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ツインテイル§ドレイカー  作者: 花凛兎
キスの温度
23/56

【Ⅶ】

部屋に居てもどうにも落ち着かず、半ば衝動的にセレスは森に入ってしまった。




あの緑の隠れ処ならこのざわついた心をきっと鎮めてくれる……落ち着いて考え事もできるだろう、そう思えた。





『一人で森に行くな』

とは言われているものの、防御のシールドを出したまま進めば行けるような気もしたし、少しは成長していると証明したい思いもある。






(……私……何やってるんだろう……)





ポツンと、胸に苦いものが落ちる。




ファウストが話してくれた事件の真相は、以前ドナから聞いた噂とはかけ離れていた。



噂では、アンフィスの暴走に、罪のない二人の生徒が巻き込まれた……そういう印象だ。



だが現実は、一人に対しては正当防衛に当たるのではないか。


そしてもう一人は……。




(ルードをかばってあんな酷い怪我を……。それなのに私ったら……)




あの時、彼女とルードの再会のキスにすくむような嫌悪感を抱いた自分が情けない。




ファウストは、当時ルードは彼女を妹のように可愛がっていたと言った。


ルードが心を許していた、数少ない人間の一人だとも。



そんな彼女に心ならずも大怪我をさせ、四年近くも許されていないと思いつめていたのだ。


誤解が解け、再会を果たしたルードはどんなにか嬉しかっただろう。





「それなのに、つまんないヤキモチなんかやいちゃって。 私、最低!」




思わず声に出すと、出していたシールドまでが光を増す。




その盾に、どこからかアガレスが飛びついてきてギャンと叫んで消えてしまった。





「あ……、もうだいぶ居なくなったと思ってたのに」





目的の場所まで、あともう少し。




意外にも襲われたのは森の入り口付近だけで、後は静かなものだ。




「私……やっぱりもっと成長しなくちゃだめだな。ドレイカーとしても、人としても……」






一人肩を落とし、ため息をつくと、背後から草を踏む音が聞こえた。






「……セレス!」





思わず振り返ると、驚きでシールドが弾けて消える。






「ルー……」




「一人でシールドの練習でもしてたのか。全く、熱心だな」




苦笑いをしながら、ルードが軽い足取りで駆けて来る。





「え、えと……あの……」





「ちょっと話があって……、追っかけてきたんだ」





目の前に立ったルードが、いきなりセレスを抱きすくめた。





「…………!」






「ずっとこうしたかった……」





耳元でルードの声が優しく響く。




いきなりの展開にセレスは硬直し、その間にもルードの手は狂おしそうに背中をまさぐり、やがて腰を強く引き寄せる。





「セレス……愛してるよ。お前も俺を愛している。全部わかってるんだ……」





「私……!」




たまらず漏らした言葉の先を、ルードが突然唇で塞いだ。




同時に何かの甘い香りが辺りに立ち込める。





「!!」






セレスがルードの顔を片手でわしづかみ、唇から引き剥がした。








「……我は全てのドレイクを統べる者。アンフィスバエナの半身。貴様らごときのまやかしに謀られると思うたか。……ましてや」





押し殺したようなセレスの言葉に、目を見開いたままのルードの輪郭がユラユラと霧のようにたゆたい始める。




セレスは逃すかとばかりに、その顔をさらにギリッと掴んだ。



その手に震えるほどの怒りと嫌悪のエフェクトが満ちる――。






「我が、我のアンフィスを見間違う道理はない!侮るな!」





『だめえっ! やめてバエナ!』





ピクリと手が振れ、膨張したエフェクトが急速に引いていく。





次の瞬間、ルードの幻影が逃げるように霧となって霧散した。






空っぽになった手のひらを見つめ、瞬時にセレスに取って代わったバエナが小さく息を吐き出す。





