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ツインテイル§ドレイカー  作者: 花凛兎
シンデレラの憂鬱
14/56

【Ⅳ】

セレスが午後の講義室のドアを開けたのと、始業の鐘が鳴ったのはほぼ同時だった。




クラスメートが一斉に振り返り、セレスの姿に息を飲む。





「あ、あの…… 」





「あーーっ! よかった、来たーー!」




講義室の中ほどからドナが転がるようにやってきた。



それに続いて、他のクラスメートもわらわらとセレスに寄ってくる。





「大丈夫だった? なんか危ない事なかった?!」




「どこに連れて行かれたの? あのルードとどんなお話した? いやーん、羨ましい――」




「やはり君のドレイクに興味を持ったのかな。たぶんファウストさんから聞いたんだろうけど……」




「どっちにしても、うまくすれば現代のシンデレラガールだな。未来の公爵夫人も夢じゃないね」





「え? いえ、そんな……、えと……、そ、そう! あの人、私のドレイクが気になったみたいで。それで色々聞かれたの。校舎の裏で! それだけです!」





どもりながらもまくし立てるセレスの首根っこを、ドナがさらうように引き寄せる。




――そして耳元で囁いた。





「……本当のところは後でこっそりお部屋で聞くわ……。さあ、シンデレラ。とりあえず早く着替えて」




見透かしたようなドナの笑顔に口元がひきつる。



だが、それに上手い言い訳などすぐには浮かばず、セレスは情けない顔で小さくうなずいた。






「でもドナ、着替えるって……? この時間って体育かなんかだっけ……」





「もう、何言ってるの。みんなの格好見てごらん。……まあ、この学院ではこの授業が一般の体育みたいなものかなぁ」





そう言われて、改めてクラスメートたちの服装に目を走らせる。




一見私服に見えるが、それぞれが動きやすそうな格好で中にはグローブをしている者もちらほら。



女子にいたっては、スカートの下にスパッツやパンツのような組み合わせのキリリとした服装だ。





「えと……何が始まるの? え、あれって……!」





傍に居た男子生徒の腰の物に目が留まった。



それは間違いなく、何かの武器の鞘。





「わかった? これから幻魔の森で、本物を相手にした実戦演習があるのよ。人によっては武器を使う人もいるし。この授業では実践さながらの装備と服装で挑むの」





「ええっ?! 私、昨日の今日で……本物相手なんて無理だよ!」




「大丈夫。何人かのチームで行くし、追い払うまででいいんだから。エフェクトの加減とかタイミングなんかを直に学ぶのが目的。ほら、それっぽいのをセレスのクローゼットから選んできたから、さっさと着替えるの」





説明しながら、ドナはきびきびと講義室の隅にある更衣室へセレスを引きずっていった。



そして本人と着替えを中に押し込む。





「早くしなさいよ―。すぐにルル教授が来ちゃうわよ。教授はこの授業、大好きなんだから」





ドナが選んできてくれたのは、袖のないワンピース。



それにはやはりスパッツと、肘まで伸びる長いグローブが添えられている。





「あ、そのグローブはあたしのだけどセレスにあげるね。まだいくつもあるから」





更衣室の外からドナの声がかかる。




彼女は本当に全てにおいて行き届いている。



しかも親切で明るい人柄は、クラスの中でも信頼が厚いようだ。




そんなドナと同室になったセレスはまさに幸運と言えよう。



彼女がセレスをよく面倒みてくれるおかげで、クラスメートも自然とセレスを受け入れてくれるようになったのかもしれない。





『うむ。確かに良い娘だな。我も気に入った。それに心配するな、セレスのドレイクはこのバエナ様だぞ。お前に怪我など、髪の毛一筋も付けさせない』




胸に直接語りかけてくるバエナ。



少しその感覚にも慣れてきたような気がする。





(本当に大丈夫? 追い払うだけなんだってよ。やっつけちゃダメなんだからね。ああ、でもどうすれば私、バエナの力を使えるの?)





