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嘘の感謝ほど、気持ちの悪いものはない

作者: マーク
掲載日:2026/05/06

日常に慣れることは、仕方がないことだと思います。


よく、こんな言葉を聞くことがあるのです。


私たちがこのような暮らしを出来ていることは当たり前じゃない。

だから、日々感謝して生きよう。と。


こんな言葉に類似した歌詞だったりも、よく聞きますね。


ええ。確かにその通りだと思います。


そうであることに感謝すべきだと言うことは、よくわかります。


これは、何事にも通じるのでしょう。


日常が素晴らしいということは、よくわかります。


しかしながら。


慣れることからは避けられません。


一度上がってしまった生活水準が下げられないように。

いつの間にか初心を忘れてしまうように。

足し算が出来ない感覚がわからないように。

箸が使えない感覚がわからないように。


純粋の鮮度を保ったまま生きることは、不可能だと思うのです。


わかります。よくわかります。


不可能だとしても、それを心に留めておくことが大事だと。


ええ。それも一つの答えだと思います。


それでも、どうしても。


この言葉を他の人に伝えることは、憚られるのです。


当たり前じゃないということを他に言うことは、私には到底できない気がする。


だって、私ができていないんだから。


どんどん薄れていく。


なにもかも。


今より若い頃、回転寿司に行くと言われたら、本当に、心の底からの嬉しみのような、高揚感が沸いて出てきた。


今より若い頃、宿題をやれと言われたら、本当に、心の底からやりたくないと、ここから逃げてしまいたいという気持ちが湧き出ていた。


今は、どうだろう。


嬉しさも悲しさも、プラスもマイナスも、上限のようなものが出来てしまったような、そんな感覚がずっと離れない。


だから、無理なんです。


同様に有り難がることなんて。


初心を忘れないようにするなんて。


私には出来ません。


出来ているふりをすることはできますが。


それはもう、純粋に泥を塗りたくるような、不潔なことであると思うんです。


やはり、いつか慣れてしまうものです。


自らでコントロールできないところをどうにかしてやろうと思うことは、無駄であると思うのです。


そんな、私と同じような人。


そんな人は、慣れてしまうことを、認めてあげるべきなんだと思います。


自分を棚に上げて、他の人にそれを求めるなんてこと出来ませんから。


だから、それは仕方がないと、すっぱりあきらめてしまえばいいと思うんです。


でも、でも、大事なことがあります。


慣れたふりをするのは、絶対にしちゃいけないことです。


自分の良心や違和感を、しっかり見つめることです。


でなければ、社会に迎合するだけの、自己のないナニカになってしまう。


自由意思を失った、量産型のナニカに。


それは、あなたのその、大切な大切な最初、純粋を穢すことです。


それは、最悪です。


本末転倒と言ってもいいでしょう。


何が目的だったのかさえ忘れてしまうこともあるかもしれない。


結局。


私が言いたいことは。


慣れたふりをすることは、しちゃいけないということだけでした。


心が動いていないのに、感謝をしているふりをすることほど、最悪なことはないです。


他人の発言を笠に着た偽りの感謝など、なんの価値もない。


以上です。

否定してもいいんです。

肯定してもいいんです。


お願いですから、咀嚼をしてください。


ここまで読めたあなたなら、絶対にできます。

結論がどれだけ捻じ曲がったものでも構いません。

私の意図と違った解釈をしたっていいんです。


お願いです。

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