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世界的アイドルが、地味な私だけに惚れた理由 ──世界でいちばん遠いはずの君と、結ばれる物語。  作者: Avelin


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5/8

夜風に触れた声—まだ気づけない距離で

いつも読んでいただき、ありがとうございます。


前回、アリンは“十年前のノート”に残された一文と、

セシュンが口にした言葉が同じだったことに気づきました。


胸に残ったざわめきの理由がわからないまま、

アリンは夜の公園へ向かいます。


そこで出会ったのは——

月明かりに照らされ、雪の中で立つ銀髪の青年。


冬の夜に揺れる“はじまりの気配”が、

静かにアリンの心を揺らしはじめます。


第5話「夜風に触れた声—まだ気づけない距離で」

どうぞお楽しみください。



——桜が散るころ。


わたしは、その季節を好きになれるのだろうか。



先生が話していた、

「月夜に照らされる満開の桜は、とても綺麗よ」

という言葉が頭に残っていて——


気づけば、足が勝手にこの公園へ向いていた。



冬の夜。

月明かりに照らされた桜の枝が、

ひらりと影だけを落として揺れている。


その下に——一人の男性が立っていた。


黒いロングコート。

首元に落ちるマフラー。

そして月光を受けて淡く光る、銀色の髪。


(……妖精みたい)


胸の奥が、理由もなくざわついた。


その男性が、ゆっくりとこちらを振り返る。


「……きみは……アリン、だったよね?」


目が合った。



月明かりの下に浮かび上がった顔。

そこにいたのは——セシュンだった。



胸の奥が、ぎゅっと縮む。

理由なんてわからないのに、

心が不意に跳ねた。



「こんな時間に、一人で?」


静かな声。


夜の空気に溶けるようにやさしいのに、

どこか叱るような響きもある。



「女の子がこんな夜に出歩くもんじゃないよ。

 ……危ないでしょ?」


私は思わず視線をそらした。


(なにそれ……

 あなたに言われる筋合いなんて……)


でも、言い返すこともできない。



冷たい夜風が頬を刺すのに、

胸の奥だけ、妙に熱くなる。



セシュンは、私の表情をじっと見て

少しだけ困ったように微笑んだ。



「……ごめん。

 でも、本当に心配しただけなんだ」


その一言に、胸のざわつきがまた大きくなる。



(なんで……この人の言葉って

 こんなに心に触れてくるの?)



優しいのか、軽いのか。

本気なのか、社交辞令なのか。


わたしには、まったくわからない。


そして——

その“わからなさ”が、少しだけ怖かった。




セシュンの銀髪が、風にゆらりと揺れた。


そのたびに、月光が反射して

静かな公園の空気が少しだけ明るくなる。



「……どうして、ここに?」


つい、聞いてしまった。

セシュンは桜を見上げながら答えた。



「ん……なんとなく、かな。

 冬の桜も悪くないでしょ?」



(冬の桜……)


それはまるで、

“桜が散る季節”を待ちわびているみたいだった。



このとき、

わたしはまだ知らない。



この夜が――

二人にとって“はじまり”になることを。




セシュンの視線が、

月明かりの中でまっすぐに向けられていることに気づいて、


心臓がひとつ跳ねた。


(……やめてよ。そんなふうに見ないで)


胸がざわつく理由がわからなくて、

わたしは慌てて視線をそらした。



「こんな時間に……本当にひとりで来たの?」


セシュンは、静かに問いかける。


その声が不思議と耳に残る。


冷たい夜風の中なのに、

その言葉だけは、あたたかかった。


「はい……」


小さく答えると、

セシュンは少しだけ眉を寄せた。



「危ないよ。

 夜の公園って、人も少ないでしょ?」


その言い方は責めるようでもあり、

心配しているようでもあった。


私は曖昧に笑った。


「……だいじょうぶですよ。

 わたしみたいな地味系、誰も相手にしないので」


あえて軽く言ったつもりだった。


でも声はわずかに震えていた。


(ほんとは……怖がりなくせに)