『うろたえるなと言うに。防御なら防御、攻撃なら攻撃の気で、手をかざせばいい。加減は我がする』





「説明がシンプル過ぎだってば!」





思わず声にして叫んでしまう。



やはりまだまだ慣れてはいないようだ。






「セレス! ルル教授が来たよ。早く出て!」




慌てて飛び出して、後ろ手にドアをバタンと閉める。





講義室の出入り口から現れたルル教授がギロリとこちらを睨んだ。



ひきつった作り笑いで、セレスとドナがそれに応える。





「……うむ。みな準備はよいようじゃな。ではさっそく参ろうか。……ときに、そこのセレスティナ!」





「はいいっ!?」





杖でビシッと指し示され、セレスが硬直する。





「お前さんのドレイクは未だ未知数で、吉と出るか凶と出るかわからん。今日は、そのドナウ嬢とワシがチームメイトとして付く。他の者はいつも通りのチームを組むように」





返事をするクラスメートも、少しだけ緊張の面持ちだ。



やはり本物相手の実践となると、多少なりともいつもよりは厳しいものになるのだろう。





「やった。あたしもセレスと組めるんだ。なんか楽しみ」





心底楽しそうに笑顔を向けるドナは、どうやら腕に覚えがあるらしい。




「ドナ……私、迷惑かけないように頑張るから。ああ、でももし……」





「大丈夫だって。ルル教授も一緒だもん。心配ないない。さ、行くよ」





ぞろぞろと講義室を出て行くクラスメートに続いて、ドナがセレスの手を引く。




何かにつけて手を引かれてばかりのセレス。




胸の中でバエナが


『……やっぱりトロくさい……』


と、つぶやいた。







学舎を出て、幻魔の森に続く丘を下っている間に、セレスの不安は最高潮に膨れ上がっていた。




なにしろ、まだ自分の意思でバエナの力を使った事がない上に、どこまで教授やクラスメートにその力を示していいのかもわからない。




だがバエナはやけに落ち着いている……と言うより、なんだか心待ちにしているのがわかる。





(ちょっとバエナ……なにワクワクしてるのよ……)





『お、だいぶ我の心情がわかるようになったな。だって本物なんだろう? 相手にするのは久しぶりだからな―。それに、我がセレスの右目から出さえしなけりゃ、周りの連中は何もおかしいとは思うまい』





(え? そういえばいつも右目から出てくるね。それもみんなに知られちゃまずいの?)





『瞳を糧にするのは、アンフィスだけと知られているからな。実際はアンフィスは宿主の左目、我は右目を糧とする』






(そうだ……ルードの左目が時々赤くなるのはアンフィスの力のせいだったの? ……え?って事はもしかして私の右目も……)





『うむ。我が力を使えば、赤くなる。今まで気が付かなかったのか。それだけは周りに悟られないように気をつけろ。アンフィス以外のドレイクが瞳を糧にするのが知れれば、いらん探りを入れる輩も出てこよう』




(難しいよ――! ドナだって教授だって近くにいるのに……。でもバエナ、糧にするって……どういう事なの?)






すると、バエナの心がふと曇り、困ったような色を持った。





『そうか、それすらも知らぬのか……。セレス、あの老教授を見てみろ』





(ルル教授を?)





クラスメート達に囲まれながら先を行くルル教授は、老体とは思えないほどカクシャクとしている。




ただ、杖を頼りに右足を引きずってはいるが。





『それだ。おそらく彼女のドレイクはあの右足を糧にしている。糧とは我らドレイクが人に宿る為に吸収するエネルギーとでも言うか。それは様々で、ドレイクによって糧は異なる。脚力、聴力や声……。あの教授は長くドレイクに脚力を吸収され、その力がわずかになってしまったのだろう』





(え……、じゃあ私も歳をとったら……)





『すまぬな。おそらく右目は見えなくなろう……』





胸の中で、バエナが静かにうつむく。




それは初めて聞く、ドレイクと宿主との誓約。





(そうか……そういうリスクもあるから、国はドレイクマスターに手厚い恩恵を計らうんだね)





『まあ……そうだろうな。だが我らとて、こればかりはどうしようもない。糧がなければ主に宿る事はできないし……そういう存在なのだから』






(別にいいよ。右目くらい。それでバエナが私に居てくれるなら、安いもんよ)





なんだか誇らしい。



無敵と自称するバエナも、自分のこの瞳がなければ存在できない。



この瞳ひとつで、人々を守る守護神を具現化できるなら、本当に安いものだとセレスは感じた。






『そうか……』






(それに、ルードもいずれは左目が見えなくなるんだよね? ルードと同じなら、やっぱり私かまわない)





『おい、こら。一番の理由はそこか』





胸の中のバエナがクスクスと笑う。




セレスもなんだか急に照れくさくなって、えへへと笑った。






「なぁに、セレス。ニヤニヤしちゃって」




隣のドナがいぶかしげに覗き込んでくる。






「あ、ううん。なんでもない。思い出し笑い……かな。うふふ……」





「変な子ね」





つられたようにドナまで笑ったその時、前を行くクラスメートたちから波のようなざわめきが広がってきた。







「……おお? なんじゃ、あやつら……」




ルル教授までもが不思議そうに声を上げる。





全員が目をこらすのは、幻魔の森の入り口に佇む二つの影。





一人は白いロングコートのような戦闘服で、腰には細身の長剣の鞘。





もう一人は肩の開いた、身体にフィットした黒い戦闘服。



腕にはしっかりグローブを着けている。







「ええ? もしかして演習に参加するつもりなんじゃないの?」





ドナが興奮した様子でつぶやいたが、セレスは驚きのあまり声が出ない。




反対に胸の内のバエナはテンションマックスだ。







「ルード……、ファウスト……?」





みんなのざわめきに気が付いたのか、ファウストは相変わらずの余裕の微笑みで振り返り、ルードもチラリとこちらを見た。






これ以上はないといった、仏頂面で――。




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