【Ⅵ】
「あらら。そろそろ手伝ってあげようかと思ったのに、なんて完璧なレポート……。セレスったら、作文得意なんじゃない」
「……よく見て。私、そんなに字上手じゃないよ。それは、良かったら参考にしてねってナディアが……」
勉強机にかじりついたまま、セレスは力なく答えた。
何日もタイトルだけのままのレポート用紙が、そろそろペンを入れろと怒り出しそうに見える。
「へえ……ホントに万能なんだね。他の教科も休学してたとは思えないくらい完璧だし、優しいし志も高い。こう言ったらアレだけど、事故がなかったら次代を担うすごいドレイカーになってただろうな……」
飾らないドナの言葉は少々痛いが、言う事はもっともだと思う。
編入してたった数日にもかかわらず、ナディアの才と人柄は学院中の羨望の的になっていた。
特に、ドレイクの力が微弱になった今でも、できる事を探したいという彼女の姿勢が皆の共感を呼び、襟を正させたようだ。
「それで? 肝心のナディアはどこに行ったの。夕食の時は一緒にいたのに」
「ん……。たぶん、ルードのとこ」
机に向かったままのセレスの背中に、ドナは眉をひそめた。
「また? ……あ、あのさ、セレス……」
何か慰める言葉でも探そうとしてくれているドナに、セレスは笑いながら立ち上がった。
そして、クローゼットの中から、例のチョーカーを取り出す。
「話すチャンスがなかったから……。あのね、ルードがこれをくれたの。お母さんの形見なんだって。だから私、大丈夫なの」
差し出されたチョーカーを手に取り、ドナは目を丸くした。
「くれたって……これを? すご……! さすが公爵家」
「え、ドナわかるの? 古いものだから価値はないだろうって……」
「何言ってんの。あたしはドレスショップの娘なんだから、当然、装飾品の知識にも明るいわ。これひとつで、たぶんこの学院ぐらい建っちゃうわよ」
ひいいと、セレスが青くなる。
今さらながら、そんなものをもらって本当にいいのかと怖くなる。
「……って言ってもさ、そういう価値はルードには関係ないんだろうな。形見か……それじゃあ信じてあげないと失礼だよね」
スッとセレスの胸元にチョーカーをあてがって、ドナが微笑んだ。
「そうだ。もうすぐ創立記念祭じゃない。そうか、その時付けさせるつもりで渡してくれたんだよ、きっと」
「創立記念? 何か催し物があるの?」
むふふと意味ありげな笑い方をして、ドナが顔を寄せてくる。
「年に一度の創立記念祭は、派手なパーティーがあって、みんなおめかしして参加するの。……で、ここからが重要。毎年その時、幻魔の森に国のトップドレイカーが集まって結界を張りなおすの。ドージェもその一人だから必ず来るよ」
「え、そうなの。じゃあ、ルードのお父さんがどんな人か見れるんだね」
「見てどうするのよ。違うでしょ。セレスはそのチョーカーつけて、ドージェに会うの。つまり、正式にルードは父親に、あんたを未来の花嫁として紹介するつもりなのよ」
「ええっ?!」
セレスの心臓が、口から飛び出しそうなほど跳ね上がった。
続いてあり得ない速度で暴走し始める。
「そうなったらもう、誰もとやかく言わなくなるわね。ナディアの事もそれまでの辛抱だと思って多めにみてあげなさいな。そうだセレス、そのチョーカーに合うドレス持ってる? なかったらあたしの貸すわよ。実家から送らせて……」
「やっ、ちょっと待って。私、心の準備が……そ、それにまだ彼にそう言われたわけでもないし……」
その時だった。
部屋のドアの隙間から、コトンと二通の手紙が投げ入れられた。
「ん? こんな時間に手紙?」
無造作にドナが拾い上げて、宛名に目をやる。
「あたしとセレス宛だわ。差出人は……誰だろ。書いてない」
一通をセレスに差し出しながらドナが首をひねる。
真っ白な封筒の縁には、綺麗な蔦のような紋様の透かし彫りが施されている。
二人は顔を見合わせ、同時に封筒を開けた。
「……あん?」
「ああっ……これ……!」
それぞれの文面を読んだ後、泣き出してしまったセレスの頭を、驚喜のドナが掻き抱いた。




