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ツインテイル§ドレイカー  作者: 花凛兎
キスの温度
20/56

【Ⅳ】

「午後はいつも森って……、あの場所に行くんじゃ……」





背中合わせにルードに身を寄せ、セレスは辺りの状況に息を飲んだ。




だがルードは余裕ありげに軽く首や肩を回し、その顔には不敵な笑みさえ浮かんでいる。






「だから、あそこをゴール地点にしてるんだ。今だ! シールド!!」





「は、はいっ!」





セレスとルードを囲んでいたアガレス達が、一斉に二人に向かって飛びかかってくる。





その瞬間、セレスとルードは金色のドームに覆われ、アガレスはそれに触れると同時に弾けるように消え失せた。





「チ……ッ、逃げたか。これじゃ威力が強すぎる。もっと敵の気を計って力を調節するんだ。遮断して弾くくらいでいい。俺の出る幕がないだろう」





「そ、そんな調節なんて。どうすれば……!」





「身体で覚えろ。俺達はその為にここに居るんだ。いくぞ!」





「その為? あっ……!」





ルードがセレスの手を掴んで駆け出した。




そこかしこに闇の気配が漂う森の木々が、飛ぶように後ろへ流れていく。





「相手をよく見ろ。心を澄ませてバエナを感じろ。そうすれば必ず出来る。次が来るぞ!」





見ると、前方の木の影からまたアガレスたちが次々と飛び出し、わき目も振らずこちらに向かってくる。





(よく見ろって言ったって……!)





瞬く間に迫ってくるアガレスは、まるで体中に苔を生やしたようなくすんだ緑色の犬……のよう。



気持ちの悪い存在とは思うが、よく見ると確かに以前のような恐怖は湧いてこない。





走りながら、セレスが無意識にスッと片手をあげる。




すると今度は、自分達ではなくアガレスの前に円く光るシールドが現れた。




勢いの余ったアガレスたちはその光の盾に正面からぶつかり、ギャンと声を上げて次々と後ろに跳ね返る。






「なるほど。上手いな!」





すかさずルードが、アンダースローの要領で引っくり返ったアガレスたちにエフェクトを投げ込む。



数匹のアガレスがルードの赤いエフェクトに霞むように消えていったが、そのうち一匹が慌てて踵を返した。





「あ……逃げちゃう!」




「大丈夫だ」




ルードがニヤリと笑い、遠ざかっていくアガレスにもう一度エフェクトを放つ。




赤い光の球が、右に左に方向を変えて逃げる標的の後を的確に追っていく。





「エフェクトがアガレスを追いかけてる?!」





「ホーミング(追尾)。最近、こんな事もできるのを知った」





ついにエフェクトは標的を捕らえ、最後のアガレスも他と同じように霞んで消えた。






「軌道を変えるのに多少集中しなきゃならないが、これなら遠距離の敵にも有効だ。流れ弾で人を傷つける事もない」





「すごい……」




「すごくない。確かにこういう事が出来るのは俺だけかもしれないが……」





ルードが自分の手の平をじっと見つめ、自嘲気味に笑う。





「他の奴らと違って、俺は今ごろになってやっと自分の意思でドレイクの力を使えるようになった。死にもの狂いで経験を積んで、早くアンフィスを真に使いこなせるようにならなくては」





その目は厳しく、だがどこか誇らしげにも見える。



それは、やがてこの国の治安を守る組織の長となる者の自覚であり、自負でもあるのだろう。





それに比べて、自分はどうなのか。



ドレイカ―としての意識はわずかに芽生えたものの、その力も経験も知識すらまだ本当に微々たるもの。



ルードと同じ至上のドレイクを宿し、この先彼と共に長の片割れとして立たねばならないというのに。




大きな不安と心細さにうつむいてしまったセレスの手を、ルードが再び掴んだ。





「なんて顔してる。ゴールまで一気に森を抜けるぞ。防御は任せたからな」





「ルード! ……私、大丈夫なのかな、私なんかがバエナを宿して……。頭も運動神経もそんなにいい方じゃないし、それに私もみんなよりすごく遅れをとってる……。ルードも、本当はその……不安なんじゃ……」





