62 私、何か見落としてる?──エアリアと噴水の秘密
リンは朝のエアリアを思い出して、ふと胸の奥がざわついた。
――あれ、なんか、変じゃなかった?
噴水に魔石を戻したとき、なんとも言えない違和感が残ってた。
表情が少し……硬かった、ような。
「……そういえば、私、エアリアさんのこと、何も知らない……?」
過去のことも、どうやって精霊になったのかも知らない。
人間だったの? 魔族? 魔物? 全然わからない。
ウンディーネさんより先に来たって言ってたし、魔王さまが小さい頃からいたわけで――
もしかして、魔王さま自身も知らないんじゃ……
(私、また……気づかないうちに傷つけたりしてないよね? トミーさんのとき、みたいに)
もやもやしたまま、スネク先生のレッスンが終わったあと、リンはこっそり噴水に戻った。
「……あれ?」
魔石が、ない。
「えっ!? うそ、さっきまであったのに!」
慌てて周囲を探し回る。石畳の隙間、噴水の裏、植え込みの中まで覗いて――
それでも見つからない。
城中を走り回った末に、ようやくウンディーネさんが教えてくれた。
「ああ、スネクが私のと間違えたんだって。すぐ戻しておいたってさ」
「えぇ……!」
慌てて噴水に戻ると、たしかに魔石は戻っていた。
「エアリアさん!」
思わず呼ぶと、魔石からふわっとエアリアが現れた。
「ん~? どうしたの、リンちゃん。もう会いたくなっちゃった?」
あくび混じりに、にこっと笑う。
その笑顔は、いつも通りのはず、なのに。
「だって、魔石が消えてたから! びっくりして探し回ったんですよ!」
「あー、ごめんごめん。せっかく入れてもらったのに、すぐ移動されちゃったね。ふふ、今まで噴水にいた時間の方が長かったんだけどなあ。みんな、忘れちゃうの」
彼女はふわりと笑って、どこか遠くを見つめた。
「“います!”って言えばよかったのに!」
「やだー、それじゃトイレのノックみたいでしょ」
くすくす笑うその姿に、リンはなんとなく――
言葉にできない“何か”を感じた。
……気のせいだよね?
だけど数日後。
「……ガブリエルが、亡くなった?」
報告では、“竜巻による事故”。
でも――魔王さまは、眉をひそめていた。
「そんな都合よく……」
風、竜巻。風といえば、エアリア。
でも彼女は魔石がないと動けない。
持ってるのは自分とリンだけ。
また魔石を動かしても、精霊に命令などはできないから、他の魔族や魔物が精霊を利用したとは考えにくい。
ちなみに、リンが人間界まで持っていくのは不可能だ
今も毎日、スネクの地獄レッスン中だから。
……じゃあ、誰が?
「リン。エアリアの魔石、今どこにある?」
「えっとウンディーネさんの魔石を共用しているのが、机にひとつ、エアリアさんだけ使ってるのが噴水にひとつです。エアリアさんの希望で……噴水に戻して欲しいらしくて」
リンは、あの日、一度だけ魔石が消えていたことを話そうとして――やめた。
なんとなく、言わない方がいい気がした。
「そうか……。そういえば、あれは元々噴水にあったんだったな」
それだけ言って、魔王さまは黙った。
***
それから間もなく、魔界では「ガブリエルは天罰で死んだらしい」と噂が広まった。
瘴気が一気にしぼんでいき、魔物たちすら口をそろえる。
「……どんだけ悪どかったんだよ、あいつ」
空を舞う大量の札束に、民たちは唖然とし、
ついには「教会って、いる?」という空気に。
“聖女”たちは姿を消し、“聖女認定試験”は廃止。
さらにもう一つの噂が流れ始める。
「魔王が復活したらしい」
確認に派遣された勇者は、帰ってこなかった。
ただ最近、魔物の目撃もなく、事件はゆっくりと風化していく。
「痩せた女の子が夜逃げしたらしいよ」
それが、今の“真相”ってことになっていた。
でも。
リンは――やっぱり、腑に落ちない。
エアリアのこと。
あのときの違和感。
あの笑顔。
もう一度だけ、話をしてみようか。
そう思いながら、リンは真剣に悩んでいた




