6 ギルド長、あなたも勇者だったんですか
《これまでのあらすじ》
突然勇者に認定され、教会から追い出されたリンは、魔王のもとに身を寄せることに。
しかし、魔王の家は廃墟同然のゴミ屋敷で、掃除を申し出たリンは必死に片付けを始める。
やがて魔王が埃まみれの水晶玉を見つけ、リンの血を使って調べると、彼女が勇者認定される年齢ではないことが判明。
さらに教会の聖女認定に異常が起きていること、魔界との門が不安定で魔王復活の兆しが近いことも知る。
混沌とした状況の中、リンと魔王たちの関係も少しずつ動き始める――。
とりあえず、魔王さんは――いい人だった。
崩れそうなゴミの山をちょっとだけどけたスペースで、魔王、狐のトミーさんそして元・勇者のわたしたちの三人は、川の字になって寝ていた。
このゴミ屋敷の中で、布団だけはふかふかで、お日様の香りがするのが逆にすごい。もはや布団が神。
「よしよし……どこにあったっけな……あ、これかも」
ガンガラガッチャーーン!
夜になっても、魔王さんはゴミ山の発掘作業をやめない。
そして、救急セットを引っ張り出してきたかと思えば、
「……あ、使用期限、五十年前だった」
さらっと恐ろしいことを言いながら、私の傷に消毒液をトン。
え? 使っていいの!?
心の中のツッコミは……そっとスルーしておく。
でも――魔王さんは、本当に優しい。
そのやさしさ、まるで良心の塊だ。
どれくらい良心の塊かというと、
「魔王さんって……やっぱりツノあるんですね」って言ったら、
「そうなんだよねー。これ取っちゃうと毛が生えなくてさ~」
って、ぼきっ!! って自分でツノを折ってみせるくらい。
「わあああああ! ツノが! ツノがああ!!」
慌てるのは、元勇者リン。
「鏡で見ると円形脱毛っぽくなるんだよな~」
と本気で悩むのが魔王。
「翌日には再生するんだから気にしないでください」
と冷静に言うのが狐のトミーさん。
そんな調子だから、
「前回の魔王討伐のとき、マクライアにはこのツノを土産に渡したんだ」
と魔王さんは言う。
「えっ、ギルド長さんって……元勇者だったんですか!?」
「うん、まあ、リンと同じで――間違われたタイプの勇者だったけどね」
魔王は懐かしそうに目を細める。
「剣を振り回して、魔法ぶっぱなして……勢いだけで来た5人組のひとりだった。ちょっとオイタが過ぎた上に、怪我しちゃってね」
「それで……一緒に暮らしてたんですか?」
「うん、しばらく魔王城に居候してね。なんか、気が合っちゃって」
「今は人間界の事情、ちょくちょく教えてくれる友人、ってとこかな」
「それで、ツノを?」
「そう。“魔王を倒した証”ってことでね。まあ、メンツってやつだよ」
……うーん。
これ、いわゆる“前回の魔王討伐”の話……ですよね?
伝説とだいぶ……ちがうような……?
そんなピロートーク(?)を繰り広げていると、気づけば私はとっくに眠りかけていた。
聖女認定試験があったのは、たった今朝の話。
それが、もう何日も前の出来事のように遠い。
がんばったのにな。
生まれたときから、いらない子だったのかな……。
未来のことが、不安になる。
でも――睡魔には勝てなかった。
⸻
ぐーすか寝てしまったリンを見て、魔王はそっと布団をかけ直した。
「泣きながら寝ちゃったな」
「身体、すごく小さいですね」
トミーがリンの寝顔を見て呟く。
「髪もパサパサ、肌も乾燥してて、爪まで……きちんと食べてない証拠ですよ。こんな子を、金なし武器なしで放り出すなんて」
「さすがに、ツノだけ渡して“はいおしまい”は無理があるか……」
魔王は深く息をついた。
「ここに置いてあげたほうが、よっぽど幸せだな。大義名分はつけないとな」
「ですね。さすがに“保護者は魔王です”じゃ通らないでしょうし」
しばらく静かな夜が続いたあと――
「……やっぱ、マクライアの勇者とは違うな」
魔王がぽつりと笑った。
「マクライアさんもいろいろあった人ですけど……“勇者だから掃除したい”とは、さすがに言わなかったですね」
「……うん。勇者にボインは必要ないな」
魔王はくすりと笑って、リンの寝顔をもう一度見た。
「……でも、こんな子にこそ――世界を変えてほしいよな」