その整備士、実は元エースでした
「主任! どこですか! またサボりですか!」
部下が俺を探しているようだが、ちょっとぐらい休憩してもいいんじゃないのか?
そう、1時間や2時間ぐらい。
吹き抜けの廊下にあるベンチでタバコをふかし濁った空を見上げる。窓越しに見える空は灰色だった。
最近の大気汚染がかなり酷い。
特殊スーツがなければ外にでられないほどだ。
まぁだから、職場から離れなれないというのもある。
ああ、どこか遠くの島で隔離生活を送りたい。青い空。白い雲。波が煌めく海。
憧れじゃないか。
「ヴェルディル整備士。こちらにいらっしゃいましたか」
「おや? ハイワーズ操縦士、お疲れさん。3日ぶりの帰還か?」
近づきながら、俺に声をかけてきたのは白色のピッチピチの搭乗スーツに身を包んだハイワーズ操縦士だ。
豊満な身体のラインが丸わかりなので、いつも視線のやり場に困る。
「今回は流石に死ぬかと思いました。ちょっと機体が壊れてしまったので、直していただけませんか?」
前かがみになって、金髪を耳にかけながら頼んでくるハイワーズ操縦士。
こういう頼み方をしてくるときはちょっとじゃないことが多い。
「はぁ〜。どこを壊したんだ?」
視線を斜め上に向けて、タバコの煙を吐き出しながら言った。
「右足をちょっとと、右手をちょっと」
だから近い。
右側が大破か……無いな。
「修理は無理かもしれんな」
「そんなぁ〜そこをなんとかお願いします!」
だから近いって!
肩を押してハイワーズ操縦士を遠ざける。
「いくら整備士でも部品がなければ修理はできん。上にかけあって新しい機体を用意してもらったほうが早いだろう」
「今月は、もう2機も部隊に新しい機体を導入しているからこれ以上は駄目だって言われているのです! お願いします! 操縦士から外されるのは嫌です!」
はぁ〜オッサンに抱きついても、ないもんはない。40過ぎのオッサンに媚を売っても出てはこない。
そっちも切実なのはわかるが、最近は部品の供給が滞ることも多い。
「あ――――! 主任! こんなところでいちゃついていないで、仕事に戻ってください!」
部下に見つかってしまった。
あと、全くいちゃついていない。
見ろ。俺はタバコしか持ってないぞ!
「はぁ〜、スクラップ置き場から使えそうなのを探してきてみるが、以前と同じように動くとは思わないでくれ」
「ヴェルディル整備士! ありがとうございます!」
おっさんの頬にチュッと口づけをして去っていくハイワーズ操縦士。オッサンに媚を売っても何もならないぞ。
重い腰を上げて視線だけでハイワーズ操縦士を見送るが、何度見てもエロいなあの搭乗スーツ。
あのスーツを考案したヤツの変態性が窺えるというものだ。
で、こうやって部下から変態を見る目を向けられるだろう? 以前のもっさりとした搭乗スーツで良かったのではないのか?
「主任。戻りますよ」
「はいはい」
今日は徹夜だなぁと思いながら、職場に戻っていったのだった。
「これはまた派手にやられたな」
俺の目の前には人型戦闘兵器である『アスラ5088』がある。仕事場の整備工場の建物の天井近くまである大きさの機体だ。
人がその中央のコックピットに搭乗し操作して、敵と戦うというものなのだが……。白い機体の右腕と右足がないだろうということは、先程の話から想定済みだったが、強引にコックピットをこじ開けたのか開閉部分がなかった。
おそらく開閉部分が歪むほどの衝撃があり、開かなくなったのだろう。
「これだと、コックピットを取り出さないと駄目だな」
「主任。どこから手をつけるっすか?」
油で汚れた整備服を着た部下が聞いてきたが、その前にそれはいつから着ているやつなんだ?
