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世界的アイドルが、地味な私だけに惚れた理由 ──世界でいちばん遠いはずの君と、結ばれる物語。  作者: Avelin


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2/8

涙の花壇と、開かれる記憶

挿絵(By みてみん)


短編で描かれた“あの出来事”──


セシュンが詞を奪った理由は、

ただの気まぐれではなかった。


アリンの胸に残ったざわめきも、

セシュンの微妙な視線も、

すべては十年前から始まっていた“確かな繋がり”の続きだった。


言葉ひとつで心が揺れたのは偶然ではない。


運命は、静かにまた動き出している。


胸の奥が、ずっとざわついている。

セシュンに言われた言葉が、

何度思い返しても喉の奥でひっかかるように離れない。


——やっと見つけた。

 僕が……ずっと探していたものを。


あの瞬間、心臓が跳ねた。

意味なんてわからないのに、息がうまく吸えないほどの衝撃だった。



そして次に続いた言葉。


——……あの歌詞、

 僕が歌うべきだと思ったんだ。


私の詞を奪った人が、そんなふうに言うなんて。

怒るべきなのに、なぜか涙がこみ上げそうになった。


でも、その後のひと言が胸を刺す。


——でも、ほしかったものとは違ったんだ。


何が“違った”の?

どうしてそんな目で私を見るの?


わからない。

わからないのに……心だけが勝手に反応してしまう。


私は自室に戻ると、

机の引き出しから古いノートを取り出した。


公園で少年たちのために詞を書いた、その“余白”に──

セシュンが書き足した一文が、細い字で残っている。


その文字を見た瞬間、胸がきゅっと縮んだ。


(……どうして、こんなに懐かしい気持ちになるの?)


セシュンは言っていた。


“探していたもの”が違った、と。


でも私は知らない。



——セシュンが探しているのは、

十年前、自販機の前に私が落としていった“あのノート”だということを。



そして彼は知っている。


九歳の私が弟を励ますために綴った言葉たちを。

あのページから溢れていた“やさしくて、

強くて、遊園地みたいにわくわくする言葉”を。



……今の私の詞というのは、

あの頃の“音楽みたいな言葉”とは違う。


だからセシュンは言ったのだ。


——ほしかったものとは違ったんだ、と。


でも彼は気づいていない。


その詞を書いていた”あの少女“が、

今、目の前にいる“地味な女の子”だということに。





“あの公園”での出来事は、

アリンにとっても、セシュンにとっても、

胸の奥に静かに残り続ける“忘れられない一日”だった。


アリンはもう一度、大好きな詞を書こうとした。

けれど、ペンを握った手は動かない。

言葉が、紙の上に落ちてこない。


ノートを閉じても、胸のざわつきは消えなかった。


(違うって……なにが?

 私のどこを知ってるっていうの?)


問いだけが心に残り、答えはどこにもない。

それでも感情だけが勝手に走り出す。


部屋は静かすぎた。

壁に囲まれた狭い空気が、逆に息苦しい。


深呼吸をしても、胸の奥が熱いまま。

落ち着こうとすればするほど、

かえって気持ちがざわめいた。


(どうしてこんなに苦しいの……?)


自分でもわからない波が心を揺らし続けていた。



気づけば私は、鞄も持たず家を飛び出していた。


靴の音が、やけに大きく響く。


どこへ向かっているのか、自分でもわかっていなかった。



ただ──

心を落ち着けられる場所はひとつしかなかった。



“あの公園”。


十年前、弟と一緒に

「いつか行こうね」と夢見ていた場所。


あの頃の私が、唯一心を守れた場所。


ベンチのある小さな公園が見えてきた瞬間、

胸がぎゅっと掴まれた。


(……行きたくない。

 でも、行かなきゃいけない。)


足が震える。

それでも一歩踏み出す。


風が吹き、花壇の花が揺れた。


その花の前に、誰かがしゃがんでいた。


背中しか見えないけれど──

その姿勢、肩の形、そして……


声。



「一生懸命いきて、美しい花を咲かせるのよ」



やさしい、あの声。


「みんなが、あなたたちを見ているからね……

 一人ぼっちじゃないからね……」



その言葉が、胸の奥で静かに触れた瞬間——


ずっと固く閉じていた扉が、音もなく崩れ落ちた。


忘れたふりをしていた記憶が、いっきに溢れ出す。



弟の小さな手の温度。

白いカーテンの揺れ。

何度泣いても救われなかったあの日の自分。



押し込めていたすべてが、雪崩のように胸に返ってくる。


気づけば、こらえることもできずに涙が零れた。


それは悲しみではなく、

ようやく触れてもらえた“痛み”の温度だった。



(……どうして……

 どうしてこんなに胸が痛いの……?)


花に語りかけるように話すその声は、

十年前、弟を亡くして泣きじゃくる私の肩に

そっと手を置いてくれた人の声だった。



小児科の先生。


でも先生は、あの日の少女が私だとは気づいていない。


私は、胸に手を当てたまま動けなかった。

涙が頬を伝う音まで聞こえそうなほど、世界が静まっていた。


先生は花壇にひざをつき、

一輪ずつ花に触れながら、そっと声をかけていた。



「あなたたちは、ここでちゃんと咲けるわ。

 誰かが必ず見ていてくれるからね……」


その優しさに、胸の奥がぎゅっと縮む。


——あの日と同じ声だった。


弟の枕元で、震える私の背中をさすってくれたあの声。



その瞬間、風がそっと背中を撫でた。

弟の笑い声が、ほんのかすかに重なった気がした。


忘れていたものが、いっきに胸へ押し寄せる。


セシュンに言われた言葉が、また蘇る。


——悲しみの匂い。


(……なんなんだよ、それ。

 どうして、私の中にそんなものが残ってるっていうの?)



弟に読んでいた詞。

嬉しそうに聞いていた弟の顔。



「あの公園、行けるかな?」と小さな声で言ったあの日。




先生の背中を見つめていたら、

心の奥にしまい込んだままの“箱”の存在が急に脈を打った。



「あ……!」


気づいた瞬間、全身が熱くなった。


私は駆け出していた。

花壇を離れ、公園を抜け、家へと一直線に。



(あの箱……どこにしまったんだっけ……)



十年前の私が閉じ込めたままのもの。

弟との思い出ごと封印した“あのノート”。



その中には——

私が忘れている、たったひとつの“本当の言葉”と、


そして、

セシュンが残した たった一文 が眠っている。



それを見つけた瞬間、

すべてが繋がる。



物語は、もう後戻りできないところまで動き出していた。



ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


アリンが“忘れていた何か”に触れた瞬間。

あの花壇での場面は、十年前の記憶へと静かに扉を開きました。


そして——

彼女が急いで向かった“あの箱”。


その中には、

失われたままだったアリンの本当の言葉と、

セシュンだけが知っている“たった一文”が眠っています。


次話では、

ついにその箱が開かれ、

二人の運命を結びつける最初のピースが姿を現します。


物語は、ついに大きく動き始めました。


よかったら、この続きも見届けてください。


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