【Ⅱ】
「ちょっと……なんなのよこれ」
「はあ……。えっと、その……」
言いよどむセレスの周りを、ちょろちょろぱたぱたと小さな朱色のドレイクが飛び回っている。
ドナに案内されてやってきた一限目の講義室。
セレスは何列にも連なる講義椅子の最後尾にちょこんと座り、目の前で仁王立ちになっているドナを上目遣いに見た。
当然、クラスメイトたちも目を見張りながら、セレスの周りにわらわらと寄ってくる。
「これは……」
「昨日呼び起こされたばかりで、もう具現化までとは……」
「それにしても……」
「みんなちょっと待って。とりあえずみんなが一番言いたい事を、ルームメイトのあたしが代表して言わせてもらうわ」
ドナがこめかみを押さえて首を振る。
そしておもむろにプッと吹き出した。
「……なにこれ、小っさ! セレスのドレイク小っちゃーい! 昨日はあんな暴れ方したのに本体はこんなに可愛いの? あっはははは!」
周囲からもどっと笑い声が上がる。
その反応にセレスは心底ほっとして、秘かに胸を撫で下ろした。
『ほら、別に外に出たって大丈夫だろ。それよりアンフィスは? アンフィスに会いたい。会わせろーーっ!』
セレスの胸の中でバエナの言葉がこだまする。
宿主のセレスだけにしか感じ取れない言葉だそうだが、慣れない上にこうピーピーと騒がれてはたまったものではない。
しかもこんな風に、勝手に具現化して出てきてしまうなんて。
『朝ごはんの時に食堂で会えるって言ったくせに! あいつ来なかったじゃないか。嘘つきセレス、うーそーつーきー!』
「だってそう思ったんだも……、ちょっとやめてよ、痛いったら!」
髪をついばんで抗議するバエナを両手で捕まえ、セレスは大きくため息をついた。
こんな調子で大丈夫なんだろうか。
バエナとアンフィスの関係は絶対に知られてはいけない。
昨夜、セレスとルードにそう言い渡したのは当のバエナたちだった。
今でもまだ、実感が湧かない。
この小さくて、一見可愛らしいバエナが国家最強のドレイクの片割れとは。
しかもその宿主が自分だなんて、まるで世界がひっくり返ってしまったかのよう。
さらに様々な政治的要素もあいまって、真相は公にできない。
そして……、あのルードのドレイク、アンフィスがバエナの片割れである事も。
全てを知った時のルードの顔が、今もセレスの胸の内に焼きついている――。
「――じゃあ……今やっと、お前は完全に覚醒を果たしたのか。もう俺の声が届くんだな、アンフィス!」
夜空に紅く光るドレイクに、ルードが問いかけた。
セレスも彼の隣で、二体の仲睦まじいドレイクを仰ぐ。
『その通りだ、ルドセブ。おそらく今まで苦労をかけたのだろう……すまなかったな。だがこればかりは仕方のない事。我はバエナに会えるまでは欠片に過ぎん』
『我も同じく。アンフィスの存在なくしては、成り立たん。我らは唯一無二のつがいのドレイク、アンフィスバエナ……』
そう言葉を紡いだのは、今はアンフィスの尾に成り代わったバエナの方だ。
「私のドレイク……バエナが、この国最強のアンフィスバエナの片割れ……」
あまりに唐突で、国家にすら大きく波紋を投げかける事実にセレスは立ちすくんだ。
思考がとても追いつかず、今はただ夜空に悠然と舞う最強のドレイクを見つめる事しかできない。
すると、アンフィスバエナがバチッと弾けるように再び二体に分かれた。
『セレス――!』
小さなバエナがセレスに向かって滑空してくる。
そして小鳥のようにセレスの周囲をパタパタと回り始めた。
『セレスセレス! 我はセレスを選んでこの身を宿した。心配などいらぬ。お前と我も、唯一無二の繋がりがある。ボーっとしてないで、早く我に相応しいマスターになれ。お前は全てにおいて、ちとトロいぞ』
「トロ……!」
そして、アンフィスもルードに向かって降りてくる。
アンフィスは地面に降り立つと、ルードの前でうやうやしく頭を垂れた。
『ルドセブ。我も偶然ではない。お前を選んでこの身を宿した。完全なる覚醒を果たした今より、我は忠実なる友としてお前に全てを預けよう。それがドレイクの使命とこの世に現れた意味だ』
しばらく黙ったままアンフィスを見つめていたルードが、ゆっくりと片手を上げた。
「……そうか」
それだけをつぶやいて、アンフィスの鼻先をそっと撫でる。
その時のルードは、わずかに微笑んだように見えた。




