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ツインテイル§ドレイカー  作者: 花凛兎
キスの温度
21/56

【Ⅴ】

その日の談話ホールは、朝から大変な賑わいだった。





月に一度の休暇に可愛い子供が帰ってくるのが待ち切れず、ここまで迎えに足を運んだ親達がさざめいている。





「……って言うより、一種の社交場でもあるのよね。もしくは情報交換の場。どこそこの子供は優秀らしい、とか、あそこの家は代々続いたドレイカーの家系だから親しくなっておこう、とかね」





「ドナったら……聞こえちゃうよ……」





セレスは声をひそめたが、ドナの明け透けな解説は止まらない。





「ほら、あそこの人だかり。あの真ん中にいるのは、同じクラスのシンシアのご両親よ。あの子の家もドレイカーがずっと続いてる旧家だからね。お父様はかなり上の地位にいるらしいし。みんな親しくなりたくて、挨拶の順番待ちしてるのよ」





「もう……!」





すると、その集団の脇にいた、当のシンシアがこちらに目をやり近づいてきた。



あくまでも優雅に、綺麗に巻いた黒髪を揺らしながら。





「ごきげんよう、ドナ、セレス。お二人も帰省なさるのでしょう?お迎えの方はいらっしゃらないの?」





「ええ。うちは商家ですから、みな忙しくて」





「ああ、そう言えば……お家は街の洋品店でしたわね。確か去年、創立祭で着るドレスを、お宅に注文した覚えがあるわ。クラスメートのよしみで」





おそらく、先程のドナの解説が耳に入っていたのだろう。



シンシアの見事な報復にセレスは青くなった。




だが、そんなものに動じるドナではない。





「覚えていてよ。確かあたし、胸の辺りを少し厚めに仕立ててあげてって母にこっそり頼んであげたの。クラスメートのよしみで」





シンシアの細面のこめかみがピクピクと痙攣する。



やはりドナに勝てる者など、そうはいない。






「それからね。セレスは今回は帰省しないの。今はあたしを見送りに来てくれただけ」





シンシアの険しい視線が、次はセレスに注がれる。





「あ、えと……、私は残って勉強しないと……。それに私の孤児院はかなり遠いから、帰省すると旅費がかなりかかるし……」





「ばかっ! そんなことまで言わなくてもいいのよ」





「え、なんで?」




きょとんとするセレスを、シンシアは満面の笑みで覗き込んだ。



その笑顔は、獲物を前にしたメスライオンのごとく。




「まあ……偉いわセレス。そうよね、今の成績じゃ卒業も無理ですものね」




「ちょっと……、シンシア」





「それに帰省するお金もないなんて……つくづく因果よね。どうしてセレスみたいな人にドレイクが宿ってしまったのかしら。普通に生きた方が幸せだったかもしれないわ」





「いい加減にしなさい。あなたの言ってる事はドレイクそのものを侮辱しているわ。ドレイクは貴族やお金持ちを選んで宿る訳じゃない。ドレイクはそんな事で宿主を選んだりしない!」




ドナの声に、ホールの人々も遠巻きに様子をうかがい始める。



それがかえって、シンシアを饒舌にさせた。





「そうかもしれないわ。でも現実には不自由もあるはずよ。現にルードが孤児のこの子を恋人にしてる事、お父様の公爵が知ったらなんと思うかしら」




「何ですって?」




「おそらく今回の帰省で、みんなの口からルードがドレイクを制御できるようになった事と同じくらい、世間に知れ渡るでしょうね。当然、公爵様のお耳にも入るわ。次期公爵の地位にある息子が、突発的にドレイクを宿した孤児を妻するかもしれないと思ったら難色を示されるんじゃないかしら」




ホールのざわめきが一際大きくなった。



それぞれの親達が、本人を目の前にしながら口々に声を上げる。





「公爵のご子息が……孤児を?」




「そんなどこの馬の骨ともわからない娘を……それでは公爵家の世継ぎがドレイクを保有しない可能性も……」




「彼は何を考えて……自覚が足りない……」





「そうなったら公爵家はどうなるんだ……。ただでさえ、今はドレイク堕ちで世間は落ち着かないと言うのに……」






容赦のない視線と、はばからない言葉がセレスを刺す。




今さらながら、セレスは公爵家の跡継ぎというルードの重さを突きつけられた。





「ほら……わかったでしょう、これが現実よ。いずれルードもそれに気がつくわ。だから、あまり浮かれないでセレス。甘い夢は見ないほうがいいわよ。彼にはもっと、ドレイカーを代々輩出している家系のお嬢さんの方が相応し……」




