【Ⅴ】
「なるほどの……キレといい、タイミングといい……万能少女と異名をとった昔と、なんら変わらんようじゃ。もう良いぞルナディア嬢」
ルル教授の幻影アガレスを、ナディアの盾は見事に打ち負かした。
見学のクラスメイト達からも、感嘆のうめき声が上がる。
「ありがとうございます教授。でも防御だけなんです。私のドレイクはもう攻撃にまで力が及びません」
寂しげに目を伏せナディアが微笑むと、意外にも周りから口々に援護の声が上がった。
「そんな事ないわ。大抵任務はチームを組むものでしょう? 防御が出来るなら充分ですよ。素晴らしかったわルナディアさん」
「そうよね。ルナディアさんは知識も豊富だし、参謀省や研究チームに置かれても群を抜いて活躍できるんじゃないかしら」
「誰かをかばって怪我をしたくらいですもの……正義感も人一倍だし。私たちも応援しますわ!」
あっという間にナディアの周りは人だかりができてしまった。
「みなさんありがとう……。私、あのまま家にこもりきりだったら、ドレイカーとしても人としても死んだも同然……屍のようにただ生きるだけだったかもしれないわ。戻ってきて、本当に良かった」
受け入れられるかと心配していた本人の思惑をよそに、どうやらクラスは歓迎の色が濃いようだ。
「……なんか空々しくない……? シンシア一派、ナディアに取り入るつもりなんじゃなのかな。家柄は上の上だし、何よりルードを挟んでセレスの対抗馬だしね」
演習室の隅で、ドナが小さくセレスに耳打ちする。
だがセレスはじっとうつむいたまま、何も言えなかった。
「あ……、ごめん。今のは失言だったわ。ルードは傾いたりしないもんね。ただあの子達、セレスに意地悪したくてナディアをひいきにするのかなと……」
慌ててドナは訂正したが、やはりセレスは押し黙ったまま。
「ちょっと……悪かったってば。……セレス?」
すると、ルル教授が突然こちらをギロリと睨んだ。
「それに引き換え……こりゃ、セレスティナ!」
怒声と共に、教授が幻影アガレスを差し向けた。
瞬く間にアガレスが、セレスとドナの目前にまで迫る。
「え? ちょっと……セレス、シールド! いいわ、あたしがやる!」
ドナが言い終わる前に、セレスとドナを金色のシールドが覆った。
正面から盾に衝突した幻影は、声もなく一瞬で消え去ってしまう。
「な、なんなの? 教授ったら何を怒って……」
「……ぐう」
隣から漏れたおかしな音に、ドナが固まる。
「こりゃ、セレスティナのドレイク! 授業中に居眠りをするような生徒はガブッとお仕置きなんじゃ! 勝手に守るな!」
いつのまにかバエナがまた勝手に具現化し、セレスの頭の上に乗っている。
「ん……頭重い……」
カクンと首を振り、寝ぼけたセレスが顔を上げた。
「寝てたの?! 立ったまま? 器用すぎでしょ」
「いやーね、最低」
「なんて自覚のない……全く呆れるわ」
「本当……なんであんなのをルードは……」
周囲のつぶやきにナディアの肩がピクリと振れる。
「あれが……セレスのドレイクなのね。あんなに小さいドレイクが……」
おもむろにナディアが走り出した。
「全くもう、しっかりしなさいよ。恥ずかしいじゃない!」
「ご、ごめん。なんか途中から……ところで、なんでバエナが出て来ちゃってるの?」
小首をかしげるセレスに、ナディアが駆け寄ってきた。
「すごいわ、セレスのドレイク。宿主が寝ててもちゃんと機能してくれるのね! こんなの初めて見たわ」
ナディアの笑顔につられて、セレスも曖昧に笑う。
「う、うん。私にはもったいないくらいのいい子なんだけど……」
「……ヘラヘラするでない。セレスティナは罰として、次の授業までに『ドレイク社会における自己の役割と展望についての一考察』をレポート用紙5枚にまとめて提出じゃ」
「作文?!」
「レポートじゃ! バカたれが」
授業終了の鐘が鳴る。
情けない顔でセレスは、悠々と演習室を出て行くルル教授を見送ったのだった。




