8 勇者失格、メイド見習いは今日も台所で死にかける
《これまでのあらすじ》
リンは剣も装備もないまま突然勇者に認定され、教会から追い出される。
迷子になり襲われるも、魔王と狐のトミーに助けられ、魔界へ辿り着く。
魔王の住まいはゴミ屋敷で、リンは掃除を申し出る。
水晶玉で調べると勇者認定される年齢ではないことがわかり、教会の異常も判明。
魔王とトミーの優しさに触れ、リンは家事を任されメイド服に着替え、新しい生活を始める――。
「早速ですが、ここにある荷物は――触ってはいけません」
さあ、全部外に出すぞ!!
そんなリンの動きをみて、慌てて止めるトミー
トミーさんは相変わらず物腰は丁寧なのに、魔王秘書官だけあって、にっこり笑って怖い。
その後ろで魔王さんは、布団の中でまだ寝返り打ってる。魔王さーーーん!
「このあたりの荷物、すべて魔王さまが引き取った曰く付きの品でして。一般的な魔物たちでも対応困難ですから」
言いながら、床に転がった黒い鏡にさりげなく結界札をペタリ。
ん?今鏡の中でなにか動きませんでしたか?
「魔王さま、優しいところがありますから……処分が、できないんですよね」
トミーは汗を拭う
くーーっ!魔王さんらしい!
その間違った優しさの方向!
いや、わたしもそういうの嫌いじゃないけど……!
なんだったら、わたしもそんな曰く付き物件そのものなんですけど、このゴミたちと同じかと思うと泣けてくる
曰く付きの物には、曰くがあるんです。
たとえば――
「愛していたのに騙されて、捨てられて、身を投げて、憑いた」
「貴族だったけど、夫がアポンでギロチンされて、憑いた」
「戦争で死んで帰れず、ただいま代わりに棚に憑いた」
トミーさんは、冷静にさらっと紹介してくる。
でも淡々と話すあたり、慣れてるんだろうなあ。
「魔王さまにとっては、そういう怨念も“話しかけられるうちが華”らしいですよ」
「え、人生相談とか乗ってそうですね……」
「乗ってますよ?たまに夜通し一人で語ってるとヘビーです。もう寝なさいっていわないと魔王も怨念も話し続けますからね」
うわー。やっぱりだ。
……でも、そういうの嫌いじゃない。
魔王さんのそういうところ、むしろちょっと好きかも。
なんだったら、昨日の私じゃないですか!それ!
このゴミと同じかと思うと再び泣けてくる!
「だからですね、リンさん。こっちに来てください」
トミーさんが次の扉を開ける。
ふわぁあああああっと、
むわっと、くっさ!!
独特の腐臭と、カビと、ホコリと、もう全部!
「ここは台所です。ご安心ください、これは純粋に我々が洗わずに放り込んだ鍋と食器たちですので、怨念はありません」
「いや、別の意味で怨念が篭ってる気がするんですけど……?」
「安心してください。ここは掃除していいです。というか、してほしいです」
そう言って、トミーさんは鼻を押さえながらにっこり笑う。
こっちは思いっきり圧かけてきてるのに、笑顔だけは紳士なんだよなあ。
「需要と供給のバランス、完璧ですね」
「うれしいです。やりたい人と、やってほしい人がかみ合うのは久しぶりです」
台所の隅は――なんだろう?
空気すら紫色に変わって、もわもわと漂ってるんですけど!!
でも、ここまできたら止まれない。
だって、わたしメイドですから!
ええい、ままよ!!
勢いよく息を吸って――
わたしは、そっと鍋の山に手を伸ばした。