「……悪かった。ここで幻魔を消滅させてはいけないのだったな。だがセレスも気づいていただろう。あれがルドセブではなく、夢魔だと」






『……ごめん』





小さく小さく、胸の中のセレスがつぶやいた。





頭を垂れ、固く膝を抱えたようなその姿がバエナには見えるようだ。





「どうして。知っていながら、どうしてすぐに払おうとしなかった?」





『………』






また言葉にはしてこない。




そうはしなくても、「恥じている、情けない」そんな心がバエナには丸わかりだというのに。





「あのなぁ……」





バエナはイライラと額を擦った。



「バカだろお前! もう少しで、完全に術にはまるところだった。見た目はルドセブでも実際は違うのだから、煮ようが焼こうが関係ないだろう!」





『そうだけど! わかってるけど! ……だって、ルードなんだもん。声も、姿も、ルードそのままで……。そんなのにあんな事言われたら、わかっててもなんか迷うし……傷つけたくなかったの!』





「あほう! 連中はセレスの記憶から幻影を作るのだから、そっくりで当然だ。まんまと奴らの思う壺ではないか!」





『だからごめんって言ってるじゃない! なんか他の追っ払う方法を考えてたら……、うわーん! ホントにごめん……』





胸の中でわんわん泣かれるというのは、うっとうしいものだ。




しかも、もともと同調しやすいのだから、バエナの方とて情けなくて泣きたくなってくる。




それでもバエナは胸にそっと手を置き、様々な葛藤に心を痛める宿主に、静かに語りかけた。






「セレス……お前は本当に物事のうわべだけしか見ないのだな。目に見えるもの、聞こえるものしか信じられない」





心の中の泣き声がピタリと止んだ。





「あのまま夢魔に喰われ……、この森で倒れてるのをルドセブが見つけたらどう思う」





泣き声は止んだが、今度は急激にうろたえ始めた。




それもまたうっとおしいが、仕方がない。




そんな人間に惹き寄せられ、宿主に選んだのは自分なのだから。




「きっと悲しんで傷ついて……あの場所を教えた自分を責めるだろうな。そうさせるのはセレスだ。そこには気が回らなかったのか」





次は反省の色が濃くなってきた。



単純というか素直というか、そこもまた愛おしい。






「ルドセブの事だからいつまでも尾を引くだろう。その自責の念でがんじがらめになって……。あ、もしかしてそこを狙ったのか? あのルナディアとか言う娘のようにそれでルドセブを縛りたかった……」





そこで一気にセレスの感情が膨れ上がった。





「そんな事考えてない! そんな思いで傍にいてもらったって嬉しくないわ!」






セレスが拳を握り締めて声を上げる。





森の木々の間を、その声の余韻が反響していった。






『……単純ここに極まれり、だな。もう、目が覚めただろ』





バエナが胸の中で優しく囁く。




いつのまにか二人は、本来あるべき鞘に戻っていた。



「あ……わざとあんな事言ったのね、バエナ」





セレスは自分の握った拳をゆっくりと開いた。




そしてため息と共に天を仰ぐ。





『……なあセレス。我らに言葉がないのは、そんな物なくても意思を感じとれるから。人も根っこの所は同じだ。いくら言葉で飾っても、心をこらせば悪意は感じ取れるし、逆も然り(しかり)』





「バエナ……」





『確かに言葉には心が宿っている。でも言葉だけじゃない。目にも、仕草にも、人の心は溢れている。それを真っ直ぐに感じて、信じてごらん。それが全ての答えなんだ。こんな言葉も、本当は我らの間には要らないな』





「うん……。わかってる。ごめんねバエナ、心配かけて。それに……」





『うん?』





セレスはぎゅっと胸を押さえ、あえて口に出さずに言った。





(イライラさせちゃって)






(……ほら、わかってるじゃないか)





