63 それを知って、あなたは寄り添えるの?──スネク式お妃教育
スネク式お妃教育は、今日も朝から容赦なかった。
浄化もほぼ終えて、完全に1日教育になってしまったのだ。
魔物学、魔界史、地理、産業、魔界の勢力図.....
「覚えること多すぎ!」と泣き言を言っても、ヘビ鞭は待ってくれない。
そして、覚えることも待ってくれない。
──というか、最近、私ほぼ皇后扱いされてない?
プロポーズされたし、まわりも普通に皇后扱いだし……
人間界みたいに役所で婚姻届とか、神父の前で誓いのキスとかないのが魔界。
(教会だって、ガブリエル神父と女神ウンディーネではね)
“結婚します!”って言って、周囲が認めたら、はい、皇后。
なんだったら周囲が認めなくても、はい、皇后らしいんだけど?
トミーさんが「もう皇后の間に引っ越しましょう」ってあっさり言ったのも、そういうことか。
(今さらだけど、魔王さまの一言が世界ルールになるの強すぎない?)
でも、だからこそ厄介でもある。
狸谷宰相みたいに「リン殿に惚れた。ならばうちの息子の嫁に!」って交渉してくる人もいれば、「うちの娘を皇后に!」ってパターンもいつあってもおかしくない。
いまのところ“娘を愛人にしてくれ”って言われてないだけマシ……なのか?
というか、皇后扱いだけど、本当に皇后だとは思えない。
魔王さまからも、皇后になったよって伝えてもらってないし、部屋が変わった以外、何も変わらないしね。
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「スネク先生、あの、ちょっとだけ聞きたいことが……」
授業の合間に勇気を出して声をかけると、スネクはぴたりと手を止めた。
その視線、ナイフみたいに鋭い。
ぎゃー!目が痛い!
「何かしら?」
「……その、先日。噴水から精霊エアリアさんの魔石を拾ったときのことなんですけど」
ちょっとだけ、スネクの動きが変わった気がした。
え、なに?動いた?ヘビ鞭……
手に持っただけ?持っただけだよね!?
「……疑問点でもあるの?」
「い、いえ。ただ、その……噴水から持ってきたとき、何か違和感とかありませんでしたか? わざわざウンディーネさんのもとまで持ってきたって聞いたので……」
「拾っただけよ。かつてウンディーネの魔石は厨房の流し台にあったの。オーガに聞いて確認しただけ」
あ、うん。そうよね。普通のことだよね……うん……。
「実は噴水って、もともとエアリアさんの魔石があった場所なんです。……先生は、彼女が精霊として来た時期、ご存知ですか?」
そのとき。
スネクの目が変わった。
「それを知って、あなたはどうするの?」
「えっ?」
ふっとスネクが口元で笑った。
けど、その目は笑ってない。
「真実を知れば、きっと思ってもみなかったことまで見えてくる。でも――」
スネクは悲しそうに、目を伏せた。
「それでも彼女に寄り添えるの? あなたは、その覚悟があるのかしら?」
胸がぎゅっと痛くなった。
まただ。またスネク先生を、無自覚に傷つけた。
目を伏せるスネク先生をみたことがなかった。
理由はわからない。
でも、この先を踏み込んだら、エアリアさんまで傷つけてしまう気がした。
「……すみません、スネク先生」
「ふふ、覚悟があります、って言ってほしかったわ。ま、疑問を持ったところまでは合格。でも、対応は不合格ね」
軽口のように聞こえて、その実、鋭い一撃だった。
「ガブリエルのこと。魔王さまが何も思っていないと思う?」
「……え?」
「もし本当に何も気づいてないとしたら、それは愚王よ。あの子はそんなふうに育ててない。知った上で受け止めて、知らないふりを貫く。それが帝王。そして帝王妃ってものよ」
リンは思わず息を呑んだ。
「あの子は....いえ、あの子たちね。昔からそう。なにも言わないけど、いつも何かを背負ってる。」
スネクはにっこり笑った。
「あなたが、そんなふうになれるかは、今後の宿題ね」
私は、そんなふうになれるのだろうか。
あの子たちは、誰と誰のことなの?