「自分のような……って言いたいの? でもおあいにく様。ルードはあなたのような高貴で、ふるまいもお口も、胸までもひっそり上品な人はタイプじゃないんですって」




「なっ……!」



顔を真っ赤にして、シンシアが唇を震わせる。




「ド、ドナ……やめて。だめだよ」




たまらずセレスはドナの袖を掴んだ。




この場にはシンシアの両親もいる。



ドナになんらかの迷惑がかかることもあるかもしれない。






「……ドレイクはこの国のいしずえ。悪しき幻魔を退ける、何よりも高貴で気高い存在」




突然耳に入った、歌うような聞き覚えのある声にホールの人々が目を上げる。






「ファウスト……!」





「ここにいる多くの方々はそれに選ばれ、同じ気高い魂を持っているはず。そんな俗人のような考えは持ち合わせていないよ」





ファウストの言葉に、周りの人々の様子が変わりだした。



大げさに何度もうなずく親も何人も目につく。





「シンシア嬢、君はセレスの覚悟を試したんだろう? 確かにルードと付き合うにはそれなりの心構えが必要だからね。君は本当に聡明で可愛い人だ」





「え……、ええ……まあ」




「さあ、そろそろお迎えの方々の入院時間が終わるよ。君も三日間、良い休暇をね」





ファウストがシンシアの背中を押すと、他の親達も次々と子供を伴ってホールを出て行く。



規律を守るのは、紳士淑女にとって当たり前のたしなみだ。



シンシアの家の者たちも、そそくさと人波に飲まれ姿を消してしまう。




潮が引くように談話ホールから人が消え、後にはセレスたち三人だけがポツリと残された。






「……なかなか面白かったよ、ドナ」





「皮肉を言わないで。悪かったわよ。あの子、前からチクチクと嫌な感じだったのよね。だからつい……、ごめんねセレス」






セレスは人々が消えていった談話ホールのドアをじっと見つめていた。




卒業したら、あのドアの向こうに行かなければならない。



今、目の当たりにした世間の風を、その時の自分は笑って受け流す事ができるのだろうか。





「……セレス? 大丈夫かい」




ファウストの声にハッと我に返り、セレスは振り返った。





「な、何が? 大丈夫だよ私。シンシアってルードが好きだったんだな―って思っただけ」




すると、ドナがパシッとセレスの顔を両手で挟んだ。




「そう。前からあの子はルードを狙ってたの。だから、あの子の言う事なんか気にしちゃダメ。ただのヤキモチなんだからね」




「う、うん……。ドナ、早く行かないと……入出時間が終わって門が閉まっちゃうよ」




「う―、心配……。いい? 三日目の朝にはあたし帰ってくるから。それまで寂しくても我慢してね。泣かないのよ」





するとドナは、いきなりセレスに音を立ててキスをした。



あまりに突然の行動に、セレスがぱちぱちとまばたきをする。





「ははは、まるで恋人だね」





「笑ってないで、この子お願いねファウスト。あなた達も学院に残るんでしょ?」





「僕とルードはここが家のようなものだからね」





肩をすくめて、ファウストがひらひらと手を振る。





「なによ、そんな追い出さなくても……。じゃあ行ってくるわね」





大きめのバスケットを握りなおし、ドナもホールのドアから家に帰っていった。




やはり少し寂しい。



いつもドナが居る、セレスの右側がやけにスースーする。





「……そんな顔するんじゃないの。僕達がいるでしょ、セレス」





「へ、平気だもん。ドナのご両親だってきっと会えるのを楽しみにしてるだろうし、ドナだって久しぶりに会いたいお友達だっているだろうし」





セレスを見下ろして微笑むファウストの蒼い目は、いつも何もかもお見通しのような色をしている。





「後でサンドイッチ持って、ピクニックにでも行こうか」




「え、ホントに? 行きた―い。でもピクニックってどこに?」





「幻魔の森に決まってるだろ」




うげえ、とセレスが声を漏らすとファウストは声を上げて笑った。





「いいじゃないか。三人ならどこだって楽しいよ。でも少し待っててくれないか。ルードに面会人が来てるらしいんだ。来客が引けたら降りてくる事になってる。ルードもそろそろ来るよ」