そうバエナが笑って答えたのも、言葉ではなかった。






感じ取れる。



確かに、全部おぼろげには感じていた。




でもそれが信じられないだけなのだ。





うぬぼれかもしれない。


もしくは最初に自分が言われたように、彼もアンフィスがパエナを求める心に同調しているだけじゃないか……と。





その時、ザザッと葉擦れの音が聞こえ、木々の間を縫うように必死の形相のルードが駆け寄ってくるのが見えた。






「やっ……! 今度は本物……」





「この……バカ女―――!!」





あまりの剣幕に、セレスは思わず身をすくめた。



やはり本物は登場の仕方からして全然違う。





「なにやってんだ! あれほど一人ではまだ行くなと言っておいただろう。アガレスはまだしも、これくらい奥にくると夢魔が……」




夢魔という言葉に、セレスの顔がひきつる。



それを見逃すルードではない。





「……お前。今、本物……とか言ったな。出たんだな? 何かされなかったか」





ハッと今度は青くなる。



幻魔とはいえ、一瞬唇を奪われた。




そんな自分が何かとても汚らしく思え、ルードの顔がまともに見れない。




「なにも……」




やっとそれだけ言ってうつむくと、途端に涙が滲んできた。






「…………来い」





いきなりルードが手を掴み、森の奥へと歩き出した。





「ご……ごめ……、ごめんなさ……」




なぜか謝りの言葉が口をつく。




だがそれすらも、本格的に悲しくなってしまったセレスは最後まで言えない。





黙々と歩くルードに引きずられるようについていくと、すぐに緑の隠れ処に到着してしまった。




またもやポイと中に投げ込まれ、セレスはよろよろと緑の絨毯に座り込む。





「そもそも、なんで言いつけを破ってまで森に入った」





セレスの背中にルードが聞いてきた。





「ちょっと……考え事したくて……、ここに来たかった」




背を向けたままそれだけを答える。



やっぱりルードの顔が見れない。





「ナディアの事か。あれは妹のようなもんだ。復学してきたら、出来るだけの事はしてやりたいと思ってる。それは理解してくれ」




「もちろんだよ! 私はそんな……、だってルードを守ってくれた……」




思わず振り返ると、濡れたような黒い瞳が見つめている。


慌ててまたうつむいて、涙と一緒に唇も拭った。





「……なら、次の質問だ。夢魔は俺に化けて現れたんだな? ……キスでもされたか」




ビクッと身体が跳ねる。



たまらず、セレスは泣きながら唇を何度も何度も拭った。





「ああもう、やめとけ。口が取れちまうぞ。だから言っただろう、一人じゃまだ無理だって」





ルードが前に回りこんできて、セレスの腕を掴む。





「見ないで……、私、今きっと汚い顔してる……! 取れちゃってもいい……私、夢魔だってわかってたのに……。取っちゃいたい……取り替えたい……」







「わかった。取り替えてやるから」






セレスの両腕を掴んだまま、ルードはその擦りすぎて赤くなった唇にキスをした。





「…………」





ピタリとおとなしくなったセレスの腕から手を離し、次は自分の胸の中に押し込む。





「……ほら、これでいいだろ?俺は本物だから、もう新しくなった。それから……たぶんな、今度、俺の前に夢魔が出てくる時は、お前の姿だと思うぞ」






「…………」





耳元で囁かれる言葉が理解できない。




と言うより、今のセレスの頭の中は真っ白になっている。




「アンフィスとパエナは、互いに出会えるまでは本来の自分を確立できなかった。でも人間は逆なんだな。出会ってしまってからの方が、心が乱れて自分を保てなくなる……」






「…………」






「……お前……、俺の話、理解できてるか?」







「…………ふぇ……?」






「だからっ……!」






ルードは背中を抱いていた手を緩めて、今度はセレスの頬を両手で挟んだ。






「お前なんか知らなかった頃の方が、俺はずっと良かったって言ってるんだ! お前が今みたいに一人で森に行っちまったとか、木から落ちたとか、演習の最中に居眠りしてたとか、それからその、むやみにファウストに抱きついたりとかだな! いちいち見たり聞いたりする度に青くなったり、駆けつけたりムカムカしたり……いい加減しんどい!」






「えと……、それって」






「アンフィスに引きずられてる訳じゃなかったって事だ。俺が、俺自身がお前だけにこうしたいと思うんだ。いちいち承諾なんか取らないからな」







掴まれた顔が引き寄せられる。





言葉は乱暴でも、そのキスは温かく優しい。





柔らかく幾度も重ねられる唇に、セレスの胸が甘い悲鳴を上げる。







緑の繭の中、夢中で交わしたキスは心までも熱く焦がした。





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