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ツインテイル§ドレイカー  作者: 花凛兎
シンデレラの憂鬱
16/56

【Ⅵ】

「……それで? どういうルートでまわるんだ」





「ん―。こんなに金魚のフン引き連れてちゃねぇ。最深部までは行けないかな」






中央にセレスを置いたルードとファウストの会話が、頭の上を行き来する。





「……きゃあっ!」




横の木陰から飛びついてくるアガレスに目も向けずに手をかざし、ルードがエフェクトを放った。





「冗談だろ。そこまで行かなきゃなんも試せないぞ」





「やっ……ファウスト!」





矢継ぎ早に反対側から二対のアガレス。





「だよねぇ。なら、少し作戦が必要かな」





同じくファウストもルードとの会話を続けながら、手にした細身の剣を下から一閃する。



その剣圧に乗ったエフェクトが地走り、アガレス達はこちらに近づく事も許されないまま弾き飛ばされた。





「作戦? なんか小細工でも思いついたのか」





「ああっ! 今度は前っ! 前、前――!!」





いつのまにか、前から躍り掛かって来ていたアガレス三体。



目の前で牙の間から異臭を放つヨダレが迸り、黄色い目の洞は完全にセレスを捉えている――。





「…………っ!!」





身を固くして立ちすくむセレスの寸前で、白と赤に光るシールドに阻まれたアガレス達の姿が掻き消えた。








「……お前、さっきからうるさい」





「セレス。こんな入口付近から中央辺りに居る奴らなんかはみんな雑魚だよ。もう少し僕たちを信用してくれないかな」





左右から二枚のシールドに覆われたセレスが、恐る恐る二人に目をやる。






「だって……! いえ……すみません……」





言いたい事がない訳ではないが、守ってもらった立場で文句など言えようはずもない。





それにしても、複数の本物を前にこの二人の余裕は何なのだ。




特にルードは、今までアンフィスと通じ合えなかったとは思えない。




私だってちゃんとバエナと通じているはずなのに、ただオロオロするばっかりで――。






「ばかやろ。自分のドレイクにトロいと言われるようなお前と、俺を一緒にするな」





「なっ?! え? な、なんでルード、私の考えてる事が……あ、もしかしてバエナからアンフィスに通じて、それでルードにまで……」





「ああ?」





「考えてる事って……、セレスさっきから自分でしゃべってるよ? 複数の本物を前に……あたりから」




ルードの心底呆れた顔と、ファウストの笑いを噛み殺した顔に、胸の中のバエナが大笑いをしている。



当のセレスは泣き出したいほど恥ずかしいのに。





「……もう! ひどいよバエナ。だいたい、バエナだってちっとも動かない……」






「それだ。だからお前はダメなんだ」





「え……」





冷ややかなルードの声に、一瞬身がすくむ。





「お前はバエナが闘ってくれると思ってるだろう。そもそもそれが間違ってる。バエナに選ばれたお前が……お前自身が、バエナの力を借りて闘うんだ。守るんだ。その気にならない宿主じゃバエナだって動きようがない」





「待てルード。君のように、生まれた時からそういう教育を受けた者とセレスは違う。……焦るなよ」





ルードの肩をポンと叩いて、ファウストがセレスに向き直った。





「セレス、怖いのはわかる。だからとりあえず、盾のシールドを出せるようになってみようか」





「…………うん。出したい。……おじえでファウズド……」





「ちょ、泣かなくていいから! ああもう……」





ルードに落胆されたのがこんなにも悲しい。



そして苦しい。





ゴシゴシと腕で瞼を拭うセレスの肩を、ファウストがきつく引き寄せた。





「……いいかい? まず両腕を前に出して手を広げて」





「こう……?」





言われた通りセレスが両手を突き出す。





「そうだ。そして想像して……。今、僕たちは幻魔に囲まれてしまっている。それが一斉に……ルードに飛び掛るところを考えてごらん。……ああ、みんな。少しここで休憩しよう。セレスが盾を出せるようになるまで待ってくれないか?」





鶴の一声とばかりに、後ろの全員が少しの不平と嘲笑を交えながらもうなずく。



そして、それぞれが近くの木や草地に腰を下ろし始めた。





(しっかり……集中して、私……。えと、私たちは強そうな幻魔に囲まれて……)




皆が休む森の中央で、セレスがひとり腕を伸ばして佇む。





「……やけにあいつに過保護だな」





高木にもたれ、憮然と腕を組むルードがファウストを軽く睨む。




「そうかい? ルードほどじゃないと思うけど。まあ、少し待ってやれよ。……ほら」





ファウストがポケットから煙草を取り出し、ルードの隣で先に火を着けた。





「……待ってる間に、ひと箱なくなるかもしれないぞ」




差し出されたシガーケースから一本抜き取りくわえると、ファウストが両手でライターの火を寄せてくる。





「きゃあ……! 見てみて、あの二人……」




「いやぁん、絵になるわ―……」





女子学生の中からうっとりとしたため息が漏れる。





(……私たちは追い詰められてる……、そしたら幻魔が一斉に……ルードに……?)






