【Ⅰ】
彼がやっとその男と対峙出来た時、もう外は暮れかけていた。
まだ日の高い頃に使者が迎えに訪れて、目隠しをされたままかなりの時間馬車に揺られた。
同じ場所をグルグルと回っていたような感も拭い去れないが……。
到着を告げられ、手を引かれながら何かの建物の一室に通される。
ようやく目隠しを取り払われた薄暗い部屋の中で、その男は奥のデスクの前に座っていた。
意外にも若い。
「君が……ここの代表なのかね」
急に不安になって、挨拶より先にそんな言葉が出た。
「現在は私が務めております。何か不都合でも」
抑揚のない、だがどこか笑いを含んだ威圧的な声。
それもそのはず。
こんな違法取引の場で、こちらは身元全て露呈しているにもかかわらず、この男の率いるオルグ(組織)は謎のまま。
それでも、的確に客になりうる人物に当たりをつけ、オルグは巧みに誘いの手を伸ばしてくる。
彼のような立場と欲望を持った者たちに……。
「……さて、わざわざお越し頂いた上に無駄話は失礼かと。確認の為に伺います。貴殿はどのような商品をお望みでしたか? 」
オルグの男は、ガッチリとした体躯の美丈夫と言えよう。
暗い部屋の中でも、その容姿はうっすらと見て取れる。
そして、目をこらして初めて彼は気がついた。
男の背後に、闇色のドレイクが控えているのを。
「私は……、その。どうやら私に原因があるらしく……子が望めぬ……。正式な我が子が欲しい」
「ならば、国の定める正当な施設から養子縁組でもされたらいかがか」
「な、何を言う。私たちに必要なのは……」
「わかっております。確認の為に言わせて頂いただけの事。施設で事足りるなら、貴殿のような方がこのような場所に足を運ぶ訳がない」
男を睨みつけながらも、彼は力無くうなずく。
この男がたったひとつの希望だからだ。
「正式な……という事は、貴殿の奥方にご協力願わねばなりませんね。奥方ご自身はこの事をご承知で?」
「なんとか、説き伏せた……」
「実にご理解のある奥方だ。ですが、高貴な女性にはいささか荷が重い。私が言うのもおかしな話ですが……考え直す気は?」
「ない! 代々続いた当家の歴史を私の代で終わらせる訳にはいかぬ。妻も元はそういう家柄だった。そこは理解している……」
どちらかと言うと、彼よりその妻の方がこの話に飛びついた。
プライドの高い彼女は、結婚相手をその血筋で選び、
「こんなはずではなかった」
と、彼の体質を狂ったようになじったのだ。
「承知いたしました。ならば後日、奥方をお迎えに参ります。報酬の半金はその時に。残りは滞りなく全てが成就してからでけっこうです。当方は秘密厳守であり、貴殿にご迷惑をおかけする事は一切ございませんのでご安心を。もちろん、そちらが裏切らなければ……の話ですが」
暗闇の中、男の口元が皮肉に笑い、背後のドレイクがキイィとおかしな唸りを上げる。
「ま、待て。いや待ってくれ。その……大丈夫なのだろうな。本当に望むような子が……」
「奥方もそういう家柄だとおっしゃいましたね。こちらもその血筋の者を用意しますので、可能性は極めて高いかと思われます。絶対とは申せませんが」
「……君たちのオルグには、そんなに多くの血筋の者が加担しているのか……」
男と同調しているドレイクがバサッと翼を広げ、黄色い眼が燃え上がる。
「……それ以上、一言でも何か言葉を発したら、奥方の扱いに問題が生じるやもしれません」
押し殺した男の声に、彼の全身に寒気が走った。
「お引取りを。後はお任せください」
部屋にハットを目深に被った二人の人間が入ってきて、また彼に目隠しを施した。
そして、その内の一人に彼は部屋から連れ出される。
その間、彼は一言も声を漏らさなかった。
「あと二人、客人が待っております。お通ししてよろしいですか」
残った部下が、男に尋ねる。
「……次はどんな取引内容だったかな……」
男はチェアの上で天井を仰ぎ、静かに目を閉じた。
「一人は、自分の子供にドレイク保有の兆しがあるようなので、ミグレイト(移住)ではなく子供ごと今すぐ買って欲しいという女。もう一人は、簡易ドレイクが欲しいという男ですが」
「そいつら二人ともOKだ。お前が話を聞いてやれ。俺が会うまでもないだろう」
「は……? ですが……」
「手順は通例どおりだ。女は子供を受け取った後、ドレイクに襲われたように見せかけて殺せ。男の方は金額を提示して、用意してきたらドレイクは俺が入れてやる」
「了解しました」
部下が静かに部屋を下がっていく。
男が目を開けると、彼のドレイクが擦り寄ってきた。
「……なんだ。お前が殺りたかったのか? ダメだ。これで我慢しろ……」
デスクの上のペーパーナイフを取り、男は自分の人差し指に穴を空ける。
血が玉のように膨れ、やがてツッと流れ出すと、男はそれを自分のドレイクに差し出した。
「ほら……好きだろう。きっと落ち着くぞ……」
ピチャピチャと音を立てて、ドレイクが彼の指をなめる。
「もっとか……? お前がいい子にしていたらな……」
すっかり暗闇に包まれた部屋の中、闇色のドレイクはいつまでも彼の指をねぶっていた。




