番外編 白蛇姫はもう誰の候補にもなれません(後編)
僕は、倒れた彼女の手を握っていた。
熱があれば冷やし、震えていればあたためる。
魔力の循環なんて普段なら気にもしないけど、今は、少しでも彼女を楽にしたかった。
魔王の人生って、ほんとにハードだ。
父を殺し、玉座を継いで、母は出産後すぐに実家へ帰った。
誰かに甘えることも、愛されることも知らずに育った。
そんな僕が、初めて誰かに恋をした。
「……私、足手まといになりませんか?」
おずおずとそう言った彼女に、胸が締めつけられた。
「ならない。君がいないと、僕は――もう壊れてしまうよ。君まで僕を置いていかないでくれ」
選ばされたんじゃない。惹かれたんだ。
彼女が笑えば、それだけで一日が輝いて見えた。
だから、彼女が回復したあと、すぐに結婚した。
政略とか役目とか、どうでもよかった。ただ、一緒にいたかった。
子どもなんていらない。
彼女がそばにいてくれるなら、それでよかった。
眠る前に抱き寄せて、優しくキスを交わす。
そんな、ささやかな幸せがずっと続くと思っていた。
でもある日、彼女がぽつりとつぶやいた。
「……私、もう時間がないの。だから、あなたとの子供が欲しいの」
「君を犠牲にして生まれる“僕を殺す者”を、愛せると思うか?」
「愛せるわ。だって、それは……あなたと私の子供だもの」
少し頬を染めてそう言われて、僕はもう勝てなかった。
こんなにも、誰かを愛しいと思えるなんて。
お腹が少しずつ膨らんでいくたびに、僕の心もふくらんでいった。
魔王の耳はいい。だから、毎日お腹に耳をあてて声をかける。
「おーい、聞こえるか? お父さんだぞ。……今日も元気だな。えらいぞ」
小さく動くたび、涙が出そうになるくらい嬉しかった。
彼女はそんな僕を見て、くすくす笑っていた。
出産の日、僕はもうパニックで。
「スネクーー! オーガーー! 誰かー!」
「落ち着いてくださいませ、魔王様!」
スネクに怒鳴られながらも、どうしても冷静でいられなかった。
そしてその日、僕は父になった。
三人で描いてもらった家族の絵は、今も僕の宝物だ。
その絵を見ながら、彼女が言った。
「私、死んだら精霊になりたいな。そしたら、ずっとそばにいられるから」
魔王は一人で決断をしなければならないことが多い。
自分と同じような人生は送らせたくないが、誰かに頼ったり相談せず自分で決断できなければならない。
だが、
「……じゃあ、“母”であることは伏せる。それでもいいなら、精霊にしてあげる」
「うん。あなたと、あの子のそばにいたいの」
……本音を言えば、僕も離れたくなかった。
やがて、彼女は魂になり、風の精霊・エアリアとなった。
“母”とは名乗らなかったけど、あふれるほどの愛は、息子にしっかり届いていた。
病弱だったころにはできなかったこと
見られなかった景色を、精霊になってからたくさん一緒に見た。
僕たち三人の時間は、魔王としてのどんな栄光よりもかけがえのない宝物だった。
でも、もう限界だ。
この身体は、瘴気に侵され、もうすぐ魂すら残らなくなる。
だけど、僕の魂が瘴気に焼かれたら、残された彼女は今後どうなる?
「……君にもう一度会いたい。死んでも、精霊になっても――まだ、君を好きでいるから」
最後の最後まで、君に恋してるんだ。
狂化する前に、何か方法はあるはずだ。
この愛だけは、どうしても……終わらせたくない。
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