「いや、たぶんそう時間は取らないと思うぞ。おまじないしてやったから」




笑いながらファウストが紫煙をくゆらす。





「まじない? そんなもので……」






「…………だめえっ! ルード!!」





その叫びと共にキュインと耳鳴りがして、セレスが金色のシールドに包まれた。







「あ……できた」




そう言ったのは誰なのか、おそらくその場にいた全員かもしれない。




「……なんで俺が呼ばれた?」





「まあいいじゃないか。でもまだだ。どうせならもう一枚、余計なものを剥いでやろう」




ニヤリと笑って、ファウストが吸いかけの煙草をついと掲げる。





「ふん……まあ、バエナがついてるからイケるとも思うが……」





「イケるさ! 過保護だなルード!!」




言うが早いか、ファウストが煙草をセレスに向かって指でピンと弾き飛ばす。




続いてルードも同じように、生徒の群れにそれを弾いた。




ふたつの煙草が弧を描いてセレスと生徒たちに向かって落ちていく。




するとそれを追うように、空間の歪みから獣のような人のような紫色の影が飛び出した。







「……みんなが!!」





セレスが大きく腕を広げると、キンと細い弦を爪弾くような高い音が森の空気に響き渡る。




それは強いエフェクトを発動させた時の響音。





一瞬にしてセレスの巨大な金色のシールドが、ルード、ファウスト、そして生徒たち全員を覆いつくした。





紫の幻魔はシールドに弾かれ地に落ちたが、すぐに体勢を立て直し、高く気味の悪いうめき声を上げている。






「……よくやった!」





「後は僕たちの仕事……と」






ファウストが地面を蹴る。



すると一体の幻魔が縄のように不自然に身体をくねらせたかと思うと、彼の顔に飛び掛ってきた。




ファウストがエフェクトを帯びた剣を瞬時に目の前で構えると、勢いの止まらないそれは自ら刃の餌食になるように吸い込まれ、真っ二つに裂けていく。





そして、すでにターゲットの前に躍り出ているルードが、拳もろとももう一体の幻魔にエフェクトを叩き込んだ。






『ギイイイイイィッ……』




『ギャギャギャギャ……!』





二体の幻魔が、霞むように森の空間に消えていく。






それは本当に一瞬の出来事。




セレスのシールドの中に居る誰もが息を飲み、教授いわく《二人の落ちこぼれゴースト》を見つめていた。






「今のは、夢魔の変化へんげする前の姿だよ。夢魔は人間の体液の全てを好む。当然、煙草に付着していた唾液なんかは大好物で、おびき寄せる時なんかは効果的なんだ。みんな覚えておくといい」




ファウストが剣を払って、生徒たちに微笑む。




そして、両手を広げたままのセレスの目の前で、黒い背中が振り返った。






「……できたじゃねえか。それでいい」






満足そうに笑うルードに、またもやセレスは泣きそうになってしまう。






「すごいわセレス! できたね、すごいシールドだったよ。やったあ!!」




後ろからドナに抱きつかれ、その途端シールドは消えうせた。





「う、うん、できた。私、自分で出せたよドナ! 今度はちゃんと記憶もある」





手を取り合って喜ぶ二人に割って入り、ファウストがセレスの頭を乱暴に撫でる。





「よしよし、おまじないが効いたね。今日はこのままシールドの練習だけに集中して。セレスのあの盾があれば、みんなを連れてもう少し奥に行っても問題ないだろう」





「はい! ファウストのおかげだね。ありがとう、私ホントに嬉しい!」





セレスがファウストの首に抱きついて跳ねる。



それでも、もう誰も冷たい目で見ることはなかった。






「……おい行くぞ。この先はそこそこの幻魔が出る。盾はこいつに任せて、それぞれ自分の戦闘をしろよ。助けてなんかやらねえからな」






ルードの独り言のようなつぶやきに、はい! と息の合った返事がこだまする。







この日の実戦演習は、ルル教授が目論んだ通りの実りある授業となったようだ。







セレスにとっても、そしてアンフィスとの連携を確認できたルードにとっても――。





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