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ツインテイル§ドレイカー  作者: 花凛兎
キスの温度
18/56

【Ⅱ】

「……えいっ!」





『そういう掛け声などは必要ない……』





「ん~~……」





『溜めとかも要らない』





プハッと詰めていた息を吐き出して、セレスは頬を膨らませた。





「だってバエナ……集中するとそうなっちゃうのよ」





ドナが寝静まったのを見届けて、今夜もそっと部屋を抜け出してやってきた幻魔の森。




だがここは入り口にもほど近い場所。


幻魔自体はまず出現しないが、その邪気はうっすらと感じられる。


盾のシールドを出す練習をしたいと言ったセレスにバエナが提案した場所がここだった。





『集中するのは盾を出す事じゃないだろう。敵を遮断し、守る事だ』




「それって、同じ事じゃないの?」




『違う。守る事に集中できれば、我の盾は泉から水が湧くように自然と現れる。我の盾を呼ぶ鍵、それがセレスお前だ……』





胸の中のバエナはこの上なく静かだ。


なかなか上達しないセレスに苛立っている様子はない。



あの実戦演習では盾を出せたものの、数日経った今でも力を思うように操れない。


だからこそ、こうして毎晩のように人知れず練習を重ねているのだが。






「バエナ……私には出来るって信じてるんだね」



バエナが満足そうに笑うのを感じる。




セレスは肩の力を抜き、そっと目を閉じた――。






まだらに影が漂う森の闇で、セレスの身体を包むように金色の盾が現れる。





『……ほらできた。今は何を守ろうとした……?』




「バエナ。私に何かあればバエナも消えちゃうから……そう思ったら、できた。こういう事なんだね……」




『そういう事だよ……。本当は構えも要らない。セレスと我の心が一つになれば、範囲も強度も思いのままだ』





見上げると、枝葉の隙間から月光が漏れ出している。




少し前まで、孤児院の庭から子供たちと見ていた月。



それが今は一人で、こんな風にドレイカーとしての練習をしながら幻魔が巣食う森で見上げている。



最初の頃は、度重なる大きく重い変化に戸惑ったものだが、今は違う。



バエナの覚醒を境にセレスの中でも、ドレイカーとして誰かを守る意識と責任のようなものがしっかりと根を下ろしていた。





「……バエナの盾は敵の攻撃を無効化するだけじゃなく、それを攻撃として跳ね返す事もできるようだぞ」





その声に振り返ると、森の入り口からゆっくりと人影が近づいてくる。





「……ルード?」





「元々、バエナは主に防御担当、同時に攻撃もできる。アンフィスは『攻撃は最大の防御なり』の典型らしい。……やっとできるようになったみたいだな」





「やっと……って。え? まさか私がここで練習してた事……」





セレスの盾がシャボンが弾けるように消え失せた。





「何日続くのかと、いい加減うんざりしてた。おかげで俺も寝不足だ」





「し、知ってたの? 見てたの? ここんとこずっと?!」





「当たり前だろう。俺にはお前の居場所がわかるんだぞ。こんな森で未熟なお前がウロウロしてるのを知ったら放ってもおけない」





恥ずかしさと申し訳なさが入り混じり、セレスの顔がひきつる。





「でもお前の必死な顔見てたら、怒る気も失せた。……頑張ったな」





「え……?」





ポンポンと叩くようにルードはセレスの頭を撫でた。





セレスのひきつっていた顔が、今度は真っ赤に染まる。





「でも何かする時は、先に一言俺に言え。守ってやりたくても、知らずに間に合わなかったらシャレにならん。いいな」





「うん……」





「言っておくが、盾が出せるようになっても一人で奥の隠れ処に行ってみようなんて考えるなよ。まだ無理だぞ」





「うん……」





「だから……そういう目で俺を見るな」





「うん……」





「おい、俺の話ちゃんと聞いてるか」





「うん……」





「………………」






やがて、ため息まじりにルードが指先でセレスの額を小突いた。



思わず後ろによろけて、セレスがやっと我に返る。






――未だによくわからない。



「頑張ったな」と言われて嬉しいのも、「守ってやりたくても」と言われて胸が締め付けられるように痛むのも、そしてこの人の傍で顔を見上げているだけで、こんなにも切なく心が震えるのも――。




全部、全部、本当にバエナの影響なのだろうか。




「全くこいつは……。おいアンフィス、出ていいぞ」





ルードの身体からアンフィスの巨体が、待ってましたとばかりに飛び出してくる。





『むうう……。なかなか許可が下りないので忘れられているのかと思ったぞ、ルドセブ』





「勝手に出てくればいいじゃないか。俺たちは主従関係じゃないんだ。状況判断くらいはできるだろう。今の時間、ここなら大丈夫だ」





『それはそうだが……』





『アンフィース!!』





続いてセレスの身体からもバエナが飛び出した。




嬉しそうにアンフィスの周りを螺旋を描くように飛び回り、その喜びを小さな体から溢れてさせている。






「はは。バエナは自由だな。宿主の言う事なんかあんまり聞きそうにないし」





「うん。時々、講義の授業中にも出て来て飛び回ってるの」





ルードと肩を並べて、セレスも上空で身を寄せ合うドレイクたちを見上げた。





バエナはアンフィスの耳元や口元、鼻先をいたずらについばんでいる。



それに目を細めながら、アンフィスは心地好さそうに宙にたゆたう。






「うふふ……アンフィスって普段は恐そうに見えるけど、バエナには優しいみたいだね」





「バエナはわかりやすいな。お前とよく似てる」






「あ……っ……?」





ルードの言葉が耳に入ると同時に、セレスの右目が突然熱くなった。





「お……?」





ルードも左目辺りに軽く手をやり、改めて上空を仰ぐ。






「仕方ないな……いいぞアンフィス」





「あ、バエナ。木より上に出ちゃダメだよ。学院から見えちゃう……」






次の瞬間、セレスの右とルードの左瞳が赤に染まった。






ニ体のドレイクは一瞬にして溶け合い、燃えるように輝く深紅のアンフィスバエナに変化する。


頭部は一回りほど大きくなったアンフィス。


そしてその尾はエフェクトを集めたように光るバエナの姿ーー。





「……綺麗だね」





「ああ。こうなりたくて仕方ないんだな、あいつら」





セレスの胸に広がる満ち足りた想い。


それは今のバエナの想いに他ならない。




ルードも同じ想いを感じているのか、彼の黒と赤のオッドアイは優しい色をしている。






「……ねえルード。あたしね……」





その時だった。


背後からザザッと草を踏む音が聞こえ、ルードは顔色を変えた。







「……真っ赤なドレイク……尻尾はセレスの……?」






木の陰から現れたのはナイトガウン姿の女の子。





上空を見上げ、うわごとのようにつぶやくドナにセレスとルードは息を飲んだ。




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