胸の奥に、

自分でも扱いきれない感情がじんわり広がる。


セシュンは、ふっと息をのむように私を見た。



「……アリン……」


名前を呼ばれただけなのに、

なぜか胸が少し痛くなる。


「そんなこと……ないよ」


月明かりの下で、

彼の瞳だけが静かに光っていた。


「君は、素敵だと思うよ」


“優しい”とも“軽い”とも言える声色。

どちらにも聞こえるからこそ——余計に心に触れてくる。


(……うそ。絶対、それ……誰にでも言ってる)


そう思ったのに、

胸の奥のざわつきは、小さく強く鳴り続けた。


夜風が雪を運び、

セシュンの銀髪の間をそっとすり抜けていく。


その横顔は、寒さの中でこそ冴えるように美しくて——

どこか、“触れてはいけない”気配すら感じた。


——この夜、

何かが静かに“動き始めていた”ことを

まだ知らないままで。




セシュンは少し歩み寄り、

私の顔をのぞき込むように覗いた。



「アリン……さっきからずっと、

 俺のこと見ないようにしてるよね?」


(……えっ!)


図星すぎて、思わず息が止まる。


視線を下げてごまかそうとすると、

セシュンの手がそっと私のほうへ伸びた。



「ねぇ。

 そのメガネ……」


月明かりの下、

指先がフレームに触れた瞬間——


胸の奥がキュッと強く締めつけられた。


(や、やだ……。

 これは、だめ……)


弟がいなくなったあの日から。


私は“何も見たくない”自分を隠すために

このメガネをかけつづけてきた。


触れられたくない場所まで、

セシュンの言葉はすぐに届く。


けれど——

その手つきは驚くほど優しかった。



「アリン……

 メガネ、外してもいい?」


息をのんだ私の沈黙を、

彼は“肯定”だと受けとったのかもしれない。



セシュンはゆっくりメガネを外した。



その瞬間。


月夜の世界が、ふわりと変わった。



銀髪に反射した光が揺れ、

セシュンの瞳だけが、まっすぐに私を映した。



「……やっぱり。

 メガネないほうが、ずっといいね」


その声は、

心の奥の奥、触れられたくない場所に

そっと落ちていく。


(なんで……

 この人の言葉って、こんなに……)



触れられたくない。

でも、離れられない。



冬の空気は冷たくて痛いのに、

胸の温度だけがじわりと上がっていく。




セシュンは、

桜の枝につもる雪を見上げながら、

ふいに小さく歌を口ずさみ始めた。



その声は、

冷たい夜をやさしくとかすみたいで、

舞い落ちる雪の白さと一緒に、

静かに私の心へしみこんでいく。



(……すてきな曲)


その瞬間、

胸の奥で小さく“何か”が跳ねた。



優しい。

あたたかい。



そして——懐かしい。


懐かしい?



(……まって。

 この……詞……)


どうしてだろう。



いま口ずさんだその歌が、

わたしがずっと昔に書いた詞と

“まるで同じ”に聞こえた。



(……どうして……あなたが知っているの?)



口には出せない疑問が、

雪の冷たさと一緒に喉元で震え続ける。


それでもセシュンの歌声は、

何も知らないまま夜の空へ流れていった。



私の胸のざわめきだけを残して。



——そして私はまだ知らない。



十年前のノートと、

いま隣で歌っているこの人が、

ひとつの“真実”でつながっていることを。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


夜の公園での再会。

セシュンの優しさとも軽さとも言える言葉。


そして、突然目の前で歌い始めた“あの詞”。


アリンはまだ気づいていませんが、

十年前のノートとセシュンの歌声は

確かに同じ“線”でつながりはじめています。


揺れ始めた感情は、恋なのか。

それとも——昔の記憶が呼び起こした痛みなのか。


次回、アリンの胸のざわめきの正体が

ほんの少しだけ近づきます。


第6話も読んでいただけたら嬉しいです。


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