【Ⅴ】
その頃――。
学院長はデスクの上に置かれた一通の手紙に目を落としていた。
真っ白な封筒に施された赤い封蝋。
押されているのは、大輪の薔薇を抱いたドレイクの紋章だ。
覚えのあるその紋に彼は眉をひそめる。
「いったい……?」
ひとりごちながらも、ペーパーナイフをくぐらせ紋章を割った。
中の便箋に綿々と綴られた内容に全て目を通し、彼はしばらくの間トントンと指先でデスクを叩いていた――。
「――どういう風の吹き回しかのう、落ちこぼれゴーストどもがこんな所でガン首揃えて」
そう言うルル教授は、あからさまに嬉しそうだ。
「ご挨拶ですねぇ教授。他はいいから自分の授業だけは出ろと、いつもおっしゃっているじゃありませんか」
「……あいかわらず、口の減らないババアだな……」
そっぽを向いて、ルードがボソリとつぶやく。
「聞こえとるぞルード。お前こそ、あいも変わらずふてくされた顔をしておるが……、ふふん、なんじゃそのやる気満々の格好は」
「うるさい。いい歳してやる気満々の魔女よりはましだ。俺は昼寝をしようとしてたんだぞ。それをファウストが……」
「まあまあ、二人とも。熱い抱擁はそれくらいにして、授業を始めましょうよ。森の幻魔たちも、僕達の気配に触発されて今か今かと待っているようですし」
ファウストの言葉に、生徒たち全員が息を飲んで森に目をやる。
薄暗い森は確かに、風もないのにザワザワと落ち着かなく波打っていた。
「面白くなってきたのう……と、言いたいところじゃが。お前達が居るのならワシに出番はない……そういう事だな?」
「さすがですね。お察しの通り、僕らがセレスのチームにつきますよ」
「ええっ、そうなの?!」
思わずセレスは声を上げてしまったが、ルル教授はニヤリとほくそえんで首を振った。
「いんや、セレスティナ嬢だけなどとケチな事を言うな。どうせなら全員連れて行け」
「はあっ?!」「何だって?!」
ルードとファウストの叫びが見事にシンクロする。
だがそんな抗議の声色など、教授にとっては小鳥のさえずり以下のようだ。
「よしみんな。今日はこやつらを先頭に行ってくるのじゃ。ゴーストとは言え、闘いの才は昔から抜きん出ておる。どの幻魔をどう処理するのか、また防御の具合などこやつらの全部を盗んでこい。ああ、囲まれたらお前達も闘ってよいからの」
「ちょっ……待てよ、ババア! 俺たちはそんなつもりで……」
「なんじゃ、アンフィスを少しはコントロール出切る様になったのだろう? それを確かめる為に来たんじゃろうが」
グッとルードが言葉を飲み込む。
「そうでなければ、ひねくれ者のお前がそんな真っ当な格好で授業に来るなどありえん。良かったではないか。存分に確かめて来い。そんで、それをこやつらにも見せてやれ。全くもって良い授業になる」
詰めていた息を吐き出して、ルードが背を向ける。
「……教授には敵わないよルード。諦めるんだね」
ポンとルードの肩を叩き、ファウストが耳元で囁いた。
「それに後ろを着いてくるだけなら、細かい所まではわからない。僕はそっちのフォローに徹するから」
「全く面倒な……。……おいセレス! こっちに来いっ!」
「は、はいいっ?!」
いきなりのご指名に、セレスがピョンと背筋を伸ばす。
「すみません教授。ルードは目下、このセレスティナ嬢に夢中でしてね。傍に置いておかないと心配なんだそうで。おいでセレス」
「ふむ……。好きにしろ」
ルル教授の許可が下りると、またもやクラスメートの群れから感嘆と怒りのようなものが入り混じった声が沸く。
「よっ、シンデレラ!」
そんなからかい半分の声まで混じるが、二人は全くおかまいなし。
ファウストは内に圧力を秘めた笑顔で手招きをし、ルードにいたっては『早くしろ』と怒りのドレイクのような顔が訴えている。
逆らってもムダだと悟り、セレスは足早に二人の傍に駆け寄った。
「もう……、言う事が派手すぎだよ。私、幻魔より怖い敵をいっぱい作っちゃう……」
二人の間に割って入り、ファウストに向かって小さくつぶやく。
「うん? 公然とルードの想い人って言われれば、セレス的には嬉しいかと思った」
「嬉しいわけないでしょ。……だって、ただの嘘だもん」
セレスの横顔を、ふとファウストが見つめる。
「……シンデレラはおかんむり」
ブスッとセレスの頬を、ファウストが指先で突いた。
「痛ぁいっ! や、もう爪の跡まで付いたよ!」
はははと笑いながら森に足を踏み入れるファウストを、セレスが追う。
その二人の背中を見ながら、ルードも歩きだした。
「……さっさと目ぇ覚ましやがれ」
少し遅れて、生徒達全員がわらわらと幻魔の森に入っていった。




