裂傷と言うのも甘いほど、ファウストの身体はズタズタに食い破られている。



この状態で血の跡がないのが、かえって不気味で恐ろしい。






「おそらくこれは軽い方だろう。内臓まではいってないからな」





淡々とした口調でルードが言い、ベッドに彼をそっと下ろす。






「内臓……!」





「俺は以前、何度か幻魔を消した事がある。消滅したやつらを補充した時は、こんなもんじゃ済まなかっただろう」





「補充って……どこかから連れてくるんじゃないの……?」





「いや……。幻魔はな、十分な滋養を補給すると、分裂して個体を増やしていく」





声にならない悲鳴がセレスの口から洩れた。





「分裂まで促すなら、アガレスは内臓ひとかけらくらいは必要だろうし、夢魔なら……愛し合ったのかもしれない。どちらにしても、ここまで自分を保っていられるとは、ロックバート家のドレイクは物凄い力があるな」





ファウストに適当にシーツをかけ、ルードが彼を見下ろす。





「……止められないの……?」





ファウストを見つめたまま、セレスはつぶやいた。



だが、答えは聞くまでもないのもわかっている。





ルードは何も言わず、ただセレスの頭に手を置いた。






「……お前は心配しなくていい」





頭ではわかっていても、やはり心はついていかない。




ドレイカー達の世界は、セレスにとってまだどこか異国のように心もとない。






「お前……今日はずいぶん待ったか?」





ふいにルードがそんな事を言った。





「え……うん、少し……。でも、約束してた訳じゃないし……」





「……そんなの、いつもそうだろ」




ふとルードが視線を外し、またファウストに目を向ける。





「今夜はこいつを看ててやらないと。明日の夜は……必ず行く。待っててくれるか」





「くれるかって……うん、もちろん待ってるよ」





どこか違和感のある横顔に、思わずセレスはルードの手をそっと掴んだ。



自分からこうした事をするのは少し気恥ずかしい。






「…………。お前はどうしてそう……」





握り返された手がそのまま引き寄せられ、セレスがルードの胸元に押し込められる。





「ちょ……ルード……! ファウストがいるんだよ……」





「わかってる……、少しだけだ……」





セレスをきつく抱きしめたまま、ルードはそれきり押し黙ってしまった。





「……ルード……。 どうしたの、何か変だよ……?」





トントンと、彼の後ろに回した手で背中を叩く。




するとセレスの肩に埋めていた顔を起こし、ルードが微笑んだ。





「どこも変じゃねえよ、バーカ。さっさと部屋に帰れ。また寝不足で授業中寝ちまうぞ」





「も、もうしないわよ。……でも確かにそろそろ……、じゃあファウスト、お願いね」





コクリとうなずいて、ルードがセレスをドアの方に押し出した。




肩越しに振り返ると、ベッドの上のファウストの呼吸は安定しているように見える。






「おやすみなさい……」





小さく言って、セレスはルード達の部屋を後にした。




部屋に残されたルードが、脱力したようにカウチに沈み込む。




身体も心も、鉛のように重い。






「……今、話すつもりなのかと思ったよ。せっかく寝てるフリしててやったのに」






ベッドの上からそんな声がかかる。






「やっぱりな……そうじゃないかと思ってたぜ。……身体は大丈夫なのか」





「自分でさっき説明してたじゃないか、こんなのはまだ軽い方だって。血が足りなくて怖ろしく気分は悪いが、一晩寝れば動けるようにもなるさ」





ファウストは額に腕を乗せて、大儀そうに長く息を吐いた。



だが、よどみなく話す様子は彼が確実に回復に向かっている証と言える。





「そうか。知らなかったとはいえ、今までむやみに幻魔を消しちまって悪かった」





「そんな事はいい。それが僕達の仕事だ。それより、どういうつもりだ」





「……相変わらず地獄耳だな」





ルードもファウストにならうように目元を腕で覆う。



外界の全てを遮断するように。






「森に行く前に学院長から聞いたよ。ウェロー伯爵が帰り際に喜び勇んで報告していったらしい。本気なのか」





「本気も何も……。確かにあんな傷をつけちまったのは俺だ。向こうがそう望むなら、俺に選択の余地はない。全部抱えて生きてやる」





「うぬぼれるな。セレスは道具じゃない」





思わず腕を外すと、ルードの目に薄暗い部屋の天井がぼんやりと見える。



ついさっき、不安げに自分を見上げたセレスの顔がそこに映し出された。





こちらのほんの僅かな心の動きすら敏感に感じ取り、セレスはそれを無意識に慰めようと行動する。




あの不安そうな瞳に全てを見透かされたような気がして、胸が痛み、そして愛しさが募った。






「あの子はバエナのせいで国家に縛られ、未来の選択肢を失った。それでもルードが居るから前を向いてる。それが……」






「……俺は居る。あいつの傍に」





「はは……第二夫人として置くつもりか。それとも妾か。あの子の人としての幸せなんか、国家の前にはゴミくずみたいな物だな」





「…………」






二人の部屋に沈黙が落ちる。




いつの間にか降り始めた雨が、窓をやけに荒々しく叩いた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