白い機体に油がつくから定期的に着替えろと言っていたはずだが。
「そうだな。フェス、取り敢えずシャワーをあびて着替えてこい。そのあと仮眠しろ。その間に俺は部品調達だ」
「えーめんどいっす」
「おい! フェス、遠回りにくせーって主任に言われているんだよ」
「そうよ。くさいのよ!」
「酷いっす。俺臭くないっす」
臭くないと言って自分で匂いを嗅いでいるが、たいがい自分の匂いなんてわからないものだ。
整備工場から追い出される部下。
ここにいる者は、ここ数ヶ月まともに家に帰れていない者ばかりだ。
いくつか整備工場があるが、すべてがフル回転状態だと聞いている。
何年も続く戦争に、物資の補給もままならなくなっている。いつまで続くのかという状態だ。
「さて、第一班は右側の外装の取り外し、第二班はコックピットの取り外しだ。第三班から五班はついてこい」
そう言って俺は工場の外を指し示したのだった。
「うひゃ! これ最新式の動力部じゃないですか!」
「足……足……アスラの左足発見!」
「必要なのは右足のほうだ! しかしそれも持って帰ろう」
「旧式マルスの推進機関発見!」
「それ暴れ馬といって廃棄されたタイプだろう」
はしゃいでいるな。
ここはスクラップを集めたゴミ処理施設だ。
ここには動かなくなった機体や、壊れた部分などを廃棄している。
その中で全身を外出用の特殊スーツで覆った者たちが蟻のように群がっていた。
遠くを見ればドーム状の壁に覆われた都市が見えるが、ここにはあのように人を外気から守る壁はない。
だから、保護スーツを身につけなければ、我々は数十分で粘膜から血を吹き出していることだろう。
「主任! お願いします!」
いくつか印をつけられた部品がある。
俺は作業用重機を使って運搬用トレーラーに積んでいった。
作業用重機と言っても、無骨な古い機体の使いまわしで、腕を掴みやすいカニのハサミのような形状に改良したものだ。
そのコックピット内に俺はいるのだ。中は狭く搭乗席の周りに色々なレバーや計器、そしてモニターなどがある。
外の景色を見ているのは、前面に映し出されたモニターの映像頼りということだ。
機体の墓場と言っていい場所を歩き回る。そして使えそうな部品を回収し、トレーラーに積んでいく。これの繰り返しだ。
古い機体のゆえ、操作をするレバーにクセがあって扱いにくい。
昔は最新式と言われ多くの者たちを乗せていた機体だが、今では動いている機体はこれだけではないのだろうか。
因みに整備士は動作確認のため、どのような機体にでも乗れるように許可されている。
まぁ、だから古い機体にも乗れるというものだ。
その時スピーカーから爆音が聞こえてきた。
そしてキーンと甲高い推進機関の音も拾ってきている。
かなり近いところで戦闘を行っているようだ。
ここは戦闘区域外のはずなのだが。
「第三班から第五班は切り上げてトレーラーに乗り込め、速やかに帰還する!」
部品を探している者たちに撤収命令を出すと同時に、普段は使わないレーダー機能をオンにしていく。
動力機関に負荷をかけないために、使わない機能はオフにしているのだ。
六時方向から5機の機体が近づいてきている。機体の種別の更新をしていないため、どこの何の機体がこちらに来ているのかわからないが、1機を追いかける4機ということだろう。
「主任! 乗り込み完了しました!」
「先に出発しろ、後ろから俺はついていく」
「了解しました!」
大型トレーラーに全員が乗り込んだので、低いエンジン音を響かせながら動き出したのを確認し、俺の旧式の機体を修理工場の方に方向転換する。
しかし、あの逃げている機体……修理工場のほうに向かってきていないか?
敵を引き連れてくるとか勘弁してくれ。
くるなら、敵を置いていってくれよ。
俺はレーダーを確認しながら、焦りを感じていた。トレーラーと飛行する戦闘兵器。どちらが早いか。
もちろん飛ぶほうが早い。
これは廃棄場を出たところで足止めをすべきか?
しかし1対4など分が悪すぎるだろう。こっちは何も武器を持っていない旧式のマルスだぞ。それもアームがカニの手だ。
どうしようか迷っていると、外部通信が入ってきた。
『ザッザザザー……た……ザザッ……助けてくださーい。ヴェルディルさーん』
……凄く知っているような声がスピーカーから聞こえてきた。気の所為だ。きっと気の所為だ。
名指しされるとかありえんだろう。
『武器弾薬がなくなっちゃってー! このままだと死んじゃいますー!』
「ちっ!」
『舌打ちー!』
気の所為ではなかった。
何故にここに来た! ここは修理工場が集まっているところだ。戦闘機体は部隊の駐屯地に戻れ!
はぁ……来てしまったのは仕方がない。部隊の隊長に引き渡して懲罰を受けろ。
「高度を下げろ地面ギリギリを抜けろ。あとトレーラーの護衛だ」
「はい! 了解しました!」
はぁ……ため息しかでない。
機体の動きを止め、後ろを振り返る。
モニターに映るほどまでに近づいていた。
あれ、最新式のアドバン8119じゃないのか?