「みんなが居なくなってから面会……? 誰だろう……」





「たぶん、ルードの親父さんだろ。人目につくと面倒だからね」




「ええっ?! ドージェ(元首)公爵が来るの?」





少なからず、セレスも緊張する。




国を治める方と言うより、ルードの父親という事の方がなんだか意識が強い。






「……ただのオッサンだ。たまたま親が公爵だっただけの」




中庭に続く扉を押し開けて、ルードが談話ホールに入ってきた。




「相変わらずの地獄耳だねえ……」




「こんなガラ空きのホールで叫べば、外にだって聞こえるさ」




「あ、叫んでた? 私……」





照れ笑いをするセレスの鼻を、近くにやってきたルードがギュッとつまむ。



最近よくやられるおしおき(?)だ。





「い……いふぁいよ、るーろ。ふぁなしへ……」






その時、セレスの後ろでホールのドアが開く音がわずかに響いた。




いつもはなかなか離してくれないルードの指が、スッと緩む。




「もう……、乱暴だよルード……これってけっこう痛い……」





見上げると、ルードはセレスの後ろを食い入るように見つめている。



隣のファウストさえも、目を見開いてじっと佇んだまま。






(…………?)




セレスは二人の視線を追って、ゆっくりと振り返った。




同時に、それまで遠慮がちに半分ほどで止まっていたホールのドアが、静かに大きく開かれる。








「…………ルード!!」







ドアの前に立っていたのは、ルードの父親であろう男性ではなく――少女。




その少女が、長い金色の髪をなびかせて真っ直ぐに駆けて来る。





「……ルナディア……?」





呆然と名を呼んだルードを、彼女は両手を広げて抱きしめた。




思わず一歩下がって、セレスが息を飲む。





「今まで勇気がなくてごめんなさい。でも私、帰ってきたわ。あなたの居るこの場所に……」





「ナディア、お前……!」





「懐かしい……その呼び方。昔、ルードがこっちのが呼びやすいって言ってつけてくれた呼び名だね……」





ルードが震える手で彼女の髪をかき上げると、その頬から耳元、うなじまでがあらわになる。



それは傍にいたセレスの目にも飛び込んできた。





(……ひっ……!)





その頬からうなじにかけて皮膚が赤黒くただれ、本来耳があるはずの場所には小さな耳たぶらしき突起物しか見当たらない。




セレスは悲鳴を上げそうになる自分の口元を押さえ、絶句してしまった。






「ナディア、こんな……! お前がこんな事になっていたなんて……」





「何度もお見舞いに来てくれたのに会わなかったのは怒ってたんじゃないの。これをあなたに見られたくなくて……知られたくなくて……」





ナディアの潤んだ目が、真っ直ぐにルードを見上げる。



ルードもその瞳から目をそらす事はない。




「でももう平気なの。これ以上は綺麗にならないけど、私のドレイクが消えた訳じゃない。何よりこのまま一生ルードに会えなくなるなんて嫌。そう思ったら、人前に立つのも恐くなくなったの。もう私、大丈夫だから。長い間、心配かけてごめんなさい……」





ナディアが伸び上がって、ルードにキスをした。





(…………!)






ルードがナディアを抱きしめ、そのまま唇を彼女のただれた頬に移していく。





「なぜお前が謝る……。お前を、お前の人生をこんな風にしてしまって……。俺に出来る事は何でもする。すまない、ナディア……」





「ルード……」






抱き合う二人をぼんやりと見つめていると、ふいに後ろから肩を引き寄せられた。





「ファウスト……」





「おいで。中庭に出よう」





背中を押され、促されるままセレスはファウストと共にホールを後にした。





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