無題
これは、私の独り言である。
誰かに読まれることを想定して書いたわけではない。読まれることを恐れもせず、望んでもいない。ただ、夜ふけに、自分が自分に語りかける声を、文字に写してみただけだ。写してみたところで、なにかが解決するわけでもない。むしろ、文字にすることで、余計に自分が惨めに見えてくる。それでも、止めることができなかった。
人生とはなにか、死とはなにか、正解とはなにか――そんなことを、真面目に考えている自分が、すでに滑稽だ。滑稽だと知りながら、考えずにはいられない。考えた末に、自分を嗤い、また考える。その繰り返しが、私の夜のほとんどを占めている。
これを読んだ人が、もしあるとすれば、どうか同情しないでほしい。同情されることは、私にとって、いちばんの侮辱だ。嘲笑してくれれば、それでよい。嘲笑しながら、自分も同じ夜を過ごしているのだと、ふと気づいてくれれば、それ以上のことは望まない。
私は、この独り言を書き終えたあとで、また自分を嫌うだろう。嫌ったまま、次の夜を迎えるだろう。それが、私の人生のすべてなのかもしれない。すべてだと気づいても、私はまだ、書き続ける。書き続けることだけが、いまの私に許された、唯一の道化である。
――私自身に、あてて。
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私は、いま、自分に問うている。いや、問いなどという立派なものではない。ただ、ぐずぐずと、同じ場所を這いずりまわっているだけだ。
「人生とは、なにか」
君は、考えたことがあるか。いや、私は自分に訊いているのだ。社会人なら仕事に出て生活費を稼ぐこと、学生なら学校へ通い友達と笑い合うこと……そんなありきたりな答えが、すぐに浮かぶ。浮かんで、すぐに自分でそれを嗤う。馬鹿だな、私は。そんなことを真面目に考えている自分が、すでに滑稽で仕方がない。本当にそうであろうか、と問うてみたところで、答えなど出るはずがない。生きることそのものが人生なのかもしれぬ、何気ない日常もすでに人生なのかもしれぬ、などと、いかにも哲学めいたことを口にしてみても、それはただの逃げだ。証拠はない。いま、此処に、確かに生きているのかどうかさえ、私には確かめようがない。知ることができないのだ。
知ってしまったとき――人生は、一瞬にして無価値なものになる。絶対そうだ。違いない。私はそう断言しておきながら、同時に、その断言自体を疑っている。疑っているくせに、知りたくなってしまうのだ。欲が出てしまうのだ。人間特有の、忌々しい欲が……。私は、その欲を憎んでいる。憎みながら、欲に引きずられて、また同じことを繰り返す。惨めだな。本当に惨めだ。
だからこそ、私は考える。人生の正解について。
「正解とは、なにか」
『真の正解などない。正解は自分で作るものだ』と、両親は都度、私に云った。私には理解できなかった。何故か。自分が普通とは違うことなど、とっくに判っている。それでも――理解したかったのかもしれない。理解したいなどと願うこと自体が、すでに私の弱さだ。だから、酷く考えてみた。いろんな考えが、次々に浮かんだ。浮かんでは消え、消えてはまた浮かび、私はそれを追いかけて、馬鹿みたいに喘いでいる。
「作る……? 正解を? だが、問題はなにか。それも自分で作らねばならぬのか。平和に過ごす? 金持ちになる? そんなありきたりなもので、よいのか……」
考えるうちに、自分が馬鹿に思えてきて、ふっと嘲笑した。嘲笑しながら、また考える。私は、考えることをやめることができない。やめたら、自分がもっと空っぽになってしまう気がするからだ。空っぽになるのが怖いのか、空っぽであることがすでに事実なのか、それすら判らない。判らないくせに、判ったふりをして、自分に語りかけている。道化だな。私は、自分という道化を演じ続けている。
「死とは、なにか」
死とは、そのままの意味で死ぬことである。人生が絶たれるということだ。そう……絶命。死ぬことは誰しも怖い。そうであろう。私もそう思う。だが何故か、どこからか、好奇心が出てくる。怖いのに、知りたい。知りたいのに、怖い。その矛盾を抱えたまま、私は今日も生きている。生きているふりをしているだけかもしれないのに。
「死んだら、どうなるのだろう」「死んだあとは別の生き物に転生したりするのか」「死ぬ瞬間は、どんな感じなのか」
いま、こうして自分に語りかけているこの瞬間も、好奇心的衝動が抑えられなくなりそうで、どうも怖い。怖いのに、止めたくない。止めたら、また空っぽになる。空っぽの私は、それでも好奇心だけは捨てられない。捨てられない自分が、ますます嫌になる。
読者諸君――いや、私はいま、自分に訊いているのだ。君たちも、そんな経験はないであろうか。経験などない、と答えてほしい。私だけが、こんな醜い好奇心を抱えているのだと、信じていたい。信じられないから、こうして自分に問うている。
私は、その好奇心が抑えられなくなったら、どうなるだろうか。
私は、自害してしまうだろう。いや……もしかしたら、人を殺めてしまうかもしれない。殺めてしまったあとで、また自分を嗤うのだろう。「ほら、やっぱりお前は、こんな人間だった」と。嗤いながら、死ぬのかもしれない。死なないのかもしれない。どちらでも、私には同じことだ。同じことだと云いながら、それでも怖がっている。怖がりながら、知りたがっている。知りたがっている自分が、たまらなく恥ずかしい。
私は、自分を許すことができない。許したいとも思わない。ただ、こうして独り言を続けているだけだ。独り言が、私の人生のすべてなのかもしれない。すべてだと気づいたとき、また人生は無価値になる。無価値になっても、私はまだ、知りたがるだろう。忌々しい欲が、私を離してくれないからだ。
離してくれないなら、せめて、この独り言を続けよう。続けて、いつか、自分を笑い殺すまで。
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