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ツインテイル§ドレイカー  作者: 花凛兎
女神の骸(むくろ)
30/56

【Ⅶ】

いつものように幻魔の森の入り口で、ルードはぼんやりと月を見上げていた。




かつてはこの白く輝く月光も、自分を嘲笑っているかのように見えたものだった。




だが今は違う。




今夜の月はどこか柔らかく、温かい。






やがて聞こえてきた、丘を下ってくる軽やかな足音にルードは振り返った。




今日はずいぶんと早くやってきたものだ。



待たされるのに慣れてしまったせいか、そんな風に思ってしまう。





――だが、足音の主はやはり彼の待ち人ではなかった。






「……森に向かうのが見えたから、追いかけてきちゃった」





「……ナディア」





歩くたびにナディアの髪が揺れて、痣が見え隠れする。



それはやはり、ルードの胸にも痛い傷跡だ。





「もう夜も更けた。森は危ないぞ。今のお前は……」




「セレスなら来ないわよ」




ナディアの淡々とした口調に、ルードが言葉を切る。





「この前、ルル教授の演習中に居眠りしちゃってね。罰としてレポート提出しなきゃならないの。それと格闘中」




「またか……あいつは全く……」




「やっぱりセレスが来るはずだったのね」





真っ直ぐな目を向けてくるナディアから、ルードはあえて逸らす事はしなかった。



サワサワと、二人の足元を少し冷えた風が撫でていく。





「……そうだ。俺はあいつを待ってた」





ナディアはルードの脇をすり抜け、森に足を踏み入れた。




「……おい、どこに行く。森は……」




「ルードがいるんだもの、大丈夫でしょ。懐かしいな、この森も……昔のままだわ」




どんどん森の奥へ入っていくナディアの後を、ルードは仕方なく着いていった。



一人置いて行く訳にもいかない。





「……あ、ほら見て。あの木、覚えてる? 」




先に見える一本の大木を指さして、ナディアは小走りに駆け出した。




「うふふ……本当に懐かしい。あの時まで、ルードは私にも心を許してくれなかったね。私も、他のあなたに近づく人たちと一緒の扱いだった」




大木を抱きしめ、ナディアが目を閉じる。



まるで、過去を再現するかのように。





ルードもそれに付き合って、自分もあの時と同じように大木の裏に立ってみた。



するとやはりナディアは、その時と同じ台詞を口にした。





「私は違うわ。私はルードがドージェの息子だから好きなんじゃない。アンフィスドレイクの宿主だから好きなんじゃない。今から証拠を見せてあげる……」




ナディアは大木の裏に回りこんできて、ルードに向かって腕を振り上げた。





「…………!」





あの時と寸分違わず、ナディアの握った短剣がルードの左目にピタリと狙いを付けている。




あの時は本気で振り下ろしてきた。


それをルードは必死で止めたものだった。




今は左目の前で止まっている彼女の腕を、ルードがそっと掴む。





「……私はルードからアンフィスが消えても変わらないわ……。アンフィスなんか私が消してあげる。そうすれば、あなたはもう誰も疑わなくて済むでしょう……?」





「……甲高い声でピーピーと騒いだっけな。あの時は本気でアンフィスを消されると思って、正直焦ったぞ」




いつのまにかルードも笑っていた。




あの時確かに、この少女は自分に最強のドレイクがいなくても、公爵の息子でなくてもかまわないのだと信じることが出来たのだった。





「優等生なわりに、けっこう無茶な事もする。そういう所も気に入った。あの時から俺は、お前を本当の妹……」





「なぜセレスなの?」





下から見上げるナディアの瞳が揺れる。





ルードは小さく息をつき、掴んでいた彼女の手首を静かに離した。




「私はあの頃から何も変わっていないわ。あの事故にあって数年、絶望はしたけれどあなたを恨んでなんかいない。それどころか、こんな骸のような姿を晒しながらも戻ってきたのはあなたが居るから……なのにどうして? どうしてあなたはセレスを待つの?」





「ナディア……、俺は」




弾かれたように、ナディアがルードから離れる。





「違う……、聞きたくない。私は妹なんかじゃないもの……。でもわかってる……ルードも昔と何ひとつ変わってない。あなたは昔から私を……」





小さく首を振って後ずさるナディアの腕を、ルードはもう一度掴んだ。





「……戻ろう。寮の下まで送る。嫌だと言っても付いていくからな」





泣き濡れた顔のナディアの手を引き、ルードは森を出る。




丘を登り、寮の入り口に続く中庭に戻る間、ナディアはうつむいたまま一言も話さなかった。





「ナディア、とにかく今夜は寝てくれ。俺も少し考えたい……」





「……ありがとうって言われたの」




今まで押し黙っていたナディアが突然つぶやいた。





「ありがとう……? 何の話だ」





「今のルードがあるのは私のお陰だと。ルードを守ってくれてありがとうって……初めて会った時、セレスが私に言ったの」




「…………!」




ナディアは顔を上げて、自分達の部屋の窓を仰ぎ見た。





「あの子はきっと、自分が何を言ったかなんて気がついてない……。私が、どうしてセレスにお礼を言われなきゃならないの? それを言われた私は、どんな顔をすれば良かったの……」





ナディアが寮に向かって踵を返す。




ルードはその背中が消えるのを待って、自分も重い胸を抱えたまま寮の自室へと戻った。





まだ夜も早い時間なのに、珍しくファウストも部屋に戻っていて、カウチでぼんやりと外を見ている。





「おかえり。待っていたんだ。学院長からの伝言があってね」





「学院長が俺に?」





いぶかしげに眉をひそめ、ファウストの言葉を待つ。




彼はごく事務的に伝言を伝えてきた。





「ウェロー伯爵が君に面会を申し入れてきたそうだ。明日の午後、談話ホールではなく、応接室に来るようにと」





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