【Ⅵ】
ルードが自室に戻ると、ファウストは窓辺のカウチに背を預け、ぼんやりと煙草を燻らせていた。
「よう、おかえり。彼女、この休暇明けから復学するんだって? 僕も今、院長室に寄ってあれこれ聞いてきたよ」
「編入試験にパスして……七年生になるそうだ。今日は院長に挨拶に来ただけらしい」
ファウストの前まで足を運び、ルードは彼のシャツの胸ポケットに手を突っ込んだ。
そこから引き出した煙草に、ファウストがライターの火を近づける。
「休学したのは四年生の時だったか? 本当なら今頃は八年生……最上級生のはずだったんだね」
何気ないその言葉で、煙草に火を移したルードの顔に苦渋が滲んだ。
「……皮肉で言ったんじゃないよ。この程度の事でいちいち反応してたら、この先やっていけないぞ。彼女への法的な償いはあの時、きちんとしてあるんだ。割り切らないと」
「わかってる。向こうもそういう事を言ってる訳じゃない。でもあの傷は……」
「確かにひどいね。あの時、ウェロー伯爵はこっちサイドの申し入れは全部断って、自分で信頼のおける医師を集めたって聞いたけど……上手くいかなかったんだね。気の毒としか言いようがない」
ルードが唇を噛んで自分の片手を見つめる。
その手をファウストが、上から叩くように掴んだ。
「もう充分、自分もアンフィスも責めただろう。これ以上はいい」
ルードが目を上げると、穏やかに微笑む蒼い瞳とぶつかった。
「これからは、彼女がちゃんとドレイクマスターとして立てるように支援してやればいい。当時はルード自身も、生意気なだけのクソガキでドレイカーとしても欠けてたからそれも難しかったけど、今ならまあ何とかなるだろう」
「褒めすぎだろ……、認めない訳じゃないけどな」
ふいと横を向いてカウチの端に腰を下ろす。
するとファウストが傍らの灰皿に煙草を押しつぶし、おもむろにルードの肩を掴んだ。
「いや、まだ褒め足りないくらいだ。今回の事はいい機会だと思うから言っておく。お前自身がいつまでもガキみたいにフワフワと半端なままじゃ、ナディアどころか誰も救えないぞ」
そのいつになく真剣な顔つきは、ゴーストという異名と正反対の優等生と呼ばれていた頃の彼を思い出させる。
「……何が言いたい」
「別に―。いい加減、意地張ってあやふやな感じを楽しんでる歳でも立場でもないんじゃないかな、と思っただけ」
昔に戻ったように見えたのは一瞬だけ。
代わりにルードが昔のように口を尖らせると、その顔にファウストは声を殺して笑った。
「……どこにいる?」
「中庭で少し君たちの事を話して……その後は、勉強するって言って部屋に戻ったよ」
「話したのか。どこまで」
「ルードが僕に隠してなければ全部。卒業間近のライアンが手っ取り早く君を手なづけようとベッドに連れ込んだ事。当時、君にいつもくっついて回ってたナディアがそれを見つけて止めに入り、君とアンフィスの拒否反応をモロに受けた事……」
思わず額に手をやって、ルードがため息をつく。
「あんたに隠し事なんてしてないが……何もそこまで詳しく……」
「知っておいた方がいいと思ったからさ。いけなかった?」
「いや……、でも部屋なら話せるのは後だな。夕食には食堂に下りてくるか……」
窓の外に向かって煙草の煙を吐き出すと、さっきまで綺麗に晴れていた空に灰色の雲が掛かりだしている。
その下の緑の一帯に目をやり、ルードが顔色を変えた。
「いや……違う、部屋じゃない。あいつ……森に居る!」