後ろについている4機は、見たことがないな。帝国軍の機体だろうということしかわからない。
地面ギリギリで通り抜けるアドバン機。そのすぐ背後に漆黒の機体が4機が追随している。蟹挟みを掲げ、カニが威嚇しているような形でとどまる。
これカッコ悪いよな。
そして推進機関をフルスロットに上げた。
内臓が外に飛び出るかと思うほどの重力がかかり、すれ違いざまに2機の背後につけられた推進機関を切り取る。
更に後方についていた2機はその直後に進路を変え上昇した。
だが、暴れ馬と揶揄られたマルス機からすれば遅い。1機に追いつき後方からコツンと小突いてやる。そしてそのまますり抜けた。
あ、敵機の足が取れて、きりもみ回転をしながら地面に落ちていっている。
それを確認しながら、もう1機に追いつき動力部を背後からカニバサミで突き刺す。
すぐに離脱しトレーラーが走っているほうに進路を変えた。背後で起こる爆発。
その衝撃波に機体がガタガタと揺れ……違うなモニターの画面がエラーコードに占領され始めた。
推進機関がイカれたか。
この機体の欠点は持続性がないということだ。出力はいいのだが、他の部分が耐えきれない。
結局、荷物運びがちょうどいい感じなのだ。
はぁ、なんだか凄く疲れた。オッサンに戦わせるなよ。
こうして、なんとか部品を持ち帰ることができたのだった。
「あー……腰がいてー。2時間ぐらい休んでいいか?」
無骨な機体のコックピットから降りて、腰を伸ばす。
やっぱりオッサンに戦闘は無理だぞ。
いくら整備士でどんな機体でも乗れるといってもだ。
「いつもなら駄目というところですが、持って帰ってきた部品のチェックが終わるまでならいいです」
副主任からの許可が出たので、俺はタバコに火をつけてこの場をあとにする。
あとでマルスも整備しておかないとな。
変な汗をかいたから、シャワーでも浴びて仮眠するかと考えていたところに、横から衝撃が……なんだ?
タバコを持っている右側を見ると、亜麻色の髪の物体がくっついていた。
「はぁ、オスベル操縦士。これは懲罰問題だぞ」
この者は敵機4機から逃げていた操縦士だ。
「ヴェルディル教官。ありがとうございますー!生きて会えてうれしーい。教官に会うためなら仕方がないですね」
「教官ではない」
「それじゃー、せんせい♡」
それのどこに違いがあるのかわからないのだが? くっついてるオスベルを引き剥がそうと肩を掴むが……何故に力を込める。
あと仕方がないって何だ?
オスベルは操縦士の中でも十年近い間、操縦士として配属されている。
操縦士は短命というのもあるが、機体に身体が耐えられないというのがある。
だから操縦士という人気職を降りるということになる。
「先生はやっぱり凄いです。尊敬します。一緒に寝ます?」
「最後のやつはなんだ?」
「先生のお嫁さんに立候補中なのです」
「……本人は初耳だが? あと嫁の募集はしていない」
「では愛人」
オッサンは嫁も愛人も募集はしていない。
「はぁ、オスベル操縦士。離れろ。あと部隊長への言い訳でも考えておけ」
「うーん? 部隊で生き残ったのが私だけなので、言い訳を考える必要はないですね」
最近は操縦士の熟練度を捨てて、機体の性能を上げるということを主体にしている。だからか、部隊が全滅という話をよく耳にする。
やはり軍の教育方針は間違いではないのだろうか。
いち整備士がいうことではないがな。
「だったら、すぐに駐屯地に戻って部隊の再編成を行って……いや、これも俺が言うことじゃないな。休んだから戻れ」
オスベルの亜麻色の髪を撫でる。
俺はただの整備士だからな。
「ふふふ、先生が部隊長だったらいいのに……帝国の機体を千機落としたA0067部隊のエース」
そう言って俺から離れるオスベル。
千機は誇張しすぎだ。それから元操縦士だからな。
「先生。また生きて会いましょうね」
嬉しそうに去っていくオスベルの姿に『ああ』とだけ答える。
最近の機体に乗るには必要らしいが、あの身体のラインがまるわかりの搭乗スーツはやはりエロすぎないか?
搭乗時間の長時間化のせいでもあるのだが。
だから、俺は古い機体を使っている。あのスーツは着たくないからな。
タバコを吸いながら、遠い目になる。
取り敢えず、仮眠してから仕事に戻るか。
そう言えば、コックピットを外すならついでにアスラ5088の機体に、4022の部品を使用してだな。計器を増やして3099の防御機能をつけてやってもいいな。
そんなことを考えつつ休憩棟に向かって行く。
こうして、また徹夜の日々が始まるのだった。
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