「お前がドンくさいと俺が不安になるのか? なんでだ」




「だ、だから……私が、えと、相棒じゃ……役不足というか……」





ふと森の奥に目を凝らして、ルードが眉をひそめた。





「……夢魔まで湧いてきやがった。おい、その答えはゴールに着いたら教えてやる。走るぞ!」




「え、ちょっ……!」



駆け出したルードに引きずられるように、セレスも森を走り抜ける。




前後左右から次々と湧いてくる幻魔たちの気配。



時には強く、時にはゆるくシールドを張り、セレスはルードが戦いやすいように考慮しながらゴールまでの道筋を確保した。





それに応えるかのように、盾に弾かれた幻魔をルードが確実に蹴散らしていく。








……やがてセレスの息が切れ、走り通しの足がもつれだした頃……先の木々の間にうっすらと緑のドームが映りはじめた――。




「おい、へばるな! 後ろからまだ来てる。このまま走って、あそこに突っ込め!」






「……はい……っ! でも……突っ込むって……」






「ああもう……めんどくせえ、こうするんだ!」





ルードがまるでエフェクトを放つように、セレスの腕を掴んで力任せに緑のドームに放り投げた。






「いやあああっ!」




顔面から突っ込むと思いきや、ドームは自ら緑の壁を押し広げてセレスを包むように中に迎え入れる。




ゴロゴロと勢い余って草の絨毯を転がると、外から夢魔たちの甲高い悲鳴が長く尾を引いて聞こえた。





「あ、勝った……のかな……? ルード……」




草の上に座り込み、肩で息をしながら外の様子をうかがっていると、ドームが再び左右に割れた。






「やれやれ。ドンくさい上に、体力もないのか」





そう言いながらも、中に入ってきたルードは楽しそうに笑っている。





「体力……は、ある方だと、思ってたんだけど……」





「息も絶え絶えじゃねえか。いいから寝てろ」





いきなりルードがセレスの額を小突いた。





「……やっ……、ちょっ……!」




今のセレスに踏ん張る体力はなく、なす術もなくコロンと後ろにひっくり返ってしまう。



……スカートなのに。





かろうじて裾は押さえたが、ここの草の上に寝転がるとなんだかとても気持ちがいい。



草の香り、ふんわりと渡る風、しっとりと柔らかい空気……。




すぐに起き上がる気になれず、セレスはそのままじっと天井を見上げていた。





「……そう言えば、最初に会った時もお前はそうしてここに寝てたな」





「うん……私も今、それを思い出してた。いきなりルードが来て苦しそうにしてて……」





「森でアンフィスが暴走してな。あの時は俺の中で大暴れしてたんだ。お前を見つけたら急におとなしくなりやがった」





「バエナを感じたのかな……」






すると、ルードがセレスと反対の向きでゴロリと草の上に寝そべった。




頭を突き合わせながら、二人で同じ緑の天井を見つめる。




「……お前がいくらドンくさくても、不安になんかならない。安心しろ」





「あ、さっきの答え……?」





セレスが寝転んだまま、身をよじって頭の先を見上げる。





「闘いでお前をアテにする気も、必要もないしな。お前は防御だけ覚えて自分の身を守ってりゃいい」





「そんな……! 私も何か……闘いじゃなくてもルードの役に立ちたいよ」





「立ってるだろ。バエナを宿してる」





「だからそれは、たまたま私にバエナが居るだけで……私じゃなくても」





ふと、目が覚めたようにセレスは言葉を切った。





「そう……だよね。重要なのはバエナだった……」





確かに覚醒したアンフィスを有した今のルードに、手助けなど要らないのかもしれない。





自分はただのバエナの入れ物であると―ー



認めたくなかった現実がセレスの胸をふさぐ。







「俺は誰も信じない」





突然、固い口調でルードがつぶやいた。





「え……?」





「ガキの頃はわからなかった。誰もが俺に親切で、周りはいつもたくさんの人間の笑顔で溢れてた。この学院に来てもそれは同じで……どいつもこいつも最強のドレイクを宿した、ドージェ(元首)の息子に取り入ろうと必死だった」





天井を見つめながら、ポツリポツリと話すルードの横顔に怒りも嘆きも感じられない。



とても、とても静かだ。





「少しずつ、世の中の事がわかるようになってくると、さすがに俺も気付き始めた。だが……認めたくなかったんだろうな。俺は俺だと言い聞かせて毎日を過ごした。それがどんなに甘かったか……ある日思い知らされた」





「ルード……」





全てを遮断するようにルードが目を閉じる。





「それでもアンフィスを宿しているのは俺だ。国にとってもその価値は大きい。覚醒を果たした今ではなおさらだ。だから俺には価値がある。……お前もそうだぞ」





目を開けて、ルードが傍らのセレスを仰ぎ見る。




黒の瞳と逆さまに見つめ合い、セレスは彼の言葉を静かに待った。





「俺は誰も信用しない。だから誰かを始終そばに置くなんて苦痛でしかない。……だか、お前が居ても別に嫌じゃないんだ。だからお前には価値がある」





「え……、そうなの? でもどうして……」




「知らん。お前は俺が誰なのか知らなかった時から、今と何も変わらない。だからかもしれないな」




目の前で黒い瞳がわずかに笑う。



それだけでセレスの胸は、こんなにも騒いでしまう。



それは確かに、何も知らなかった時から今も変わらない。






「お前、本音と建て前を使い分けるの下手くそだろ。全部顔に出るからな」





「う……」





「だから、バエナの宿主はお前でいい。どうだ、答えになったか」




「なった……それで充分。すごく、嬉しい……」





「だから……そういう顔をするな」






緑の空間に優しい風が渡る。






それきり二人は何も言わず、この場所の温かさと心地好さにまどろんでいた……。


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