番外編 白蛇姫はもう誰の候補にもなれません(前編)
魔王さまが生まれる前、前の魔王とエアリアの話です
「魔王様、縁談のお相手が決まりました」
始まりは、魔王会議で決まった蛇一族との縁談だった。
やって来たのは、真面目で礼儀正しい黒髪の少女・スネク。
だが、実は心に思う人がいた。
相手はうちの厨房で働くオーガだった。
……あんみつのせいでバレたんだよな。
縁談の席に出された、新作デザート。
人間界の人気スイーツらしく、寒天がきらきらと星みたいに光って、蜜の甘さが広がる一品だった。
オーガのやつが人間界の本を読みながら作ったって、厨房長がドヤ顔で言ってたっけ。
「これ……あの人が……」
無表情だったスネクが、突然ポロポロ泣き出した。
そりゃそうだ。彼が、最後に添い遂げられない相手のために思いを込めて作ったものだったらしい。
最初の縁談からハードだな。
「君は、魔王の妻になれないよ。
僕は、自分を求める子を選ぶから」
「私は……」
スネクは真面目ないい子だ。僕を求めると嘘はつけない。
だから、僕は言った。
「魔王だからね。君たちが本気なら、駆け落ちの手伝いぐらいはできるよ」
変化魔法をかけ、門の外——
結界の通り道にある、家のダミー。
人間界のすみっこ。
オーガは強いから、多少の魔物は問題ない。
門を越えられるのは、許可したものと、伝書鳥のみ。
もう追っ手は来ない。
自分にはそんな熱烈な恋愛体験をすることはない。
幸せになってね
数日後。
「新たな縁談のお相手です。妹君だそうで」
——蛇一族。しつこい。
やってきたのは珍しい白蛇の少女。体が弱いらしい。
なんか、来た瞬間から寝込んでるし。
「長くは生きられませんが、幸せを運ぶ白蛇です」
冗談じゃない。
僕もそんなに長生きする予定はないんだが?
放っておけば帰るかと思ったのに、全然泣かないどころか……庭で花眺めて、噴水で水を見てニコニコしてる。
そして、熱を出す。このワンセットを何度も繰り返す
「お見舞い……行かなきゃダメか?」
そして気づけば——
「また熱出してるじゃないか」
「すいません、つい……。本当に、お花に色があるなんて思わなかったんです」
ほわっと笑う、熱のため顔だけ赤い白蛇。
「……そんなぼーっとしてたら、人喰い花に食われるぞ」
「人喰い花!? どうやって食べるのかしら」
「いや、ええと、めしべがこう……こう、巻き付いて……」
「めしべ……今度みてみますね!」
「いや待て!まさか、その花見に行くつもりか!」
「あるなら、ぜひ……」
「ダメ!今度僕が連れてくから、ひとりでうろつくな!」
——あれ? なんで僕が庭の案内係に?
そうは言っても、体が弱くて外にはほとんど出られない。
でも、見舞いに本を持っていくと、本はどんどん読む。
質問が多いんだよな、こいつ。
「バル様、これは?」
「バル様、あれは?」
「どうして?」
迂闊に、子供時代の名前を告げたらずっとバル様、バル様って僕の名前はバルグレイスだ!短縮するな!
図書館から差し入れた本を二人で読んで、知らない料理は厨房長に頼んで再現してもらって、一緒に食べて。
文句を言ってたけどとにかく楽しくなってきて.....
気づけば一緒にベッドの中で横になり本を読んでいる。
恋愛ってより、初めて“友達”ができた感覚だった。
けど、世間知らずなんだ。
油断してた。
蛇になれば、僕が服に入れて外の世界をみせてやれることがわかり、白蛇の姿に変化させたとき——
ん?服の抜け殻がポンと置かれてて。
「君、まさか外で変化解けたら全裸なんじゃ……」
「長時間のキープできませんね。バル様の外套、借りても?」
「未婚です!! 君はまだ候補!!」
「あはは、もう誰の候補にもなれませんから。バル様に見られても別に」
「いや、外に行くのに、周囲の目とかあるだろ!!」
あまりに外を知らなさすぎる。
色仕掛けでもなんでもない。むしろ、恋愛を諦めてるような無防備さが怖い。
……危ない。本当に危ない。
僕は魔王だ。望まれれば、結婚も仕事のうち。
だからこそ、感情を持ち込まないようにしてきた。
でも。
今、一番近くにいるのは、君だ。
城ではもう噂になってる。
体が弱い彼女より、他の候補をって重鎮たちが動き始めた。
でも僕は、断り続けている。
だって僕は——
君に、恋してるから。
認めたくない。壊したくない。
だって、もし僕が「君がいい」って言ったら、君は断れない。
この関係も、この日々も、きっと終わる。
だから、まだ言わない。
なのに。
彼女は、倒れた。




